第十章 その1
「ってー!」
フォクシーの号令で【ナナヨン】の百五ミリ砲が火を放つ。
「ってー!」
百五ミリ砲が火を放つ。
「ってー!」
粘着榴弾が盗賊の操る軽戦車【ゴランド】を直撃。砲塔が石に落とした瀬戸物がごとくいとも簡単に粉砕された。
しかしそれでも【ゴランド】はプスプスと音を立てながら走り続ける。
弾薬や燃料が燃えて煙と炎を吹き出しながらも戦車はまだまだ生きていた。
「次弾、準備良しなのです」
「待ッテ!」
フォクシーがとどめの一撃を放とうとするとカッフェが叫んだ。
【ゴランド】が土手に車体をぶつけて止まった。
すると車長や乗組員達が耐えがたい高温の蒸気風呂から飛び出すような勢いで逃げ散っていく。後には炎と煙が立ち上るだけとなった。
戦いはどうやら終わったらしかった。
「大砲も砲塔も丸焼けだからなあ」
フォクシーはジャンク屋を相手に商談していた。
「砲は駄目、砲弾も駄目。回収できたのはエンジンが二つだけ――か」
ハイエナ種のジャンク屋はクリップボードに回収品々のリストを書き込むとフォクシーに見積書を突きつけた。
「銀二〇ビスってとこだな」
「えー、エンジン二基でその値段? ちょっと安すぎない?」
「これでもかなり勉強してる方なんだぜ」
カンダハレル――古代王国の地名表記に従えば、トレッキル州のカンダハレル郡とされる地域は穀倉地帯として知られている。
このあたりは土地は油で汚染されていないのだ。
そして地面を掘っても機械部品は出てこない。機械工業製品の産地から遠いため取引価格も輸送経費分は割高だ。だからこそ査定も高めとなっているとジャンク屋は語った。
「それでもこの金額なの?」
「何しろ【ゴランド】だからなあ」
【ゴランド】は戦車というより骨董品に分類すべき車体であった。元はビッカーズ6トンと呼ばれていた発掘戦車を元に、双方塔型、単砲塔型と様々な種類が再生された。
戦車傭兵や盗賊が多用する【モブシャ】や【ザコット】よりも、さらに装甲が薄くて搭載している武装も三十七ミリ砲と実に貧弱、エンジンの出力も低い。
端的に言えば弱い。
当然、再生戦車市場でも不人気なのだ。
それでも購う者がいるとしたら、質より量、値段の安さを重視する戦車傭兵のカンパニーを立ち上げたばかりの者、あるいは同程度の三~四流盗賊団といったところだろう。
今回はその三~四流盗賊団が相手だった。
「また戦いがあったら呼んでくれなー!」
エンジンパーツを積み込んだジャンク屋のトラックが立ち去っていく。
フォクシーは、雇い主であるカンダハレルの農村グループの代表に尋ねた。
「で、仕事はこれで終わり?」
これで任務完了ならば、本来の目的である師匠の行方を探しにいきたいところだ。
しかし不思議なことに、仕事という物は得たい得たいとあくせくしていない時に限って向こうからやってくる。そして頼みたいと求められると、したいことが他にあったとしてもついつい仕事を優先させてしまうのだ。
「次はクラップフまで収穫した小麦を卸に行く。その護衛を君達に頼みたいんだが?」
次の仕事は、作物を出荷する農民のトラック――コンボイの護衛であった。
§ §
一ヶ月近くバザールを展張していたデイトン・キャラバンが次の街へと旅立った。
そのため工房都市バラクレルは閑散としていた。
いずれ別のキャラバンがやってきて、パビリオンを建ててバザールを展張するだろう。しかしそれまでの間、バラクレルの周壁の外は荒涼たる大地が広がるだけの光景へと戻るのだ。
しかしこの日、この場所には多砲塔戦車【タランチュラ】が停まっていた。
その周りにはウルフパックのギャッキが率いる戦車一コ大隊約二十三両が屯していた。
ギャッキの大隊が定数に満たないのは先の戦いでの損耗が激しかったからだ。
しかしその程度の数であってもカーリェ鉱山を奪ったフレグ家の雇われ戦車軍の来訪は、バラクレル側の危機感を強く刺激した。
バラクレルは厳重な警戒態勢をとった。
周壁に兵士を配備し、支配下にある戦車傭兵を周壁の内外に集めた。
両軍相対峙するこの状況でたちまち戦いが始まってしまわないのは、ウルフパック側の傭兵がことさら砲や銃を城壁に向けないように気を配り、戦車から降りてタバコを吸ったりとリラックスしているところを見せているからでしかない。
とは言えここに戦車が集まっていることそのものがある種の示威行動で、フレグ家が交渉に際して軍事的行動も辞さない覚悟があることを示す。
交渉の結論によってはウルフパックの傭兵が戦車に乗り込み、砲を周壁へと向ける時がくるかも知れないのだ。
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