第二章 その3


 むすっとぶすっとした表情の金髪ライオン女がいた。

 長い頭髪はいわゆるライオンヘアー。長身で肌は抜けるような白。

超がつくような美人。瞳の色は「キトゥンブルー」と呼ばれる灰色がかった深い青色。

 年齢は見た感じ十八~二十一歳といったところ。

 だが胸がボンと出て腰はキュッと締まって臀部周りがまた良い感じに豊か。十分以上の性的魅力が育っていた。

 そんな娘がいかがわしい荒縄を用いていかがわしい縛り方で拘束されていた。

 猿ぐつわもぎっちりきっちりはめられて口もきけない。とは言え、表情だけでも十分に雄弁でムッつりブッすり今この瞬間の彼女の心情をかくも見事に示していた。


「うわっ、不機嫌そう」

「そりゃ不機嫌にもなるのです」


 ライオン娘はフォクシーとミミの会話をじいっと見ていた。

 不快そうに苛立った空気をまき散らしながらじいっと見ていた。

 じいっと見ていた。

 じいっと。


「あ、今解くのです」


 その視線が催促であることに気づいたミミは、慌てて手を伸ばして固く結ばれた猿ぐつわから外していった。

 続いて身体をいかがわしい感じで拘束するいかがわしい荒縄の結び目計四十八カ所を、手間暇かけてゆっくり丁寧にほどいていった。



「はい。解き終わりましたのです」

「ありがとう」


 ライオン娘は折り目正しい言葉遣いで言った。ちゃんとお礼の言えるよい子であった。


「いいえ、どういたしましてなのです」


 するとライオン娘は大きく息を吸い、叫ぶ。


「マーレ! マーレはどこですか!?」


 これまで我慢していた、こらえていた何かを、思いっきり吐き出すように叫んだ。


「マーレって何なのです?」

「さあねえ」


 ライオン娘は、ぶんぶんと連獅子の毛振りみたいな勢いで左右を顧みる。

 あちこちに転がるならず者達A、B、C、Dの遺骸。遺骸、遺骸。すると、それらの間に転がっているもう一つの麻袋を発見。


「マーレ!」


 慌てて駆け寄り抱き寄せる。

 中から滲み出てくる血の色で、手や衣服が汚れようとも躊躇うことなく迷うことなく縋り付いてしばし泣きついた。

 そして麻袋を開こうとする。けれど結び目がきっちりがっちり硬く縛られライオン娘の細い指ではなかなかほどけない。


「ン」


 するとカッフェが腰からククリ・ナイフを抜いて差し出す。


「あ、ありがとう!」


 ライオン娘はそれを受け取ると麻袋を切り裂く。縦に大きく切り裂いた。


「おおうっ」


 中から羊の少女が姿を現しフォクシーは思わず唸った。

 そこにいたのは、ふんわりぽっちゃり・なごむ系の美羊女だったのだ。


「ああ、美味しそうな美羊女が。もったいない。可哀想に」

「ウィ」


 黒豹種のカッフェも狐のフォクシーも種族は違えども肉食系だけに同意見のようだ。

 ライオン娘は目を閉じて息をしていない羊少女にしがみ付く。


「マーレ! マーレ!」


 その泣きっぷり嘆きっぷり見てフォクシーもミミもカッフェも理解した。

 可哀想に身体のあちこちに弾を受けて息絶えたこの少女の名前がマーレなのだと。


「ちくしょう」


 ライオン娘がぽつりとこぼす。


「こん畜生!」


 さすが百獣の王のメス。

 どうしてくれよう、殺してくれようと腹の底から湧き出る恨みと憎しみにまみれた唸り声に、フォクシーやミミ、カッフェは襟足をつうっと撫でられたような総毛立つ思いに身震えた。


「わたくしの大事な友達をよくもやってくれましたわね、こんちくしょうめ!」


 もちろんまだまだ息のあるならず者Eに至っては死に物狂いとなっている。

 やばいやばい、ここで見つかったらきっと絶対殺される。

 彼は、必死の思いで逃れよう助かろうと立ち上がり、蹌踉けてつまずき転がって、立てそうにないと分かると少しでも遠ざかろうと地を這いずった。


「よく見たら、まだ息のあるお方がいるじゃありませんか?」


 しかしたちまち見つかった。

 ライオン娘は獰猛な肉食獣の笑みをならず者Eへと向けた。


「ひ、ひぃ。頼むから殺さないで!」

「うふふふふふっ、お三方ってホントご親切ですね? わたくしのために、わざわざこんな生贄を残しておいて下さって」


 フォクシーやミミやカッフェは盛大に頭を振った。

 そんなことは全く全然、本当に意図していなかったと否定した。


「さあ、ご覚悟はできておいでですか?」


 けどライオン娘は聞いていない。聞いちゃいない。


「頼むから撃たないで殺さないで! わあああああああああああああ!」


 そこらに落ちていたならず者の拳銃を拾って、Eに向けて、引き金を引いて。

 カチンカチン。


「あらら? どうしたのかしら?」


 虚しく撃鉄が空薬莢を叩く音がした。


「どうしたら良いのでしょう? どなたか教えて下さいませんか?」


 ライオン娘にじぃと見られた三人は、あんた行け、いやお前が行け、いや貴女の方が適任だと押しつけ合ってなすりつけ合って結局フォクシーが嘆息しながら前に出た。

 フォクシーは転がっていたならず者Aの銃を拾う。

 いかにもならず者が使いそうなデカけりゃいい的な大口径の自動拳銃。

 その弾倉を引き抜いて残弾をチェック。すると期待通りにリロード済み。


「どうやって撃てばよろしいのでしょう?」

「銃を撃つのが初めてなら、こう構えるといいよ」


 両手で握把をしっかり握らせて脚を踏ん張らせ――。


「頼むから助けて!」


 Eは必死の思いで泣き叫ぶ。御願い撃たないで撃たないで助けてと命乞い。

 しかし、ズドン。


「ぐあっ! 痛てええええええええええええええええええええ!」


 弾はならず者Eの太腿に当たり、ライオン娘はクスリと微笑んだ。


「あなた、これまでに一度としてそうやって命乞いする者を助けたことがございまして?」

「い、いてぇよお。助けてくれよお」

「これを因果応報と言うのです。うふっ」


 ライオン娘はニヤリと微笑んだ。

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