第七章 その1


 空が茜に染まり、巨大な太陽が粉末化した錆鉄に覆われた大地に触れようとする頃。

 戦車の群れがカーリェ鉱山を取り囲む周壁に襲いかかった。

 中型戦車【ガミギーン】を先頭に、突撃戦車【アハイシュケ】と重戦車【ヴァリトラ】の群れが砂塵を巻き上げながら突き進んだのである。

 中戦車【ガミギーン】はポコルドタンク鉱山で発掘されたT54Aと呼ばれる車体にキンカーン工廠製九十ミリ砲を搭載した物だ。

 突撃戦車【アハイシュケ】は同じくポコルト産のSU152に、クルースパックの百二十ミリ砲を搭載。

 重戦車【ヴァリトラ】は、タンギレス産JSー2の車体にキンカーン産五十三・五口径百ミリ砲を載せていた。

 カーリェ鉱山側からの放たれた砲弾がそれらの車体をかすめるように着弾する。

 しかし戦車傭兵のカンパニー『ウルフパック』の戦車は驀進を続けた。

 ウルフパック・カンパニーの第二大隊を率いる灰色狼種のギャッギ・バローンは、降り注ぐ土塊を浴びつつも中戦車【ガミギーン】のキューポラから身を乗り出した姿のまま配下の戦車に指示を飛ばした。


「いけいけえー! 足を止めずに打ち続けろ!」


 彼の率いる三個中隊三十六両の戦車がそれぞれに射撃を開始した。

 荒野を疾走している最中だ。凸凹道を走る戦車は否が応でも強い振動に晒される。

 そんな中で砲を発射しても狙った的に命中するはずがない。

 しかし今回の相手は動かない都市。どこに砲弾が落ちても牽制にはなる。

 車長も砲手も、そして装填手も弾の行き先については半場責任を放棄した気分で砲弾の装填を繰り返して主砲を放ち続けた。

 城壁に砲弾が直撃して穴を穿つ。

 数発は城壁を飛び越えてそのまま工場や民家の屋根を破壊した。

 その爆発音と衝撃の人心に対する影響は絶大で、避難しようとしていた人々はそれだけでパニックを起こして街を走り回り逃げ回り、悲鳴を上げた。

 ギャッギは無線に叫んだ。


「この勇ましい俺の姿を見ろウォリル、どうだ見直したろう!」


 しかし帰ってきたのは『弾の無駄』『そんな態度が勇ましいと思っているところからして絶望的だ』という散々な評価だった。


「お前には聞いてないんだよ! ティルティ!」

『これは親切からの言葉よ。ウォリル姉は心優しいから面と向かって本当のことを口にしたりしないの。だからわたしが代わって本当のことを言ってあげているだけ』

「黙れこのくそっ餓鬼。しょべん臭い餓鬼に、苦み走った大人の魅力がわかるはずがねぇんだよ! おいウォリル、お前なら俺の良さはわかるよな! わかるよな!?」


 多砲塔戦車【タランチュラ】は車体だけでも全長が九・七メートルに達し、五つの砲塔を有する巨大戦車だ。

 T35と呼ばれるハリコフ・タンク鉱山から発掘された戦車を元にしているが、主砲を八十八ミリ砲に増強して火力不足を補い、代わりに副砲塔の砲二門を三十七ミリ砲にグレードダウンすることで全体のバランスを補っている。

 とは言え車体は重く速度も遅い。さらに言うと装甲も重戦車と言う割には普通だ。

 そのため『ウルフパック』では指揮通信車として、戦線から離れた後方に置かれていた。

 今回もこの多砲塔戦車は戦場の若干後方に位置して戦況の把握を行っていた。


『おいウォリル、お前ならわかるよな! わかるよな!』


 無線機のスピーカーからギャッギの声が流れてくる。

 すると無線電信手は第一砲塔の砲手席に意味ありげな視線を向けた。

 そこには『ウルフ・パック』の戦術指揮官でもあるウォリル・キャニス・ウォーセが座っていたからだ。

 灰色狼族のウォリルは部下の頭を軽く小突くと、ヘッドホンを外す。


「総隊指揮系の周波数で吠えたら全部に丸聞こえでしょ。みっともない」


【タランチュラ】は前述したように巨大だ。

 それでも戦車であるが故、内部は狭い。そのため、彼女の小さな呟きは隣にいる男に聞こえてしまった。


「ウォリル、そう言ってやるな。ああいう手合いを煽てあげ上手に使うのも指揮官に必須の才覚だろう? 君にはそれができるはずだ」

「そう言ってマ・ゼンダ様はわたくしをおだてるのですね」


 ウォリルは返しながらも自分の肩に置かれたマゼンダの手に自分の手を重ねた。


「おだてているのではない。この戦いでカーリェ鉱山を得ればフレグ家の統領は私を重用せざるを得ない。私の補佐をする君には、今以上に役立ってもらいたいだけなのだ」

「相変わらず言葉ばっかり。少しは実のあるところを見せて欲しいものです」

「今は戦いに集中すべきだ。そうだろう?」

「……」


 ウォリルは不満そうに唇を尖らせる。

 しかしながら彼女の尻尾は機嫌良さそうに揺れていた。



 ウルフパック第三大隊の【オピーオン】三十六両は、激しい戦闘が繰り広げられる戦場の外縁で待機していた。

 第三大隊長のティル・キャニス・ウォーセがぼやく。


「わたしマ・ゼンダの奴、嫌い。策士気取ってあの手この手を繰り出しても結局失敗して、結局はわたしらに頼ることになった癖になんか偉そうなんだもの」

「そりゃ雇い主だからねえ」


 独り言なのに装填手のハニーが答えた。


「偉そう、じゃなくってホントに偉いのよ」


 すると砲手のマギー、装填手のアン、操縦手のバーバラまでもが混ざってウォリルの性癖をネタにした雑談が始まった。


「姉貴が、こんな奴にしっぽを振ってるのを見るのが何か嫌」

「ウォリルからすると、だからこそ支え甲斐があるって感じてるんじゃないの?」

「あいつ、面倒見の良いメスだもんねえ」

「駄目男ほど可愛いって思うタイプなんだよ」

「っつーより男を堕落させちゃうタイプでしょ、あれって」

『いいぞギャッキ! その調子で右側から襲撃と後退を繰り返して、敵の戦車を城壁から引き剥がえせ!』


 無線機からは彼女の兄にしてウルフパックのトップ・リーダーであるブ・ラックの指示が矢継ぎ早に聞こえてくる。

 すると激しい攻撃と突撃を繰り返すギャッギに対応するため、城壁周辺を守っていたミグルン家の戦車隊が渋々と言った感じで移動を始めた。

 それを好機とみたマ・ゼンダが上級指揮官用の無線周波数を使って命令を伝えてきた。


『さすが、ブ・ラック君だ。攻防の呼吸を大変良く心得ている。私が狙ったとおりの展開だ。ティルティ君は私の計画通り攻撃を開始してくれたまえ』

「兄貴ぃ。金主様がこう言ってるけどどーする?」


 雇い主とは言えどもカンパニーでは命令権者ではない。そのため従って良いかとティルティは専用周波数でブ・ラックへとお伺いを立てた。


『雇い主のご要望に応えてやれ』

「へいへい。んじゃ行こうか」


 そんなことをしていたら、ウォリルが叱責してきた。


『ティルティ、命令の復唱がないけど聞こえてる?』


 ティルティはトークボタンを押して答えた。


「はい、こちら第三大隊。感明良好、これよりマ・ゼンダ様の計画通り突撃を敢行――第三大隊のみんな、これから前進するよ。よーい、前へ!」

 ティルティの号令に合わせて操縦手のバーバラがアクセルを踏みつつクラッチを繋ぐ。

 そのままアクセルを踏み込むとキャタピラは引きちぎれんばかりに猛回転。中戦車【オピーオン】は地を引き裂く勢いで加速していった。


「止まれ!」


 直後の急ブレーキ。

 勢いのついた戦車は前方に向かって滑る。乗り組んでいるティルティ達も戦闘室の前方に身体を押しつけられた。


「てっ!」


 戦車が止まった瞬間を突いて砲手マギーがペダルを踏み込む。

 砲弾は期待通りに狙いに向かって真っ直ぐ飛翔し、ミグルン家の戦車の装甲に直撃した。


「前進! 前へ」


 ティルティはすかさず前進を命じた。

 再加速の勢いが乗員達を襲った。

 特に酷い目にあっているのは装填手のアンだろう。

 彼女は戦闘室後方へと押しつけられるだけでは済まない。前後左右上下の揺れで身体のあちこちを砲尾やら壁やら砲弾にぶつけまくっていた。


「もう勘弁して! 身体がガタガタよー」


 ティルティも他の乗組員もその意見には大いに賛成だ。できることなら彼女の苦痛を減らすように動いてあげたい。

 しかし彼女が悲鳴を上げるほどの急前進、急停止こそが生存確率を上げ、敵戦車の撃破数となるのだ。だからやめることは決してない。

 彼女とその指揮下の大隊はミグルン家に雇われた戦車傭兵隊を横から突く形で食い破ると、その隊列を突き崩し隙間に割り込んでいった。



――カーリェ鉱山・戦車傭兵部隊指揮所――


 カーリェ鉱山の守備隊は今や狼の群れに襲われた草食動物のようであった。

 群狼の食いつかれ、守備隊戦車が一両、また一両と撃破されていく。

 無線機には雑音混じりの悲鳴と救出を求める声が響いた。


「ちっ。素人ばかりじゃ時間稼ぎにもならんか」


 悪くなっていく一方の状況にワッツマンが吐き捨てる。するとコーカが言った。


「掻き集めの急増のカンパニーじゃ、無闇に敵に突っかかって無駄にやられていくばっかりです。数だけはあるので敵の前進を押しとどめているように見えてますが、ほどなく防衛線は破られてしまうでしょう」

「仕方ない。ミグルン家も、見切りの付け頃ということか……」

「いい雇い主だったんですがね。わたしはこの家も好きでしたよ。居心地よかったし」

「人が良さだけでは生き残ってはいけないってことだな。では、いくか」

「どちらに?」

「お目当ての物を頂戴する。そもそも俺達はアレを手に入れるためにこんなところまで来たのだ」


 傭兵頭のワッツマンは部下達と共にミグルン家の屋敷へと向かった。

 地下の塹壕内に設けられた指揮所を出てみれば、あちこちで家屋が炎上し、石油の精製工場が爆発した。今やカーリェの鉱山街全体が大混乱に包まれていた。


「【ガルガンチュア】の準備はどうだ?」

「いま、終わります!」


 しかし整備廠へと入ってみれば整備員達が戦車の全て動かせるように走り回っていた。

 意外にもミグルン家の当主ガレスがいて整備員達を陣頭指揮していたのだ。


「お館様!」

「おおワッツマンか。どうだ戦況は?」

「全く芳しくありません。しかしながら強力な一撃を与えることが出来れば、敵を停めることができるかも知れません――」

「【ガルガンチュア】ならばそれが可能だと?」

「兵器とは、結局は使う者次第です」

「わかった。貴様が使うと良い。娘には私から言い含めておこう」

「よろしいので?」

「ここまで来たら出し惜しみはなしだ。【ガルガンチュア】が必要なのだろう? 後は任せるので良いようにやってくれ。貴君の忠節と献身には感謝したい!」


 ガレスはそう言うと、さらなる対応の指示のためにワッツマンに背を向けた。


「怪我人の収容はどうなってる!?」


 そんなガレスの後ろ姿を見てワッツマンは舌打ちした。


「くそっ! 物わかりの良い態度を見せられたら、やりにくくなるじゃないか」

「どうします?」

「とにかく【ガルガンチュア】だ。――許可は貰った。堂々と使わせて貰おう。おい、砲弾はもう載せてあるのだろうな?」


 すると整備士が答えた。


「はい。燃料、弾薬共に、いつでもいけます!」


 ミグルン家の整備廠にレオナが飛び込んできたのはその直後であった。

 とりあえず搭乗服に袖を通し濡れたライオンヘアーを後頭部のところで縛りながら走ってきた。

 よっぽど急いでいたのか搭乗服の前はきちんと留めきれていない。おかげで豊かな胸の内側半分が覗けていた。


「【ガルガンチュア】の準備はできていますか!?」

「へ!? お嬢さん。【ガルガンチュア】なら今出撃するところですよ!」


 レオナの見ている前でガルガンチュアが整備廠から出て行こうとしていた。


「ちょっと待って下さい! わたくしの戦車に乗ってるのは誰!?」

「傭兵頭のワッツマンです!」

「いったい誰の許可で?」

「お館さまです」


 その時、整備廠が小刻みに揺れた。

【ガルガンチュア】が操縦をミスって整備廠の壁に激突、鉄扉をひしゃげさせたのだ。

 揺れの原因はそれだけではない。すぐに外からかなり大きな爆発音が轟いた。


「何があった!?」

「石油精製工場の爆発です」

「消火班を出動させろ!」


 ガレスは怒鳴りながら整備廠から出て行ってしまった。



「外から見るとでかいと思ったが、戦闘室に入ってみると、狭っ苦しさは他の戦車とあんまりかわらんな」


 車長席に腰を下ろしたワッツマンの呟きに操縦手のコーカが答えた。


「こいつは何もかんもがでかい。おかげで車幅感覚がちょいとばかり狂いそうです」


 周囲の見張りのためペリスコープにしがみ付いている装填手が言った。


「頭、あれ見て下さい! 戦車盗られたお嬢様が髪逆立てて怒鳴り散らしてますぜ。おおおおおっ、なんて格好!」

「雌猫の色香に迷わされて事故るなよ」


 ワッツマンが言っている間にも【ガルガンチュア】は整備廠の出口で壁を軽く引っかけて鉄の扉をひしゃげさせてしまった。


「ほら、いわんこっちゃない」

「すんません、つい目を奪われちまって」


 コーカが申し訳なさげに言い訳する。


「あのメス猫を残していくのって、もったいない気がしますねえ。どうです頭。今からあのお嬢様を連れて逃げるって選択肢ありません? 呼べば来るんじゃないですか?」

「そりゃ、呼べば来るだろう。だがこの戦車を奪い返そうとするだろ? そもそもあんなのを乗せたら煩いだけでやっかいだぞ」

「ま、そうでしょうね。なにせライオンだから」


 そんなことを言っている間にも【ガルガンチュア】は戦場へと出た。

 戦場では戦車と戦車が砲撃し合っている。

 被弾した戦車は炎上し、あちこちで無残な残骸となっていた。


「で、どうしやすお頭? すぐに逃げますか?」


 コーカが尋ねた。


「いや、敵にひと当たりして様子を見てからにしよう」

「もしかして情にほだされちゃいましたか? 様子見なんかで俺、死にたくないっすよ。敵についてる奴らってウルフパックの奴らなんでしょ?」

「【ガルガンチュア】の性能を確かめたいだけだ」

「実戦での性能試験ってことっすか?」

「そういうことだ」

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