第九章 その1
バザールを根城にする浮浪少年・少女達がいる。
それぞれの事情で親を亡くした彼らは、保護してくれる者もなく文字通り地を這うように泥を啜る生活をしながら生きていた。
奪ったり盗んだり、掠め取ったり、騙したりは当然。なので少年・少女達はグループを形成する。力のある者に頼って己を守ろうとするのは野生動物としての本能なのだ。
「お前ら、何のつもりだ!」
そしてひとつの餌場にこんなグループが二つ、三つと形成されると、それぞれが角突き合わせて争い合うのもまた自然の摂理かもしれない。
「テメエらわかってるのか? コーは拳銃を持ってるんだぞ」
「鉄砲が怖くないのかよ!」
コーの手下達が凄む。威勢をはる。懸命に声を張り上げた。
「それがどうしたって!?」
しかしコー達を取り囲む浮浪少年達はそれをせせら笑った。
「俺、お前達に言い聞かせたよな。俺達には有力な支援者がバックにいるって。なのに、お前は全然話に耳を貸そうとしなかった」
「それどころかバックの名前を聞いても、まるで馬鹿にしたように振る舞ったよなあ」
「今すぐに連れてこいって言ってたよなあ!」
コーは顔を伏せたまま答える。
「それがどうした?」
「だから連れて来てやったんだ」
「吠え面かくなよな!」
浮浪少年達がその名を唱和した。
「ギャッキさんお願いします!」
「どーれって――俺は用心棒か何かか?」
ギャッギが笑いながら登場。乗りの良い彼はおどけたような振る舞いで笑った。
浮浪児達も追従して笑う。それは勝ち確定を見込んだ余裕がもたらす笑みでもあった。
「で、どこのどいつだ? 俺を名を嘲け笑ったって言う命知らずの餓鬼は?」
少年達が一斉にあいつですとコーを指さす。
「ほう、おまえか? 随分と舐めた真似をしてくれるじゃねえか」
「……ぐっ」
コーの取り巻き少年達はギャッキの視線に怯えて竦んでたちまち尻尾を丸める。
「待ってたんだ」
しかし逆にコーはピンっと背と尻尾を伸ばしたまま一歩前へと踏み出した。
「何?」
「俺はあんたが出てくるのを待ってたんだ」
「ほう? 餓鬼がいっちょ前に俺と張り合おうってのか?」
「違う。あんたは――貴方はウルフパックの大隊長。俺なんかがまともにやり合って敵う相手じゃない」
「それだったらどうして俺の名を穢すような真似をした」
「この俺を使ってみようって思いませんか?」
「んだと?」
「これしきのトラブルも独力で解決できずに、ギャッキさんの手を煩わせるばっかりの、この弱虫共の面倒を見ることに、ウンザリしてませんか?」
「何が言いたい?」
「俺だったら、あんたの役に立てる。一方的に面倒を見てもらうんじゃなくって、自分のことは自分で解決した上で、貴方の役に立ってみせますよ」
「それでいったい、お前にどんな得があるってんだ?」
「あんたが上に登ったら、俺のことも一緒に引っぱり上げて欲しい。俺はいつまでも地面を這いずり回るウジ虫でいたくない」
「いいねえ、その上昇志向。だが、お前が俺の役に立つなんてことが出来るのか?」
「このトラブルを独力で解決して実力を見せます。だから見てて下さい」
「ほう、お前はたった一人でこいつらをどうにかできるのか?」
ギャッキは自分を頼みにするばかりで役に立ったことのない浮浪少年達を見渡した。
「ギャッキさん!」
全員、自分達が見捨てられそうになっていると気づいて顔面蒼白となっていた。
「いいだろう。見ててやるから実力ってものを見せてみな」
「承りました。ギャッギさん」
コー少年はニンマリ嗤うと懐から拳銃を取り出すと撃鉄を起こした。
フォクシーは身体を横にしないと通れない露天と露天の狭い隙間を抜けながら言った。
「バザールなんて、キャラバンごとに作り方が違うのにあんた凄いね」
メッセンジャー――郵便配達人のザキはバザールの構造に詳しかったのだ。
彼はどこに人気の少ない小径があって、どこを通れば近道かその全てを把握している。おかげでフォクシーは追っ手をまくことに成功した。
「デイトンキャラバンだけじゃないよ。マグレブとか、デイトナとか、オレ、大きなところのキャラバンがつくるバザールのレイアウトをほとんど記憶してるんだ。凄いだろ」
大規模なキャラバンともなると所属する商店数も百や二百では収まらない。
配置場所を毎度変えては打ち合わせやら交渉が大変になるので毎回同じレイアウトになる。たとえ変更があったとしても若干の修正で終わるのだ。
「ちょっと待った……」
「うわっ、何これ?」
そんな裏道ばかり進むと人目のない裏の裏へと至る。
そこはキャラバンのバックヤードであった。傘下の商会が商品や人員運搬、あるいは宿舎として使うトラックやらバス、ワゴン車なんかがずらりと停まっていた。
どれも長年の酷使を感じさせる継ぎ接ぎだらけの外見でガラクタとの区別が難しい。
塗装が剥がれて錆ていたり凹みがあったりするのは当然で、物によっては弾痕もあってそのままになっていた。
そんな車列の隙間に浮浪児達の遺骸が転がっていた。
「コーの野郎、ついにやりやがった」
ザキは見渡しながら呟く。
どの死体も鉄砲玉を喰らっていた。ナイフなんかで切り刻まれた遺骸も見られた。
「この子達、ザキの知り合い?」
「知りあいというか――まあいいや。とにかく先に行こうフォクシー」
こんなところに足を止めていても何の意味もない。
フォクシーはザキに急かされるようにして先へと進むことにした。
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