第二章 その1
銃が乱射されてハンモックは穴だらけ。
ハンモックはネットでできているから穴だらけなのが普通の姿ではないか? というのは誤解だ。ハンモックとは吊す寝床のことで、それがシーツ由来の布だろうとカーテンだろうと体重を支えられるほどに丈夫なら何でも良い。
もちろん丈夫な糸を紡いだ網だってかまわない。
しかしながらこのハンモックは厚手のフランネル布でできていた。しかも雨よけ虫除けとなる屋根代わりの防水フライシートまで着いていてなかなかの高級品だ。
しかしそれが五人がかりの拳銃乱射であっという間に穴だらけ。
ミミは小さな悲鳴を上げ、カッフェなんかもベルベ語の罵倒混じりの舌打ちをした。
「あれ、高かったのです!」
「Bullg!(こんちくしょう!)」
フォクシーのことを心配している者は一人もいない。
と言うのも、既にフォクシーは大地に舞い降り身を低く伏せていたから。いかにも四足の獣を祖とする者らしく地を這って獰猛な紅瞳を輝かせ牙を剥いていた。
拳銃を構え直し、地に降りたフォクシーに銃口を向けるならず者A・B・C・D・E。
しかしその時、横合いからカッフェの投じたチャクラムが犬を祖先に持つならず者Bの右前腕に食い込んでいた。
「ぐあっ!」
仲間の悲鳴に意識が逸れるならず者達。
その隙を獰猛な女狐は逃がさない。地を駆けてならず者達の群れへと飛び込んだ。
「野郎!」
慌ててフォクシーに銃口を向けるならず者達。しかし小柄な彼女の向こうには既に仲間の姿があって引き金を引くのに躊躇った。
代わりにネズミ由来のならず者Cが咄嗟に前蹴りを飛ばす。
するとフォクシーはCの前蹴りを腕で払って躱す。そして懐に飛び込んでCの脚を抱え上げながら胸を推す朽ち木倒しで転倒させた。
お前らの体格で殴り合ったら絶対勝てない。だから避けて通れが師匠の教えだ。代わりに教え込まれたのが『トシュカ・クトゥ』と呼ばれる技の数々だ。
「ぐっ!?」
背中から受け身もできずに倒れたCは衝撃で呻き声を上げる。
するとフォクシー、胸ホルスターからS&WM327R8・2インチを抜くと銃口をCの胸の中央に押しつけた。
銃口をぐいっと押しつけての三連射。
どんなにデカい筋肉ダルマもこいつを喰らったらひとたまりもない。
「がはっ!」
Cは口から血を大量に吐いた。
「や、やりやがったな!」と牛を祖先に持つD。
「撃て撃て!」とがなり立てるゴリラっぽいA。
Aの号令でフォクシーを撃つならず者達。
しかしフォクシーはCの上を前転受け身で転がって、既にその場にはいない。
A・D・Eが放った弾丸はCの遺骸をむやみやたらと傷つけただけで終わる。
その間にフォクシーは次の獲物に牛っぽいDを選んでいた。
Dとの間合いを前転で縮めて、肌が触れるような距離で眉間と胸に向けて発砲。これまた三発。
「撃つのー、撃つわよー、撃ちますからねー、当たっても知らないのです!」
その時、ミミがモーゼルを横に構えると目をぎゅっとつむって叫ぶ。撃つ三段活用の宣言で乱射された弾丸は当然ながら誰にも当たらない。
流れ弾となってそこかしに駐車している戦車やバスに当たって弾けて跳ね飛んだ。
物陰に隠れて覗き見ていた野次馬達もこれは危ないと気づいて焦って逃げていく。酒盛りの瓶、賭博のテーブルを抱えた連中もこいつはたまらんと大騒ぎ。
ならず者A・B・Eもまぐれ当たりが怖いのか大仰に避けて戦車の陰や物陰に。
その場に残されたのはCとDの遺体。
右腕を負傷したBは左手で落とした拳銃を拾い、Aは弾を撃ちきった弾の再装填を始める。
その間にウサギ由来のならず者Eがミミへと銃口を向ける。
しかし既にカッフェが舞踏のような身のこなしで迫っていた。
ククリを左手で抜き、拳銃を持つ右手首内側を払い人差し指の屈筋腱を切断。
「ひっ!」
そのままそのまま右上腕の下くぐり抜けながら脇の下を切りつける。
「や、やられた!」
腋窩動脈を分断されたならず者Eは大量の出血の恐怖と激痛に悶えて転げまわった。
その姿を尻目にカッフェは、チャクラムを縦に空へと投擲。
その間に、フォクシーとならず者Aが拳銃を向け合った。
しかしわずかに狐娘が早い。
「ぐはっ」
眉間と胸部に、合わせて二発の弾丸を受けたAは仰向けに倒れた。
「ちくしょう、よくも仲間をやりやがったな。ちくしょうめ!」
犬由来のBがフォクシーに左手に握った拳銃を向けて発砲。しかし外れる外れる。利き腕ではない左手での照準はうまくいかない。
フォクシー、その隙に拳銃に左手を添えて弾倉を開く。
左の親指でセンターピンを押して薬莢をころっと捨て去る。既に右手は胸のホルダーから弾丸八発を連ねたムーンクリップを摘まみ上げていた。
クリップの中心に中指を差し入れたまま、弾倉に向けると弾丸を放り込むようにして再装填。流れるような美しい所作でこの間わずかに一・八秒。
その間にBは撃つ、撃つ、撃つ。弾倉の弾が尽きるまで撃った。
しかし弾丸は全て地面に吸われてしまった。
そして空から落ちてきたカッフェのチャクラムがならず者Bの脳天を縦にかち割る。と、同時にフォクシーがBの心臓目掛けて一発発射。
「かはっ!」
頭蓋を割られ、胸に弾を喰らったBが倒れて戦いは終わった。
一瞬とは言えないけれど、速やかで流れるようで実にスピーディーな戦いであった。
フォクシー、油断なく周囲を見渡す。
しかしさらなる敵が現れる様子はない。全て終わってのオールオーバー。それを確認して銃をホルスターへと収めた。
カッフェもチャクラムを拾い上げ、こびりついた血を敵の衣服で拭って懐へ仕舞う。
緊張感が一気に散じたのか戦いの帰趨を見守っていた野次馬達も安堵のため息をつく。
みんな再び元の位置に戻って、椅子とテーブルを起こして、料理の載った食器を置いて、さっきまでしていた駄弁り酒盛り賭博を再開。車だまりは再び喧噪に包まれた。
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