第八章 その2
§ §
親しい友人を失い、父を失い、故郷や大勢の仲間を失ってレオナが悲嘆に暮れている。
そんな人間が再び立ち上がるには日にち薬が必要だというのが師匠の教えだ。
そこでフォクシー達は彼女が自然に立ち直るのを待つことにした。
「お金ならあるからねえ」
「これまで働きづめだったのです。少しばかりのんびりしても罰は当たらないのです」
フォクシー達は、ガレスから銀貨一千ビスを得ていた。
カーリェ鉱山からの脱出に燃料費と数発の砲弾を使用したが、装備・人員共に損害はなし。経費分をさっ引いてもほぼ全額が利益だ。
つまりフォクシー達は大金持ちではないけれど、まあ小金持ち程度にはなったのだ。
これはなかなかに胸がワクワクしてくる状況だ。
お金がないからとこれまで諦めていた事や、欲しい物を自由に出来る。これからは好きな物を食べられるし、嫌な奴の言うことを聞かなくて良い。
嫌な仕事も無理して引き受ける必要がないのだ。
「ヨウスルに休暇ダネ」
そこでフォクシー達は代わり番こに休養をとることにした。
シフトは三人の間で可及的速やかに組まれミミ、カッフェ、フォクシーの順番で六時間毎に非番をとることになった。
二日目の朝に非番となったフォクシーは、デイトン・キャラバンのバザールをゆっくりと歩くことにした。
するとバザールの景色がこれまでとは随分と違って見えた。
そこいらに並べられた商品のほとんどが、手を伸ばせば届くものとなったからだろう。
そんなフォクシーが最初に向かったのは銃を扱う店だった。
銃砲店といっても所詮はキャラバンのバザールだ。天幕の下に丈夫なテーブルを置き、その上に展示品の拳銃をずらりと並べただけである。
しかし品揃えはなかなかのものだ。
各地で出土した拳銃、小銃、散弾銃がずらり並ぶ。
傍らには土嚢を高く積み上げて囲った試射コーナーなんてものが用意されていて、そこから拳銃やら小銃の発射音が絶え間なく聞こえていた。
厳つい体格のオーク種の店主が、不気味なまでに愛想良い笑みで声をかけてきた。
「いらっしゃい坊ちゃん。今日のご用は拳銃? 小銃? それとも弾薬かな?」
フォクシーが三五七マグナム弾の在庫はないかと尋ねる。
すると店主は淀みない動作で百発入りの箱を差し出した。
「三ビスだよ」
「高っかいなあ」
「これでも安い方だよ」
「んじゃ、せめて検品させて。三ビスも払うんならチェックさせてくれなきゃ買わない」
「ふむ。見てくれは坊やだが、モノホンの戦車傭兵のようですな」
「嬢ちゃんと呼びな!」
フォクシーが肉食動物の眼差しで店主を睨みつける。
すると店主は肩を竦めた。そして慣れた手つきでテーブルの下からザルを取り出した。
フォクシーはそこに箱の中身をぶちまける。
そして弾丸一発一発を洗うようにかき混ぜながら指で拾い上げ、弾丸を一個ずつチェックしては箱へと戻していった。
「これ、不良品」
彼女が摘まみ上げたのは、弾頭が薬莢に真っ直ぐ填まっていない弾丸だった。
「この程度は良いでしょう?」
「あんた、あたしらのこと舐めてる?」
フォクシーが冷たい目でオークを睨みつける。
「はいはいはいっ、好きして下さいよ、もー」
フォクシーは弾頭に傷のある弾、薬莢に歪みのある弾、雷管の形状が歪な弾を次々と取りのけていった。すると十発が不合格となった。
「随分と厳しいですね。普通なら問題のない弾まで弾かれていますよ」
「普通じゃ生き残れないんだって」
フォクシーはニンマリと笑った。
「不発弾が一発混ざってるだけで死ぬかもしんないっつーの! 弾選びも扱ってるお店選びも慎重にならざるを得ないんだ。戦車傭兵は噂話とかを判断の材料にするよ」
すると店主は悪びれることなく不合格となった弾丸の代わりを二十発差し出した。
不合格にした弾丸よりも多くなったのは口止め料の意味が込められているからだろう。
「店主さんさあ、不良在庫を減らすにしても相手は選んだ方がいいよ」
フォクシーはそんな助言をしながらピカピカの弾丸二十発を確認した。
合わせて百十発。さあ、お金を払おう。そう思ってポケットに手を突っ込む。するとその時、隣の試射コーナーで鳴り響いていた鉄砲の発射音が止まった。
灰色狼系の少女が中から地面を踏み抜きそうな勢いで出てくる。
そしてフォクシーの前に小銃を放り出して言い放った。
「店主、これ全然駄目だわ! ブルパップって何? 耳元が喧しいだけじゃん。臨機応変に左右を持ち帰られないし。不良品すぎ!」
それは機関部と銃床を一体化させ全長を短くした突撃銃だった。
「引き金は硬い。重心が偏ってて反動はガシガシくる。バットストラップの場所が高すぎる。薬莢の蹴出しも上手くいかなくてジャムる。こんなんじゃうちじゃ採用できないよ」
灰色狼の少女が店主に苦情を捲し立ててた。
おかげでフォクシーの買い物は中断したままだった。
「ティルティ! どこにいってたんです?」
「探しましたよ!」
そんな狼少女に声をかける者がやってくる。
灰色狼のメスが二人だ。二人は狼少女に駆け寄った。
「どうしたのマギー、そんな慌てて? ギャッキの奴が暴れたとか言わないでよね」
「ギャッキの奴ならとっくの昔にどっかに行きましたよ。あーしらは手続きが終わったってことを報告をしようと思ってただけっす」
「手続きったってどうせいつもと同じでしょ。他人の戦車に勝手にベタベタ封印を貼り付けて、こいつを一枚でも破ったら莫大な罰金を貰うからなって脅しをかける奴」
三人の間で内輪話が始まると、フォクシーは店主に弾の代金を支払いながら尋ねた。
「この娘達ってなに?」
支払いにかこつけて店主に握らせるビス銀貨らナットを数個混ぜた。
するとオークの店主は機嫌良さそうにニンマリと微笑んだ。
「最近何かと噂になってるウルフパックの灰色狼ですよ」
「ウルフパック? バラクレルって中立のバザールだよね?」
「うちだって商売です。客として来る分には拒んだりしませんよ」
フォクシーはウルフパックがこのバザールにまで来ていると知って驚いた。
しかも三人の会話に次の言葉が出たのでさらに驚いた。
「で、メスライオンの捜索は進んでる?」
「うちの中隊とギャッギっとこと、合わせて二個中隊がバザールに展開してるっす」
慌てて周囲を見渡す。するとティルティと同じような灰色狼種のオスメスの姿があちらこちらで散見された。
戦車三両で一個小隊。三個小隊+中隊長車の十両で一個中隊とする。
この荒茫大陸にかつて存在した古代王国の軍制の残滓だ。戦車一両の戦車兵を四人と計算すると、都合八十人がこのバザールに展開してレオナを探していることになる。
「ホントにこんなところにいるんすか?」
「わからないから探すんでしょ?」
まさかこの中立キャラバンのバザールにまで堂々とウルフパックが乗り込んでくるとは思わなかった。
レオナが立ち直るまで待ってあげたかったが、そんな時間は残されていないようだ。
フォクシーは、弾を受け取るとそそくさと銃砲店から立ち去ったのだった。
「店主さあ、あの白狐とどんな話をしてたの?」
ティルティは店主に笑顔で問いかけた。
「もっぱら商品の話題ですぜ。あの白狐、弾の質に喧しいのなんのって………」
仕方なさそうにティルティはビス銀貨一個を取り出して店主に握らせた。
「……それとあんたらウルフパックのことが話題になりましてね」
「へえ、わたしらの素性を話しちゃったんだ」
「別に隠すようなことじゃないでしょ? あんな大声で喋ってたら誰だって気づく」
オークの店主は全く悪びれていない。
「それで、それを知った彼女はどんな様子だった?」
「そりゃもう、目の色を変えてましたよ。特に、あんたらがメスライオンがどうとか口にした時の動揺具合はなかなかの見物でしたねえ」
それを聞いた途端、ティルティは背後の仲間に強く言った。
「バーバラ達は白狐の後を追って。早く!」
「なんで?」
「メスライオンの関係者だからでしょ!」
「了解!」
バーバラとマギーは慌ててフォクシーの後を追いかけはじめたのだった。
「やっばいなあ」
フォクシーはバザールの店舗の隙間を早足で進んだ。
しばらくすると自分についてくる者の気配に気づいた。
「あのオーク店主、あたしの事を売りやがったなあ!」
メスライオン=レオナのことを知っていますと、大声で言わんばかりの反応を店主に見せてしまったのは明らかに失敗だったのだ。
このままレオナのいる【ナナヨン】まで尾行を引っ張って行くわけには行かない。かといって何時までもこんな所には留まれないし、戦うわけにも行かない。
フォクシーはほとほと困り果ててしまった。
「フォクシー、こっちだよ!」
そんなタイミングでフォクシーに声をかけてくれる少年がいた。
少年は事情も問わずにフォクシーを商店の隙間が作る小径へと誘う。
「困った時にはいつでも呼べって言ったろ!」
「ザキ!」
それはフォクシーが信頼をおく浮浪少年であった。
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