第七章 その2


 フォクシー達が整備廠にたどり着いた時、老整備士達が【ナナヨン】に群がって出撃準備を進めていた。


「バッテリーよし!」

「オイルよしじゃ!」

「ナナヨン式戦車、いつでもいけるぞい!」

「じいちゃん達! 準備してくれてたんだ?」

「おお、嬢ちゃん達。やっと戻って来たか!?」

「弾は?」

「もちろん積んどいたぞい!」


 そんなやり取りをしている間にもフォクシー達は戦車の周囲を一回りして点検する。塗装も乾いて全てが新品のようであった。

 砲塔のほっぺ部分に描かれた紅色の狐のマークも綺麗に塗り直されている。


「ありがとう! でもどうして?」

「君達に頼みがあるからだ――」


 背後からの声に振り返るとガレスがいた。


「ガレスさん。もしかして契約のご相談ですかあ?」

「娘を頼みたい。あれを安全なところまで連れ出してやって欲しい」


 ミミは不思議そうに首を傾げた。


「当人は納得してるですの?」

「いや、教えてない」

「それだと瞞すことになるのです」

「キット後デ怒る」

「仕方ない。これが親心というものだ。一時は怒るかも知れんがいずれわかってくれる」

「状況次第なので無事は約束できませんよー」

「出た途端、敵に包囲サレるナンテ事もアリエル」

「その心配はない。ワッツマンが囮を買って出てくれた。あとは君達次第だ。引き受けてくれるね?」

「これによるかな?」


 フォクシーはそう言いながら手でコインマークを作った。


「一千ビスでどうかね?」

「すっごい破格の値段。もしかして手形?」

「いや、現金だ。屋敷中のビスを掻き集めさせたら五千あった。こいつを残しておいてもマ・ゼンダの奴を喜ばすだけだからな。そのうちの一千を君達に、四千はレオナにだ」


 すると整備士の爺さんが言った。


「空薬莢に詰めて戦車の砲弾ラックに放り込んであるぞい!」


 フォクシーは左右を振り返るとミミとカッフェに意思を確認する。

 ミミは小さく頷き、カッフェはぐいっと親指を立てた。

 その時【ガルガンチュア】が整備廠の壁に激突、鉄扉をひしゃげさせると整備廠全体が揺れた。

 何事かと思ったら爆発音が轟いた。


「どうした? 何があった?」

「石油精製工場の爆発です!」

「消火班を出動させろ!」


 ガレスは消火作業を指揮する為に整備廠から出て行ってしまった。

 そんなガレスの背に何か声をかけているレオナをフォクシーは呼び止める。


「レオナ、何してるの!」

「わたくしの戦車をお父様が勝手に! ああ、腹がたちますわ!」

「レオナ、それなら【ナナヨン】に乗って! ガンナーが足りないんだ!」

「これに乗れとおっしゃるんですか?」


 見ている間にもミミとカッフェは乗り込んでいく。


「今度は中に乗って良いんですね?」


 逡巡していたレオナもすぐに頷いた。


「もちろん! 砲塔てっぺんの右側ハッチから入って奥に!」


 レオナが車体によじ登って車内へと潜り込んだ。

 しかし砲手席に腰を下ろした途端すぐに悲鳴を上げた。


「な、なんですのこれ! こんなの、見たことも触ったこともありませんわ!」


 そうしている間に今度はフォクシーが車長席に腰を下ろす。これでレオナが外に出ようとしても簡単には出られない。


「大丈夫大丈夫。座ってるだけでいいから」


 フォクシーは宥めるように言いつつカッフェに運転始めを告げる。

【ナナヨン】のエンジンが駆動開始し、マフラーから排気煙が勢いよく吹き出す。


「どうじゃ、いい感じで吹き上がるじゃろ?」


 戦車の砲塔前、操縦手用ハッチの脇に座った老整備士が得意げに笑った。

 カッフェはニンマリと笑って老整備士に答えた。


「じいちゃん。危ないから降りて!」

「おっとと!」


 フォクシーの警告を浴びた老整備士達が飛び降り戦車から距離を取る。フォクシーはミミと共に周辺を見渡して安全を確認した。


「それじゃいくよ! ナナヨンカンパニー、前進よーい。前へ!」



 戦闘は激しさを増す一方だった。

 カーリェ鉱山を守る戦車傭兵部隊の戦車は、果敢に反撃に挑んでいたが次々と撃破されて、その数を着実に減らしつつあった。


「ギャッキ率の第二大隊、ティルティの第三大隊が敵主力の包囲を完成させました」

「こういうのを嬲り殺しというのかな?」


 するとマ・ゼンダがうそぶいた。


「戦いとはこういうものです。戦車に乗って戦場に出てきた以上は覚悟はあるはず」

「ウォリル君の言うとおりだ。さっさと敵にとどめを刺してやるのが慈悲だろう」

「了解しました。こちらウォリル。ブ・ラック兄。出番だよ」

『おうっ! 待ちくたびれたぞ!』


 後方に控置されていたブ・ラック率いる第一大隊が前進を開始。

 重戦車【カブラカーン】を中心にした戦車隊の蹂躙が始まった。

 重戦車【カブラカーン】は【ヴァリトラ】と同様にダンギレス・タンク鉱山から発掘した重戦車JS―2を元にした再生戦車だ。こちらは【ヴァリトラ】と違って九十ミリ砲とターデンのディーゼルエンジンを搭載している。


「ちっ、ブ・ラックの野郎め、姑息なことをしてくれるぜ!」


 ギャッギは舌打ちするとブ・ラックに負けるなと第二大隊の部下達を叱咤した。


「てめえら腹が立たないのか!? 俺達が苦労して敵を痛めつけ、有利な態勢をようやく作ったんだぞ。なら勝利するのも敵を喰らうのも俺達でなきゃ嘘だろう!? ブ・ラックの野郎に手柄を横取りされて悔しくねえのか!?」


 ギャッギの宣言は部下達の戦意を煽った。


「進め進め! 俺達こそが勝者だ。俺こそが美味しいところをいただくんだよお!」


 しかし彼の鼓舞はいささか効き過ぎた。

 第二大隊の戦車の多くが喊声を上げて突進を開始、ギャッギの統制から離れて敵に突っかかっていったのだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 その無闇な突進ぶりはギャッキの部下達が心配するほどだった。


「気にするな! 大勢は既に決した。大丈夫だ!」


 しかし前に出すぎた戦車が次々と撃破されていく。


「どうした? 何があった!?」

「【ガルガンチュア】です!」


 重装甲と重火力を誇る超重戦車が戦場に登場したのだ。


「ミグルン家の奴らめ! ついに【ガルガンチュア】を出してきたか」


 その果敢な戦いぶりはウルフパック第二大隊の突進を跳ね返した。


「集中砲火だ! 集中砲火を浴びせろ!」


 戦車の集中砲火を浴びせられる【ガルガンチュア】。しかし巨大な戦車の分厚い装甲は、多少の砲撃では小揺るもしない。


「なんちゅう硬い装甲なんだ!」


 こうなると、ただやられる一方だった守備側戦車傭兵達の勢いも盛り返してくる。

 連携を崩し無闇矢鱈な突出を図ったギャッキ隊の被害は、時を追うごとに拡大していったのだ。



 超重戦車【ガルガルチュア】は集中砲火を浴びても平気な姿で戦場を支配し続けた。


「さすが【ガルガンチュア】だ、頼もしいぜ!」


 しかしその直後、車体側面に直撃を喰らった。


「っつう! いったい何だ?」

「【カブラカーン】だ! 横から迫ってきてる!」


 装甲がいくら頑丈で中の人間は砲弾直撃の衝撃に晒される。

 敏感な獣人ならばなおさらでみんな衝撃的な激音の連続に顔をしかめていた。


「うわっ、やばい。いくら車体は丈夫でも、【カブラカーン】に袋だたきにされたら中身の俺達はどうなるかわかんねえぞ!」


 耐えがたい爆音の連続に乗員達が悲鳴を上げだした。

 ワッツマンはペリスコープから外界の様子を確認する。そしてコーカに命じた。


「よし、転進だ! 前進するように見せて右へ旋回してずらかるぞ!」

「味方と連携しなくていいんですか?」

「俺達が奴らを守ってやらねばならない義理はない」


 コーカは命じられるままに戦車を右へと転進させた。



「変ですね」


 戦場に突然現れた【ガルガンチュア】のこの挙動は、戦場の後方に控える【タランチュラ】へと伝えられた。


「どうした?」

「【ガルガンチュア】の挙動が逃げ腰に見えます」

「ブ・ラック君の蹂躙戦に怯えているのかな?」

「戦車傭兵ならあり得ます。しかし戦場の要となる超重戦車をこの状況で逃亡を図るような者に与えるというのも変な話です。強力な戦車ほど忠誠心の篤い者に託すはず」

「味方を逃すために最後まで居残ると? そういえばゴートが持ち帰った情報では、ガレスは【ガルガンチュア】を令嬢のレオナに与えたらしいな」

「つまり、ミグルン家の跡継ぎが逃げようとしているわけですね? 畏まりました。ティルティの第三大隊に追跡させます。兄が出たことでも手持ち無沙汰のはずですから」

「頼んだよ、ウォリル」


 マ・ゼンダはそう言うとウォリルの肩に手を乗せた。



 手持ち無沙汰と言われたティルティの第三大隊だが、ひとしきり戦った後の彼女達が本当に何もしていないかと言うと――そう言うわけでもなかった。

 戦場の左側に位置して敵情の監視を続けつつ、損害状況の確認をして故障した戦車の回収、負傷した仲間を収容、履帯が外れた程度の故障については応急の修理を施すなどをしていたのだ。

 健在な戦車とて、いつでも攻勢に移れるように装填手は使用済み薬莢を廃棄したり、装弾のし易い場所に砲弾を移したりの作業がある。


『というわけで【ガルガンチュア】を捕らえなさい!』


 なのに作戦指揮を担当する姉から予定外の命令が下りてきた。

 しかもその内容は超重戦車【ガルガンチュア】を拿捕しろというものだ。


「簡単に言ってくれるね、姉さん。撃破しろじゃなくって捕らえろだなんて、あの超重戦車の【ガルガンチュア】だよ。いったいどうやって!?」

『黙って言うことを聞きなさい。これはマ・ゼンダ様からの命令よ』


 すると突然、男声がウォリルとの通信に割って入った。


『違う。これは命令ではない。お願いだ』


 どんなやり取りがあったのか少しの通信途絶の後、姉の声が戻ってきた。


『訂正します。これはマ・ゼンダ様からのお願い、だそうよ』


 ウォリルはそう告げると一方的に通信を切ってしまった。


「どうするティルティ」


 砲手のマギーが問いかけてくる。


「しかたない。やるしかないか。とにかくガルガンを追跡するよ!」


 出たとこ勝負でやるしかない。ティルティはそう言うと隷下三個中隊のうち一個中隊を後始末のためにこの場に残し、二個中隊に前進を令したのだった。

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