第六章 その2


    §    §


 翌朝――

 操業開始のスチームサイレンの音と共にミミが宣言した。


「部品も揃ったので整備を開始するですよ!」


 もちろんフォクシーもカッフェも駆り出されて菜っ葉服を着た。

 整備とは何をするのか?

 簡単に言えば外せる限り部品を外して洗浄し、磨き、摩耗していたり、寿命を迎えたりする部品があれば交換するのである。


「儂らにも手伝わせろ!」

「そうじゃそうじゃ! 金なんかいらんから手伝わせろ!」


 整備が始まると老整備士達がわらわらと集まってきた。

 ナナヨンの中身が見えてくるといよいよ技術者魂を抑えこめなくなったのだ。


「駄目なのです。お金をとらない相手は責任感に欠けるから整備仕事を任せることなんて怖くてできないのです!」

「無償では信用できんというのなら最低限の日当でいい!」

「そうじゃそうじゃ! この歳になったら珍しい戦車に触れることが報償なんじゃ! ドヴェルグの嬢ちゃん。あたんならこの気持ち、わかるじゃろ?」

「どうするのです? フォクシー」


 フォクシーもこれ以上は断り切れないと感じていた。


「レオナ、助けてよー!」

「お爺ぃ様達が個人ですることまでミグルン家は関知できません。好きなさったら良いのです。そんなことより【ガルガンチュア】の準備は進んでいますか?」


 レオナは傍らの若い整備士に声をかけた。


「やってます。やってますけど、本当にお嬢様が乗られるのですか?」

「フレグ家が攻めて来たら女子供だからといって無事であるはずがありません。わたくしとて出るしかないのです」

「お館様はご承知なのですか!? 乗組員は?」

「希望者を募るつもりです」


 レオナは若手の整備士達と共に【ガルガンチュア】のある隣のピットへと向かった。


「せめてエンジンじゃ! パワーパック周りだけでも頼む! 年老いた儂らにセミオートマとかいうものを見せてくれ!」

「そうじゃそうじゃ!」


 老人達から両手を合わせて頼まれては断りようがない。フォクシー達は老整備士達の協力を受け容れることにした。

 整備が始まった。

 さすがはベテランばかり。彼らの手助けを得て作業は手早く進んでいった。

 とは言え老人達も、興味には勝てないのかあちこち開けようとしたり弄くろうとしたいりする。ミミは彼らの行動を逐一見張らねばならず大変であった。


「ほほう、これが油圧懸架装置か!? 砲の俯角を大きくするため車体全体を傾けようとはなかなか斬新なアイデアじゃな」

「おい、これ見ろ!」

「おおっ!」

「そ、そこは絶対に手を触れては駄目なのです! レーザー測遠機や弾道コンピューターは、師匠にしか理解できない謎技術の塊なのです!」


 その間フォクシーやカッフェは接地プレートや転輪の摩耗したゴムを削っていた。

 ガリガリ、ぼりぼりと経年によって劣化した黒いゴムの塊を削り、さらには塗装なんかも剥がす。

 こうして綺麗になった転輪はろくろのような機械に載せられてぐるぐる回された。


「これに硫黄、炭素粉末、その他の薬品を練り混ぜた生ゴムを塗っていくのです」


 老整備士がアルミニウム製の転輪にヘラを使って黒いドロドロのゴムを塗っていく。

 それはケーキ職人が円形のスポンジに生クリームを塗っているかのような光景だ。

 そうしてできあがった物を今度は巨大な蒸し器に入れる。加圧加熱されることで生ゴムは炭素、硫黄、その他の薬剤と結びつき用途に相応しい硬さのゴムとなるのだ。



「ぷはあああー。一日の終わりはやっぱりこれだわーっ! これだよ、これだよねー」


 男の子に間違えられることの多いフォクシーだが、その内面はちゃんと乙女である。

 入浴するとなればちゃんと身体に大判のバスタオルを捲いていろいろを隠すのだ。

 ただし蕩けるような表情をしつつよく引き締まった両手両足を大の字にぐいっと伸ばしたりするとそんな配慮も台無しになってしまう。


「Aamoung bug(極楽極楽)」


 カッフェも大きく頷いて同意した。

 カッフェはコーヒーを思わせる暗褐色の肌で、それが描く輪郭線はたおやかでいながら、無駄が全くない。

 黒豹を種族の祖にしているのに頭髪は灰色で襟足までのショートボブにしている。

 前髪で顔貌のほぼ半分までが隠されているためローズピンクの唇だけが引き立てられてそれが妙に艶めかしい。


「疲れを癒やすにはこれは最高なのですぅ」


 ミミの髪は緑。普段は長い長い髪をぶ太っとい三つ編みにしているが入浴時はもちろん解いている。そのためその長さの全貌が見える。

 なんと立った姿でふくらはぎの真ん中辺りまでと実に長いのだ。

 瞳は紫。顔立ちは整ってはいるが地味でソバカスがある。

 身体はと言うと矮躯ながら出るべき所は見事に凸っていて締まるべきところはぐいっとくびれていた。

 目立つのは全身に刻まれた大小様々な傷痕だろうか。

 火傷、切り傷等々ありとあらゆる種類の傷跡だ。人為的に加えられたであろう虐待の痕跡が、彼女がこれまで味わってきた艱難辛苦を無言で語っていた。

 三人は風呂で一日の労働で全身にこびりついた汗と油汚れを落とそうとしていた。

 風呂と言っても蒸気風呂――ミストサウナだ。


「あと十分。二人ともしっかりと温まるのですよ」


 ミミは肌を飾る真珠のような汗の滴を軽く拭うと十分を示す大型の砂時計をひっくり返した。三人とも玉の汗を肌に浮かべながら我慢我慢と砂時計を睨み付けた。


「うぬぬぬぬ」

「グヌー」


 そんな二人を見てミミが昔を思い出すように笑った。


「風呂と言えば、師匠は何かと湯に浸かりたがっていたのです」


 この荒茫大陸世界ではそこいらを掘れば原油が簡単に湧いてくる。お陰で、井戸を掘ってもほとんどの水が油で汚染されていて飲用するには蒸留の必要があるほどだ。

 そのまま飲用できる水は稀少で高価なのだ。

 そのため入浴も、湯を満たした風呂桶ではなくて、このような熱い蒸気で満ちた室で汗を流すのが主流だ。

 湯船になみなみと湯を満たしてそれに浸かるのはミストサウナ以上の快感が得られるが、非常に非常に贅沢な浪費であって、所によっては不道徳と見なされる。

 しかしそんな行為を師匠はとても好んでいた。

 酒や女には金を使わない男だったが入浴だけには金を惜しまなかったのだ。


「ししょーはヒト種だったからねえ」

「シショウは風呂ニ関シテハ、贅沢者ダった」


 二人とも昔を思い出しているようだった。


「で――フォクシー。どうだったです?」

「何が?」

「オーパーツ屋で何やらひそひそと質問していたのです」


 現在ミスト・サウナには第三者はいない。しかしながらミミとカッフェはあたかも内緒話でもするかのように、フォクシーを左右から挟みこんで座った。


「ああ、あの時か。二人ともパーツに気を取られてたように見えたんだけどなあ」

「フォクシーが何をするかなんてお見通しなのです」

「シショウの行方はムナも気にナッテイる。知リタい」

「どうもししょー、あの店に立ち寄ったことがあるみたいだねー。オーパーツを突きつけて、こいつをどこで仕入れたか尋ねられたって言ってた」

「店の主人はなんと答えたです?」

「オーパーツの出所を追っ手も無駄だって答えたって。それでもしつこく尋ねるから、自分が何処の誰から仕入れたかまでは教えたって」

「ソノ誰カとは?」

「へっへー、もちろん聞いた。十二カ所のお店のリストを渡したって」


 その時、不意打ちのようにミストルームの扉が開いた。


「あら、先客がいると思いましたらあなた方でしたか」


 ひんやりとした外気と共に入ってきたのはレオナであった。

 百獣の王の系譜を引くだけあり威風堂々たる肢体の持ち主だ。

 長身で抜けるような白い肌。金色の長い頭髪は、いわゆるライオンヘアーにして王冠が如し。耳ももちろんライオン耳だ。

 瞳の色は「キトゥンブルー」と呼ばれる灰色がかった深い青色。

 スタイルも出るところは出ても引っ込むところは引っ込んでいる。

 その意味ではマイクロ・ドワーフのミミも負けてはいないが、均整のとれた黄金律のスタイルという意味では一歩も二歩も譲ってしまう。

 まさに完璧。非の打ち所がない性的魅力に満ちたエロバディの持ち主なのだ。

 そんな凶器に等しい肢体を彼女は大判のタオルで隠そうとしていた。しかしはち切れんばかりのそれは布きれ一枚ではとても隠しきれるものではない。

 レオナはミスト・サウナ内に三人を見つけるとニンマリと笑った。


「こんなところで三人身を寄せて何をなさっているのです? まさかお三方で……いかがわしい行為でもなさってたんじゃないですわよね?」


 するとフォクシーは言い返した。


「ふっふっふー。両手に花だ、羨ましいかー?」


 レオナの冗談に合わせてカッフェとミミの腰に腕を回すと二人を抱き寄せる。


「あん」

「ウッ」


 ついでに胸やら尻をなで回して二人に甘い声を漏らせる。


「三人とも随分と仲がよろしいのですね」

「レオナもまざる?」

「あら、良いのですか?」


 レオナがニンマリと笑いながら迫ってきた。


「え、え、えっ、レオナってそういう趣味の持ち主?」

「わたくしオスもメスもどちらもウェルカムでしてよ。今から冗談とか言っても許しませんからね。三人がどんな声で啼くか、とっくりたっぷり楽しませていただきますわ」


 レオナは自らの身体に捲いた大判のタオルをゆっくりゆっくりとご開帳するかのごとく解いていった。


「あわわわ」

「オウっ!? オウっ?」


 これからいったい何が始まってしまうのか、とミミとカッフェも狼狽えた。

 降参しないと。早く降参しないとミストサウナの中で自分と自分達の貞操がいろいろ危ない。桃色的なあれこれで大変なことになってしまうかも知れない。

 しかし突然、三人の間に流れる空気が変わる。


「あれ?」


 タオルがご開帳され、レオナの胸部の張りと言い形状と言い実に見事な膨らみの谷間に黒い長方形の板が見えたからだ。


「それって?」


 外部から冷たい空気が吹き込んできたかの如く緩んだ空気が引き締まった。


「これですか? 巷でオニキス・プレートと呼ばれているものですわ」

「本物?」

「さあどうでしょう? 噂ではこの所有者には巨万の富が手に入ると言われております。けど、そんな良いことは起きたことがありません。きっとここにあるのは出涸らし。今では、母の形見というだけの価値しかありません」


 よく見るとレオナの首にぶら下がるそれは、フォクシーがかつて手に入れたオニキス・プレートとは若干異なっていた。

 以前、見たことがあるそれは墨のように真っ黒だった。しかしこれは透明感のある黒の奥に光り輝く筋模様――どこか迷路に似た模様が――透けて見えているのだ。


『ブォーーーーーーー!』


 その時、スチームサイレンの音が鳴り響いた。

 密閉されたミストサウナ内なのでかなり音量は小さくなっているが獣系の彼女達には十分聞こえる音量であった。


「なに、この音?」


 するとレオナがサウナの扉を開けた。


「敵襲です! 敵襲の警報ですわ!」


 レオナはそう叫ぶと素っ裸なまま飛び出していった。


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