第八章 その1

 フォクシーらは、夜半には工房都市バラクレルへとたどり着いた。

 カーリェの鉱山街からさほど離れていないが、バラクレルは十二洞会議の統治する都市でもあるし、デイトン・キャラバンもまたフレグ家の息のかかっていない有力キャラバンだ。

 どちらも商取引でマ・ゼンダに大損をさせられた遺恨があるので、進んでフレグ家に協力することもないだろう。

 その懐に飛び込んでしまえば身の安全は確保できたと言える。

 そして夜が明けた。

 その頃にはフレグ家によるカーリェ鉱山強襲の件は噂となって流れていた。

 それによるとガレス達は殺され、ミグルン家の跡継ぎは囚われの身になったらしい。


「ま、まさか……」

「いや、あくまでも聞いた話なんだけどね」


 あちこちから聞き込みをしてきたザキ少年の説明によると、ミグルン家当主のガレスはウルフパックの戦車が街城内に突入してくると工廠群諸共に壮絶な自爆を遂げたらしい。


「お父様が死んだと? お父様……」


 父の死を報されたレオナは悄然となってしまった。


「このメスライオン誰?」

「噂のレオナ嬢」


 ザキはレオナの正体を知って驚いたように目を数度瞬かせた。

 しかし意を決したように一歩前に出て優しい言葉を投げかけた。


「元気を出して下さいミグルン家のお嬢さん。噂だとあんたはフレグ家に捕らえられたってことになってる。けど貴女は実際にはここにいる。つまり噂が間違ってたってことです。だったら貴女のお父様が亡くなったという噂も間違っているかも知れない」

「本当でしょうか? 希望を持って良いのですか?」


 するとその時五人の傍らをデイトンキャラバンの戦車傭兵達が噂話しをしながら通り過ぎていった。


「いやあ、あれは酷かったぜ。アレで助かった奴がいたら奇跡だろ」

「ウルフパックの奴らを巻き込んでの壮絶な自爆って聞いたぜ」

「あれは自爆というより石油精製施設の火災が収まらずに爆発したって感じだったなあ――要するに事故だよ事故! あの現場にいて生きてる奴がいたら奇跡だよ」


 男達は傍らに関係者がいることに気づくことなくそのまま歩み去っていった。

 レオナはザキ少年に縋るような目を向ける。

 だがザキも気休めっぽい言葉は簡単に口に出来なくなった。


「うわあああああああああああああああああん!」

「ガレスさん、救助とか消火作業の指揮してたもんね」

「現場に最後マデ残ッテソウな人柄ダッタ」

「フォクシー、これからどうするのです?」


 ミミに問われたが、フォクシーだってどうしたら良いかなんてことはわからない。

 ガレスからの依頼はレオナを安全なところに逃がすこと。

 しかしここにこんな状態のレオナを置き去りにして立ち去るのは不人情に過ぎる。

 出会ってからそれほど時は流れていないが、彼女が安全だと分かるまでは守ってやりたいと思う程度には仲良しになっているのだ。

 こんな時に、彼女が指針として参考にするのが師匠の教えだ。


「悲しみに暮れた奴を急かしたところで良いことはひとつもないぞ」


 フォクシーも、ミミも、カッフェも師匠のそんな考え方の恩恵を受けて立ち直ってきた。だから今回もそれに倣うことにした。



 マ・ゼンダがカーリェ鉱山跡地を前に立ちすくんでいるとゴートが声をかけた。


「マ・ゼンダ殿。フレグ家から使者が来ている」

「来たのはエロウか。お小言を言われると分かっているだけに奴とは顔を合わせたくないな。勢いが余ったとは言え、今回はさすがにやり過ぎたからね」


 一夜明けて鉱山街の中心部にある工廠群は赤茶けたガレキと化していた。


「全てを再建するのにいったいどれだけの費用がかかることやら」


 建物や施設ばかりの問題ではない。鉱山の技師、各地へと繋がる人脈といった無形の財産までもが戦災で失われた。


「で、でもよ! タンク鉱山は手に入ったんだろ? フレグ家にとっての利益だろ!?」


 ギャッキが言い訳のように言い張る。


「長い目で見ればね。しかし長老達はすぐにでも成果を上げろ上げろとせっついてくる」

「なら、どうしろって言うんだよ!?」

「ほんとどうしたら良いんだろうね。君達ウルフパックへの雇兵料の支払いだってしなけりゃならないっていうのに、今回ばかりはさすがの私も困ってしまった」


 あはははとマ・ゼンダが空笑いすると皆の咎めるような視線がギャッキを襲った。


「なんだよ。オレが悪いって言うのかよ!?」

「せめてフレグの長老達を宥める材料があれば良いのだ。例えばミグルン家の財産だ。接収した金庫はどうだった?」

「金庫? 空だったぜ」

「では、ミグルン家の令嬢は? 彼女の身柄さえおさえてあればバラクレルにおけるミグルン家の権益が手に入る。十二洞会議の議席はフレグ家にとって分かりやすい利益だ」


 ギャッキは背後のティルティを振り返った。

 しかしティルティは肩を竦めた。


「メスライオンなら、【ガルガンチュア】には乗ってなかったよ」

「それで?」

「それでって……」


 答えに困ったティルティは救いを求めるように兄や姉を見る。

 彼女がお願いされたのは【ガルガンチュア】の捕獲でレオナの確保ではない。

 いや、もちろんお願いの底意にレオナ捕獲があったことはわかっている。しかし明言されていない以上責任はない――ないはずだ。


「おい、ティルティ。メスライオンを探せよなあ」

「ギャッキ! どうしてわたしが?」

「命令を失敗したのはお前ェだろ?」

「待って欲しいなギャッキ君。あれは命令ではない。そもそも君達に命令できるのはブ・ラック君だけだ。私のあれはただのお願いで、それを聞くか聞かないかを決めたのはティルティ君だ。彼女が自分の権限と責任の範囲でそれを判断し、行動したに過ぎない。従って彼女は何の違背もしてないし失敗もしていない」


 ギャッキはちらりとブ・ラックに視線を送ってその機嫌を窺った。


「……」


 しかし灰色狼の頭目は相も変わらず無愛想なままだ。

 今、彼がどのような感情を抱いているか大いに判断に悩むところであった。

 ウルフパックの代表。カンパニーの最高指揮権者。

 たった一両の戦車で立ち上げた戦車傭兵カンパニー『ウルフパック』を、ほんの数年で戦車三個大隊、数にして百を超える規模にまで拡大させた立て役者でもある。

 その彼が、常日頃から声を大にして戒めていることがある。

 それは指揮命令系統の厳守であり、権限と責任の明確化だ。

 聞いてみれば当たり前の話だが、それがうまくいかないのが傭兵なのだ。

 傭兵カンパニーは気の合う仲間内で立ち上げられることが多いからだ。そのため友達感覚で色々なことがいい加減に陥りやすい。長幼の序、気が強い弱い、目的意識の不統一等々、様々な要素が入れ混じって我の強い人間がイザという瞬間、好き勝手をはじめる。

 命のやりとりをしている最中のそれは敗亡や死に繋がる。そのためブ・ラックは身勝手な判断や行動を強く禁じた。

 ブ・ラックが全権を握って、配下は絶対服従。違反者は射殺。

 血も涙もない独裁者、冷血漢等々、様々な陰口が叩かれた。しかしそれを徹底することでカンパニーに鉄の掟が行き渡っていった。そして常勝無敗の戦績を獲得したのである。

 そんなブ・ラックが今、この場にいる。

 いかに金主、雇い主であろうとも部外者たるマ・ゼンダが命令めいた指示を部下に下すことを彼が受け容れるはずがない。それが皆の認識であった。

 マ・ゼンダが殊更「お願い」を強調するのもそのためだ。


「ふむ――」


 しばし考えてたブ・ラックがようやく動いた。


「つまりマ・ゼンダ殿の次なる依頼は、レオナ嬢の捜索と捕縛、そしてミグルン家の財産を回収するということで良いのだな?」

「そういうことだ」

「了解した。費用について別途見積もらせて請求する。ウォリル――」


 ブ・ラックの視線を受けたウォリルは軽やかに首肯した。


「お手柔らかに頼むよ。私の金庫は君の部下のせいで空っぽだ」

「手元不如意だというのなら少しくらいは待ってやっても良いぞ。ギャッキのやり過ぎはこちらの瑕疵でもある。ただし損傷した戦車の修理は最優先だ」

「理解してくれて助かる。雇兵料は資金確保ができ次第、優先して支払うと約束しよう」

「ティルティ、ギャッキと共にミグルン家の令嬢レオナを探せ」

「えーっ、わたしがギャッキと!?」

「オレがこいつとか!?」


 ティルティとギャッキが互いを指さし合った。


「命令だ」

「しょうがないなあ」


 ティルティとギャッキは不承不承といった体ながらミグルン家の令嬢捜索に出発した。

 二人を見送ると、ゴートが恐る恐ると言った体で声をかけてくる。


「で、マ・ゼンダ殿。エロウ殿をどうするね? まさかレオナ嬢を捕らえるまで待たせておくというわけにはいかないのだぞ」


 するとマ・ゼンダは深々とため息をついたのだった。


    §    §


「やあ、待たせてすまない。後始末に手間取ってね。しかしわざわざ私を笑うために来るとは随分と暇を持て余しているね」


 エロウそれには答えず、廃墟と化した工廠群を見渡した。


「随分と派手にやったな、ゼンダ」

「言わないでくれ。君が何を言いたいかわかっているつもりだ」

「カーリェ――折角占領したのは良いけれど」

「わかってるわかってる」

「操業再開にかかる費用をいったいどう捻出する? 全て復旧しようとしたらフレグ家の財政負担は莫大な物になる。ただでさえ長老達は金食い虫のウルフパックを使い続けることにおかんむりなのだ。これ以上は面倒を見られないと見捨てられてしまうぞ」

「わかってるって言ってるだろう!」


 マ・ゼンダはついに怒鳴ってしまった。

 内側からこみ上げてくる感情をこらえきれず、ついに癇癪を起こしたという感じだった。しかし一旦怒鳴ってしまうと再び理性が勝ったのか「すまない」と恥じ入った。


「この程度のことで言葉を荒らげてしまうとは『ファシリテーター』たる職責は貴公には重過ぎるのではないか?」

「失敗は素直に認める。しかし私は自分の能力の不足が原因だとは考えていない。私は世界の管理者に仕える職責を十分に果たせると信じている」

「いい加減自分に見切りを付けたほうがいいぞ。今の地位に安住し、そこで人生を楽しむのは決して悪いことではないのだからな。身の程を知るというのは大切なことだ」

「君のようにか? エロウ」

「君達が悪戦苦闘する様を舞台の袖から眺めるというのもなかなかに面白いものだよ」

「私は向上心を大切にしている。舞台に上がるならば主役を演じたい。そう思ってはいけないのかね?」

「向上心とは自己を高め、研鑽する意欲として使うものだ。決して背伸びをしたり、サイズの合わない服を着たりすることではない」

「私は子供ではない。自分の背丈も身体のサイズもわきまえている」

「そうか。ならば立ち止まってないで、とっとと自負に相応しいだけの成果を上げて見せるがよい。そうすれば評価も自然とついてくるだろう。そのためには――」

「まずはフレグ家でのし上がれ、と?」

「別にフレグ家でなくてもいいぞ。しかし野心に相応しい能力を示すにはフレグ家が一番だ。歴代のアドミニストレーターの多くは荒茫大陸を彷徨うキャラバンから生まれる。地位や権限なんて代物は、能力を示し続ける者に自然についてくるのだ。その試しを乗り越えた者だけが世界の秘密に触れることが許されるのだよ」

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