第一章 その3
「ドーシた? 他人ノ懐バカリ見てるカラ足元がお留守にナルんダゾ」
煽るような台詞はもちろん周囲の注目を集めるため。
大抵のスリは一度ないし二度挑戦して失敗したら身を退くがこの相手は三度、四度と繰り返した。しつこい事この上ないので追い払いたかったのだ。
おかげでパン屋の店員も周りの客達も突然転がったスリに目を向ける。
するとそこにいたのは犬科の少年――十一~十二歳の浮浪児だった。
「くそっ。馬鹿野郎!」
少年は悔しそうに舌打ちすると捨て台詞を残して逃げていった。
彼、一人だけではない。
怒鳴り声を上げた羊科少年、謝った猫科少女、スリ盗った財布を受け取る役だろう猪っぽい奴等々――合わせて四名の子供達が、犬少年を追いかけるように走り去った。
「コーの奴とその手下共か。ホント懲りねえ奴らだぜ」
パン屋はお釣りのワッシャ銀貨を六枚差し出しながら嘆息する。
「知リ合イか?」
「あんたがそんな中身のずっしり詰まった財布を持ち歩いているのが良くない」
「稼グのガ悪イのか?」
「いや、勘弁してやってくれってことさ。彼奴らも生きるのに精一杯なんだ。懐の温かい戦車傭兵なんて奴らにとっちゃ格好の獲物だ。あんた戦車傭兵なんだろ?」
パン屋は確認するようにカッフェの姿を上から下まで舐めるように見た。
服装はそれぞれだけど戦車傭兵には決まった装備がある。
胸ホルスターに拳銃を下げ、指だしの革手袋と無骨な戦車靴。
さらに首にゴーグルをかけているとなればこいつは戦車に乗っている奴だなと分かる。
カッフェは首を傾げるようにして肯定した。
「奴らは戦車乗りを恨んでる。孤児になるきっかけには大抵が戦車が絡んでるからな」
「ソレをシタのはムナか?」
「分かってる。大抵がただの逆恨みの八つ当たりだ。なのに奴らは、戦車乗り全体を目の敵にする。全てはそれが間違いだ。当然、何時かはとっ捕まって痛い目に遭わされる。俺達にゃ親代わりに叱ってやることも注意してやることもできないんだ」
パン屋は後ろ頭を掻きながらコー少年とその仲間達に心配そうな視線を向けた。
「奴らが破滅していくのを見ていることしかできないのさ」
パン屋、乾物屋、粉物屋、青果野菜屋、肉屋等々を巡って約一週間分の食料品を買い込んだカッフェは、ずしりと重い大袋を抱えてバザールの人混みから脱出した。
「よお、ねぇチャン。重そうじゃん。手伝ってやろうか?」
ヨロヨロしつつ歩いているとこんな感じで下心混じりのオスが声をかけてくる。
すらりとしたこの容姿が若いオスを引きつける。美しさとは力であり、それに群がってくるのは彼らオスの本能なのだ。
たとえ蛾が炎の明るさに惹かれてたき火に集い、その身を焼かれてしまおうとも、それは彼らの勝手で運命で宿命だ。炎に全く罪はない。
「ならば疎ましく思うよりも、どうコントロールするかを考えなさい」
これが今は亡き母の言葉だ。
要するに下心につけ込んで上手く利用してやれということだ。この状況で言うならばこの糞重たい荷物を笑顔一つで運ばせてやれば良いということになる。
とは言えこれが面倒くさい。
利用すれば縁になる。縁ができれば相手もそれを手繰って距離を詰めようとする。
それがとても面倒くさい。
「Amui! ourubach!(おとついきやがれ!)」
そんな時にカッフェが選ぶのが、生まれつき身につけた言葉でまくし立てることだった。
「Euymoii! Hodunetta noerrim badewn gttha!(そんな下心見え見えの態度になびく女がいると思うなよ。この童貞野郎!)」
言い終わったらニッコリと微笑む。
礼儀正しく、相手の感情を害させないよう角を立てずにお近づきになりたくありません、と応じる以上に簡単な方法であった。
「べ、ベルベ語かよ」
ベルベ語はこの荒茫大陸の猫科種族の間でのみ使われるローカルな言語だ。
「あ、うっ」
言葉が通じないとなると大抵のオス連中も肩を竦めて立ち去っていく。
自分と意思疎通ができるようにベルベ語を学ぼうとするほどの熱意があるなら、距離を縮めることも受け容れてやっても良い。しかしカッフェのこれまでのさほど長くない人生で、その壁と段差を踏み越えてきたのは師匠達だけだ。
そして師匠が去った今、フォクシーとミミ、そして自分の三人と一両の戦車からなるナナヨン・カンパニーこそが家であり家族。戦友にして故郷なのだ。
しかしだ。この糞重たい食糧の山を抱えて歩くのもいささか辛い。いったいどうしてくれよう。どうしてくれようか。
そんな風に思っていると運良く腕力自慢の家族を発見した。
「ミミ!」
「あ、カッフェ」
黄色い生ゴムの山を抱えながらも力なく背中を丸めた彼女の姿に、返ってくる言葉をなんとなーく予想しつつも問いかけた。
「ドウダッた?」
ミミも大荷物を抱えている。彼女に荷物を押しつけるのは無理そうだと諦めた。
「ダメだったのです。応対に出た奴がとんだ銭ゲバ野郎だったのです。あいつ、ゴム加工工房を紹介するのに戦車の主砲が一門買えるくらいのお金を要求したですよ。生ゴムは手に入ったけど、どこかに修理工場を探さないといけないのです」
二人はそんな会話をしつつ車だまり――要するに駐車場へと向かった。
車だまりにはいろいろな車がある。
大型、小型のトラック、燃料を積載したタンクローリー、大型バス、小型のバス、ワゴン、小型四輪駆動車もどき。少し進むと、装甲車、武装がちょっと強めの軽戦車、さらに強い中戦車、もっと強いけれど動きの遅い重戦車。
こんなものに乗った奴らを大切な商品に近づけて大丈夫なのかと思うけれど、こういうのに乗った連中だってお客なのだから仕方ないのだ。
やがて戦車の列の中に【ナナヨン】が見えてきた。
そしてザキ少年がモペットに乗って走ってくる。
「あ、ミミとカッフェ! フォクシーが大変だよ!」
少年が指さした方角を見れば、ナナヨン式戦車前から立木に向かって吊されていたハンモックに五人のならず者――ゴリラっぽい奴をリーダーに、犬、ネズミ、牛、ウサギ――A・B・C・D・Eが銃を向けていた。
カッフェは食糧の詰まった袋を放り出すとよどみない動作でチャクラムを投じる。
事情は知らんし分からんが、とにもかくにも危機的状況が発生したらしかった。
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