026 なにかになろうとも思っていない

 男性は嘘をつくとき目をそらし、女性はその逆を行う。詐欺にかけようとしているのならば、ルーシという幼女は嫌というほど目をあわせてくるはずなのだ。


「……。分かりました。世の中のためになるんなら、成分のファイルを用意します」


 もっとも被験者として祖父がいるのは伏せておく。蒼龍のメビウスが姿かたちを変えてMIH学園にいる、と知られたら色々と面倒そうだからだ。


 *


「──熱心なのは結構だが、生憎派閥とやらに入るつもりはないので」


 メビウスを呼び出したキャメル・レイノルズの熱烈な“派閥”への誘いに、白い髮の少女は眉すらも困らせる。


「利点だってあるはずよ? さっきみたいに絡まれる可能性はグンと下がるわ。建前上私の傘下に加わったことになるから、貴方に危害が加わる場合──私を始めとする“フランマ・シスターズ”が全力で守ってみせる」


「守られるほど弱そうに見えるのか?」


「思ってないわ」


「ならなぜ執拗に誘ってくるのだ? 妹との待ち合わせに遅れてしまうではないか」


「それだけ貴方が逸材ということよ。ルーシちゃんにはあっさり断られちゃったけど、なにも私に従えって話じゃないのよ? ただ共同体として集団的に防衛し合いましょうって話で」


「……。随分目をそらさないのだな」


「美人をながめてなにが悪いのかしら?」


「開き直るつもりか? やれやれ。君はどうにもクールには似ていないな」


「……へ? お兄様?」


 メビウスは自身の老化を痛感した。この見た目でクール・レイノルズの知り合いです、という言い訳は不可能に近い。図らずとも墓穴を掘ってしまった。


「ともかく、経験上目を逃さない女性は嘘をついているのでね。それに勧誘したくてウズウズしているのか知らないが、随分とおしゃべりなのも気になる」


 というわけで撤収だ。メビウスは言葉に詰まるキャメルを横目に、立ち去ろうとした。

 が、「待って」とキャメルが最後の静止を行う。


「……。貴方からはルーシちゃんと同じ匂いがするわ。すべてを見透かすような態度に余裕たっぷりの表情。ねえ、貴方は何者なの?」


 メビウスは微笑み、手を広げる。


「そのルーシとやらを私は知らないのでね。まあ、いまは何者でもないさ。なにかになろうとも思っていない」


 手を挙げてメビウスは去っていった。

 廊下にひとり残されたキャメル・レイノルズは、「ルーシちゃんみたいな子はひとりだけで良いのよ……」とぼやくのだった。


 メビウスは携帯電話を取り出し、モアへ電話をかける。

 しかし、モアは応答しない。

 なにもかもが噛み合わないな、とメビウスは苦笑いし、これからなにをするか考えていたら。


「ば、バンデージさん……。つ、疲れました~」


 しなびた少女がそこにいた。170センチを優に超す高身長に焦げた茶髪。顔色はあまり良いとは言えず、やや太い眉毛。スラリとしたモデルのような体型。そんなラッキーナ・ストライクである。


「絡まれなかったか?」


「……なんか良く分かんないですけれど、怖いヒトに殴られそうになったのに、次の瞬間にはそのヒトが意識不明になってたんです」


「……相手は泡でも吹いていたか?」


「怖くて見てないですけど、たぶん……」


 メビウスは溜め息をつく。この少女、無自覚ながら『カイザ・マギア』の才能を持っている。しかし知らないことが罪になる時代。メビウスはラッキーナへ、「すこし歩こうか」と言う。


「は、はいっ」


「カイザ・マギアは知っているか?」


「え? あ、知ってます。相手の魔力を抜き出す帝王の魔術だって」


「そうだ。そして君は幸運なのだか不運なのかは知らないが、カイザ・マギアの才能がある」


 ラッキーナ・ストライクは思わず立ち止まった。そんなことがあるわけない、と言わんばかりに。表情も怪訝そうだ。


「だから説明しておく義務があるな。カイザ・マギアの利点と欠点を」メビウスはラッキーナの肩を叩き歩くよう促し、「まず、カイザ・マギアの本質は自身の魔力の質で決まる。魔力が清らかであればあるほど、相手のそれを奪えるというわけだな。その清らかさというのは完全に才能だ。君は才能に満ちあふれているようだね」メビウスはニコリと笑う。


「え、じゃあ、バンデージさんも使えるんですか?」


「なぜそう思う?」


「だ、だってバンデージさんお強そうだし」


「強そうな見た目かね? この少女が」


「ゔぁ、バンデージさんは迫力しかないじゃないですか。魔力の探知はできないけれど、それでも怖いですもん」


「勘も鋭いな。将来が楽しみだ。良い武官になれる──」


 このとき、思わずメビウスは軍人視点でラッキーナを見ていた。将来有望な魔術師という兵士として評価していたわけだ。

 咄嗟にそれを理解したメビウスは、「……。いまは兵隊以外にも魔術の仕事はあるしな」と不必要な付け加えを行った。


「……?」


 ラッキーナはこちらをうかがうような表情で凝視してくる。


「そんなに怪訝そうな顔をしないでくれ。照れるだろう?」


 苦笑いを浮かべるメビウスを見て、別に深い意味があって軍隊を勧めたわけではないだろう、とラッキーナは思うことにした。実際彼女は軍人一族だから、そういう考えになってもおかしくないと。


「あ、ああ、すみません」


「さて、私は妹と会う約束があるのだが、君も来るかね?」


「え?」


 と言った瞬間、電話が鳴った。


『ごめん! やっぱ先帰る! あとでね!』


 という孫娘モアからのメッセージが受信された。これでメビウスもいよいよやることがなくなる。


「……予定変更だ。遅刻していた私も悪いが、モアが帰ってしまった」


「だったらバンデージさん、私に魔術を教えてくれませんか?」


「……ん?」


「カイザ・マギアは選ばれし者にしか使えない帝王の魔術、だってずっと言われて育ってきました。自分からもっとも程遠い魔法だとも思ってました。でも……バンデージさんの言うように私もカイザ・マギアを使えるのなら、特別な存在になりたいです」

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