第二章 その2


 今ここで殺し合いが行われたこと。ならず者が死んだことに格別の関心を払う者は一人としていなかった。いや――。


「あいつら何者なんだろ?」

「さあな、俺は拐かしをするような奴に知り合いはいねえし」

「顔の広いあんたが知らないってことは、奴らは流れ者ってことか?」


 しばしの間、酔っ払いや野次馬達の世間話の題材にはなるようだ。

 しかし、治安を護るような役目を帯びた者はここに来ない。

 っていうかそんな者はこの荒茫大陸のどこにもいない。

 国家が崩壊して法律の意味がなくなって、法執行機関もないのだから仕方がない。こんな乱闘乱戦もそこかしこで度々起こる。

 とは言えデイトン・キャラバンに雇われた護衛の戦車傭兵達がいる。程なくそいつらが軽戦車【アケロン】に乗ってやってきた。


「なんだ――。騒ぎの元はナナヨンカンパニーか? いったいどうした? 何があった?」

「絡まれたから撃っただけー」


 フォクシーは悪びれもせずしれっと答えた。

 戦車傭兵は、周囲と転がっている死体をじろじろ見渡す。


「封印を破ってねえだろうな? ウチで仕切ってる車だまりで封印を破りやがったら?」


 傭兵達は【ナナヨン】に歩み寄る。

 砲や銃に貼り付けた赤い封印をさらっと確認した。


「罰金を取られるとわかって、んなことしないっつーの!」


 この封印、ここの車だまりに停める戦車の砲門、車載機銃の銃口には全て貼り付けられている。これをつけないと警戒線を通過させてくれないのだ。


「で、こいつらは何だ? 盗賊か?」

「多分ね」

「終わったのか?」

「ン」


 カッフェが頷く。


「ならよし」


 一通りのことを確認した護衛の戦車傭兵は、世は全て事もなしとばかりと背を向ける。

 デイトン・キャラバンに雇われて彼らの商売と商品とを護るためにいる彼らにとって、客同士のトラブルは管轄外。

 ここで倒れている連中が盗賊団の所属だったとしても、その後ろ盾になる親分から復讐のターゲットにされるのはデイトン・キャラバンではなくナナヨンカンパニーの娘っ子達。彼らには全く関係がない。


「こいつ、まだ生きてるけどどうする? いろいろ聞けば答えるかもよ」


 その時、フォクシーはうさぎ由来のならず者Eを指さした。

 カッフェに脇の下を斬られたこの男は、多量の出血で弱っているがまだまだ十分に息があった。

 地面に横たわりつつも傷口を必死に押さえて命がこぼれ落ちていくのを防いでいた。


「いずれ死ぬからほっとけほっとけ」


 しかし護衛の傭兵はさらっと言った。

 騒ぎがどんどん拡大して商売の邪魔にでもならない限り放っておく。それが彼らの流儀だ。基本的姿勢で態度だ。だって余計な手出しをして撃たれても補償なんてないのだから。彼らの雇い主が金を出すのはあくまでも自分と自分の商売を護る時だけなのだ。

 なのでA・B・C・Dの遺骸も放っておかれる。

 それでも明日かあさってには綺麗に片がついている。

 そこらを徘徊している浮浪児達が衣服を脱がして剥いで持ち去り、続いて腹を空かせた獣達が死肉を喰らって骨にする。

 すると再び浮浪児がやってきて今度は骨を回収する。

 骨はナイフの柄になったり拳銃の握把に加工されたりする。そうでなかったとしても骨粉となって肥料に使われる大切な資源なのだ。

 この荒れ果てた大地に無駄な物は何一つないのだ。


 戦いが終わるとカッフェは買い出ししてきた食糧の紙袋を拾い上げた。

 しかし紙は破れて中身はドサドサこぼれ落ち、彼女のパールピンクの唇は情けなさそうなへの字にゆがんだ。


「ウ……」


 一方、フォクシーはと言うと、ならず者達の懐をまさぐって所属なんかの分かりそうな物の有無を確かめていた。


「ミミ、カッフェ。こいつらの持ち物ショボいよー」


 ついでに財布とか金目の物も探したが、どいつもこいつも持っている財布はぺちゃんこヘニャンで中身が乏しい。

 その間にモーゼル軍用拳銃に弾の再装填を終えたミミは、ならず者達の間に転がっている麻袋の前でしゃがみ込んだ。

 一つは穴だらけ血だらけ。

 中身は何かの生き物で、撃たれて死んだと見て分かる。

 しかしもう一つは、もう一つの麻袋は激しく盛大に藻掻いていた。


「こ、これ、どうするです?」

「むー! うー!」


 呻いていた。唸ってすらいた。ミミはそれを見て思いっきり怖がり怯えて引いていた。


「な、中になんかいるです! 激しく悶えているです!」

「あ、開けてみたらどうよ?」

「わ、私は嫌なのです! きっと中に獰猛な何かが入っているのです。がぶっと噛みつかれるのです!」

「多分大丈夫だと思うけどねえ」


 言いながらもフォクシーは拳銃を抜く。そして狙いを定め撃鉄を起こした。


「何かあったらすぐに撃つから、きっと大丈夫」

「いっそのこと動かなくなるまで撃って、それから袋を開けるのはどうですの?」

「あ、いいねえ」


 そんな二人の会話が聞こえたのか袋の中身はピタリと動きを停まった。

 何かに怯えて凍り付いたように動くのを止め唸るのもやめた。


「あー、聞こえてるみたい」

「言葉が通じるですか?」


 すると袋の中身がガクガクと曲がる。

 それは中に人間がいて大きく頷いているような動きだった。


「もしかして人間?」

「そういえばさあ、あっちの袋が撃たれたのも、救いを求めたところをザキの奴が聞き咎めて叫んだからなんだよねえ」

「それを早く言うです」


 ミミが慌てて前に出た。


「今から解きますからね。暴れないで下さいなのです」


 そうっとゆっくり手を伸ばし――一応、万が一に備えてフォクシーを振り返る。

 フォクシーは何時でも撃てるよう拳銃を構えていた。

 ミミはゆっくりと紐を解いていく。

 すると麻袋の中から金髪ライオン種の娘が現れた。

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