第七章 その3
ティルティ隊この動きは【ガルガンチュア】側にもすぐに察知された。
「不味いですお頭! 奴らが追ってきますぜ!」
「数は?」
「およそ二個中隊!」
「くそっ。さすがに見逃してはくれんか」
コーカが操縦しながら呟く。
「【ガルガンチュア】、目立ちますからねえ」
「お頭、足の遅いこいつでどうやって戦場から離脱するんです?」
「四の五の言ってる暇があったらとにかく弾を込めろ。奴らを全部なぎ倒しちまえば、逃げられるだろうが!」
そう言っている間にも【ガルガンチュア】とティルティ隊の距離はジワジワと狭まってきていた。
「砲手! 足を止めた奴を優先して狙え!」
ワッツマンの指示で砲手が狙いを決めた。
「撃てっ!」
ガルガンチュアの百二十ミリ砲が火を放つ。
しかしながら走行しながらの砲撃では当たるはずがない。足を止めた戦車から少しばかり離れた位置にクレーターを穿つ程度で終わった。
とは言え足を止めたら狙われるという事実は恐怖を生む。百二十ミリ砲弾の威力は至近弾でもかなりの被害だ。直撃を喰らったら【オピーオン】であっても防ぎきれない。
おかげで【オピーオン】は寸刻も立ち止まることが出来なくなった。そのため狙いも正確性を欠き【ガルガンチュア】の至近で炸裂するに留まり足を止めさせるに至らなかったのである。
このような状況のためこの追跡戦の勝敗はなかなかな決しなかった。
後ろを追ってきた【オピーオン】の群れは【ガルガンチュア】の両側にまで進む。そして当たろうと当たるまいとどうでも良いとばかりに砲撃を放ち続けた。
ここまで近づいてくる不正確な射撃だろうとまぐれ当たりな砲弾が時折あらわれる。
数発の砲弾が後方へと砲を向けて走り続ける【ガルガンチュア】砲塔へと命中する。
砲弾は軽い傷を付ける程度だったが、強い衝撃が内部にいる者達を襲った。
「くそっ!」
「このままだとまぐれ当たりをエンジン部に喰らっちまうかも」
「足抜けするタイミングを間違ったかもしれんな」
ワッツマンがそう呟いた時だった。
【ガルガンチュア】を追跡、接近しつつあったウルフパックの【オピーオン】が突如炎上爆発、砲塔が吹き飛んだ。
「なに!?」
「お頭、二時の方角!」
コーカの報告に、ワッツマンは慌てて自分の右側を見る。
「違う、進行方向の右!」
そして方角を間違っていたと気づいて慌てて自分の左側を振り返った。
すると離れた位置にナナヨン・カンパニーがいた。その砲撃が追いすがる【オピーオン】を撃破したのだ。
「お頭! あの【ナナヨン】から通信が入ってます」
「つなげ!」
途端ヘッドホンのコーン紙が破れそうなほどの大音声が鳴り響いた。
『こらーーー、わたくしの【ガルガンチュア】を返しなさあああああああああああい!』
それはレオナの声であった。
『フォクシーさん、あっちですわ。あちらに向かってください! わたくしの【ガルガンチュア】を取りかえすんです!』
コーカが呻く。
「お嬢がこんな所まで追っかけてきやがった」
『だから無理だって! 駄目だよそんなことしちゃあ!』
聞こえたのはレオナの声だけではない。フォクシー達の声まで混ざっていた。
『なんでですか!?』
『だからあ、ワッツマンさんの犠牲を無駄にしちゃ駄目なんだって!』
『どういう意味なんですか!?』
無線を通じて漏れ聞こえてくる会話にワッツマンは首を傾げた。
「犠牲――俺の犠牲って何?」
「あーお頭、これってもしかすると俺達、やられちまったかも知れませんぜ」
「なんだと?」
「ガレスの旦那、お嬢様を逃がすための囮役を俺達に押しつけたのかも」
「だから気前よく【ガルガンチュア】を俺達に引き渡してくれたってことか?」
「【ガルガンチュア】は足が遅いですからねえ。逃亡の足に使うには適さないと思ったんでしょう。目立つ戦車を俺達に押しつけ、その間にお嬢様が【ナナヨン】でとんずらする――悪くないアイデアでしょう?」
「ちっ、くそっ。そういうことだったのか!」
「まあ奴さんからしてみると、俺達が全てを承知の上で囮役に志願したように見えてるんでしょうけどね」
「だからか!? だから奴の最後の言葉が『忠節と献身に感謝する』ってぇかああ?」
そんなやり取りをしている間にも【ガルガンチュア】は砲撃を浴び続ける。
その多くは至近弾だが。ついに側面からの砲弾の一つが車体を貫通した。
不思議なもので一発命中すると二発、三発と立て続けに当たってしまう。
「やられちまったかあ!?」
エンジンが発火。【ガルガンチュア】の戦闘室内にも煙が広がりつつあった。
「よし、全員脱出。逃げろ!」
ワッツマンの号令で戦車傭兵達はハッチをこじ開けて次々脱出を図る。
四方八方からの攻撃を浴びた【ガルガンチュア】はこうして爆発炎上した。
【ガルガンチュア】が爆発炎上した。
「あっちゃー! やっちゃったよティルティ!」
「拿捕しろって言われてたのに吹っ飛んじゃったよティルティ」
「どうします? ティルティ」
「な、何よ何よ何よ!? なんでみんなして、ティルティ、ティルティ、ティルティってわたしばっかり言うの? もしかしてわたしが悪いって言いたいの?」
「指揮官でしょ」
「指揮官だからねえ」
権限と責任は一枚カードの裏表。けっして引き剥がすことは出来ない。
「せ、せめて情報をとって言い訳にしよう!」
ティルティは、中隊指揮用周波数で逃げ出した搭乗員を一人も逃さず生かして捕らえるよう配下へ指示した。
砲口や銃口を突きつけられてはワッツマン達も抗いようもなくて、素直に投降せざるを得なかったのである。
「この中に、レオナってメスライオンいる?」
ティルティは銃を突きつけたまま問いかけた。
「見りゃわかるだろ? レオナなんか知らん。お前ら知ってるか?」
ワッツマンは振り返って部下達に問いかけた。
わかりきったことをあえて問うそれは、部下達に対する箝口令を意味していた。
捕まったからと雇い主やその縁者の居所を口にするようでは印象が悪い。それでは万が一生き残れたとしても戦車傭兵として雇って貰いにくくなってしまう。
尋問されてもガンと口を割らなかったという実績があればそれだけ信用されるのだ。
「んな奴、最初から乗ってなかったぞ」
早速コーカ達が乗ってきた。
「ああ、俺は知らねえ」
ティルティは舌打ちするとマギーに尋ねた。
「どうしたらいいと思う?」
「こんなところでぼやぼやしてないで、他を調べた方がいいよ」
ティルティは頷くと部下達に「撃て」と号令。ワッツマン達を射殺してしまった。
全てを終えて振り返る。
「けど、他を探すってどこを?」
その時、アンが戦車内から声をかけてきた。
「ティルティ! 今、第二中隊の第三小隊が逃亡中の敵戦車を追跡中だよ!」
その頃、【ナナヨン】は戦場から遠ざかろうと荒野を爆走していた。
「【ガルガンチュア】がやられてしまいました」
レオナが呻き声を上げる。
ウルフパックの戦車が追ってくるので【ナナヨン】は砲を後方に向けいる。そのため【ガルガンチュア】が爆発炎上する様子は、レオナが覗き込んでいる照準用ペリスコープからも見ることが出来たのだ。
車長用ハッチから上半身を外に出し耳を立てていたフォクシーが言う。
「そんなことより戦車が追ってくるよ。レオナ、数は見える!」
「薄暗くて車種がわかりません。多分ふたつでしょう!」
既に太陽は西の地平線に沈んでいる。
これまでは薄明かりを頼りに戦っていたが、それもさらに暗くなってできなくなりそうであった。
「フォクシーさん、やるんですか?」
「とまれ!」
カッフェがブレーキを踏み【ナナヨン】が急停止する。
フォクシーが戦闘室内に潜り込んでくる。身を乗り出すと砲手席のレオナの前にあるパネルを操作した。
「これ見てご覧」
レオナは言われるままに照準潜望鏡を覗き込んだ。
すると暗視照準の視界の中に、敵戦車の姿がくっきりと浮かんでいた。
「な、なんですかこれ!?」
フォクシーは車長用照準眼鏡を覗き込みながら告げた。
「敵戦車【オピーオン】が三! 距離は二千二十、近づきつつある。距離千八百まで近づいたら射撃開始するよ! 装填手、弾種粘着!」
すると主砲の砲尾部を挟んでレオナの左隣にいたミミが、砲弾ラックから砲弾を取り出すと砲尾から押し込む。
「安い弾、装填よし、なのです!」
砲手の自分を無視して、戦闘の準備がどんどん進んでいくことにレオナは慌てた。
「ちょちょっと、わたくしこんな大砲の撃ち方なんてわかりませんわ!」
「レオナは大人しく見てて! ミミ、撃ってからの連続しての装填よろしく!」
「全部お安い弾で? お任せなのです」
「んじゃ、撃つよ~~てっ!」
車長席のフォクシーがトリガーを引き絞る。
すると砲弾が発射された。
大音声と共に反動を受けた砲尾が後座。薬莢が排出されて戦闘室内に転げ落ち甲高い音を上げる。
「命中、次!」
すでに砲弾ラックの次弾に手をかけていたミミは、力任せに砲弾を抱えて装填、閉鎖。
この間、わずかに約三秒。
「てっ!」
「命中、次!」
この作業をフォクシーとミミは合計三回繰り返した。
床に転がった薬莢の熱さが戦闘室内の気温を三度程上げた頃、フォクシーは告げた。
「命中! 敵戦車三両撃破。カッフェ、前進用意! 前方良し」
カッフェがアクセルを踏み込む。
しっかりと整備されたエンジンは軽やかに咆吼音を上げた。
「前へ!」
カッフェがクラッチを繋ぐと【ナナヨン】は急加速で前進を開始した。
「追ってくる敵、いそう?」
フォクシーはキューポラから上半身を外界へと乗り出す。
目と耳とを敵がいる後方へ向けた。
ミミも装填手用ハッチから顔を出すとフォクシーと共に周囲に警戒の視線を向ける。
「ないと思うのです」
「んじゃ、行こうか」
「行くってどこに? 戦わないのですか!?」
「だって、あたしらの請けた仕事ってレオナの脱出だもの」
「な、なんですかそれ!? 聞いてませんわ」
「そりゃ、言ってないからねえ」
フォクシーは後ろに向けていた砲を前へと向け直す。
そして後ろを振り返って追ってくる敵がいないことを再度確認すると、余裕の速度で戦場であったカーリェ鉱山から立ち去ったのである。
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