第三章 その1
ウサギ由来のならず者Eが絶命するまで、都合十二発の弾を必要とした。
よく構えて狙って撃って、あたったのが足とか、腕とか、肩とか、腹部とか長い耳のど真ん中とか、なかなか致命傷に至らなかったのだ。
最後にようやく眉間に命中してEは苦しみから解放された。
わざと狙ってしたことならば、いささか怖くなってくるが、ライオン娘が拳銃を握ったのは今日初めてだと言うから全ては偶然、たまたまの結果だろう。
とは言え、さすがのフォクシーも正視に耐えなかった。
カッフェもミミも、普段ならば盛大に囃し立てお祭り騒ぎにする野次馬すらも、視線を逸らして見ないようにしていた程だった。
しかし当の本人はこれで思いっきり気が晴れたようだ。
「ざまぁみろ!」
中指立てた腕突きつけて満面の笑みですっきりさっぱり言い放った。
誘拐の恐怖と絶望をこれでもかと味合わされた上、友達の命をいとも簡単に奪われたのだから、こんな復讐もやって当然、やらなくては不自然なのだろう。
全てを終えたライオン娘は、弾の尽きた拳銃をぽいっと捨てると、注目を浴びていることにいまさら気づいたのか、振る舞いを取り繕い始めた。
「こ、こほん」
衣服の埃を払い姿勢を正し、自ら名乗るのが礼儀とばかりに自己紹介を始めた。
「お三方にはご親切にしていただき本当にありがとうございました。お名前、教えて頂いてもよろしいでしょうか? わたくしはレオナ・レオ・ミグルンと申します」
その膝折礼はなかなかに堂に入っており、育ちの良さが感じられた。
三人を代表してこれに応えたのはミミだ。
「私達はナナヨンカンパニー。この狐娘が車長にしてカンパニー代表のフォクシーなのです。灰色髪の黒豹がカッフェ。私がミミなのです」
ミミの膝折礼もなかなかに堂に入っていた。
ライオン娘ことレオナも、まさか荒くれ戦車傭兵から、こんな気品漂う答礼をされると思わなかったようで目を瞬かせていた。
「別に、あらたまったお礼を言われる程では……」
一方、フォクシーは居心地悪そうに視線を逸らしている。
ザキが騒がなければ美羊女は死なずに済んだかも知れないという思いが脳裏を走ったからだ。もちろんそれがなかったら二人ともまだ捕まっていて死ぬよりも酷い目に遭っていたかも知れない。どちらが良かったかなんて、誰にもわからないのだ。
「結果としてわたくしは助けられました。マーレも辱めを受けずに済みました。これは確かです。お礼をさせて下さいませ」
「具体的に形のあるお礼を期待しても良いのかな?」
「わたくし部屋でマーレと寛いでいる中を突然、拐かされてきたのですよ。財布を持つ間なんてありませんでした。ですが、屋敷に戻ればお礼に足りる額をご用意できます」
「それって要するに?」
「お礼を受け取りに家までおいで下さい。事のついでにわたくしとマーレをお家まで運んでください、という意味です」
「なるほど、そう来たか」
このライオン娘は友人の遺骸諸共放り出されて困っている。
帰宅の脚をなんとしても確保しなければならないのである。
しかし問題は、このライオン娘がならず者の手で誘拐されどこかに連れ去られる途中だったという事だ。
当の犯人は動かぬ死体と化したが、他に仲間がいたらそいつらが追いかけてくる可能性が高いある。
そうなったら戦いになる。
戦いは常に勝つとは限らない。負ければ命を失う。なのに「謝礼を受け取るため」と称する何かのついでという扱いで無料にされてはたまらない。
「今回のことのお礼と、これからお家まで送り届ける仕事の費用は別の話ってことで良いかな?」
フォクシーが念押しするとメスライオンは獰猛そうにニヤリと微笑んだ。
「そこにお気づきになるとは、フォクシー様もなかなかにやり手でらっしゃいますね?」
「危っぶなー! このメス・ライオン! 気づかなかったら無料であたし達をこき使うつもりだったよ!」
しかしライオン娘は悪びれることなく首肩を竦める。
名家のお嬢様のようだが中身はなかなかの商売人だ。
「それでは商談と参りましょう……」
レオナが口を開くとフォクシーはかぶり気味に返した。
「ライオンさん、あんた自分の命にいくらの値を付ける?」
「そうですわね。わたくしの身柄ならば……これくらいが妥当でしょうか?」
レオナは片手を開いて出した。
「五ビス?」
「まさか」
「んじゃ銀五〇ビス?」
レオナは悲しそうな顔をした。
「あなたの目には、わたくしがその程度にしか見えないのでしょうか? 身なりにそれなりに費用をかけているのですが、今、わたくしは真剣に自信を失いかけておりますわ」
「おっと……」
これにはフォクシーも驚く。五〇〇ビスとはなかなかに良い値段だったからだ。
戦車一両を有する傭兵の雇兵料だってこの金額に至ることは滅多にない。
「次はお家まで護送する依頼の雇兵料についてだね。まず、あんたんチ遠い?」
「あの、ここバラクレルに来ておいて、カーリェ鉱山のミグルン家を全くご存じないのですか?」
するとミミが身を乗り出した。
「えっ、あのミグルン家ですの!?」
そして『工房都市』バラクレルを構成する十二洞(坑道)のカーリェ鉱山の支配主にミグルン家があると説明した。
「はあ、そんなすごい名家の生まれ育ちなんだ。――なら取りっぱぐれを心配する必要もないってことかな?」
支払いの確実性は値段の見積時に依頼主にとって有利な条件となる。
「なので、その分も考慮した値段をご検討いただけると嬉しいのですけれど?」
レオナはそう言ってあくまでも経費を安く抑えようとする。
しかし逆に富豪というのは値引きの必要性が無いという意味でもある。
「そんな名門の家の娘がさあ、どうして誘拐されたのさあ?」
「えっと、そのー、なんででしょうねえ?」
「ならず者達の目的は身の代金目的の誘拐とかじゃなくって、もしかして名家同士の勢力争いかな? 実力有る家同士の抗争とかだと、襲ってくる連中もそこらへんのならず者や盗賊と違って戦車傭兵のカンパニーとかになるよね?」
「あの、いや。その……お手柔らかにお願いいたします」
フォクシーが次々と並べはじめた依頼料を高騰させる悪条件の数々には、さすがのライオン娘も余裕の笑みを引きつらせたのだった。
「では、決を採ります。この仕事を引き受けることに賛成のひとー!」
一通りの依頼条件が確認されるとフォクシーがミミとカッフェに問いかけた。
フォクシーは車長として、カンパニーの代表としてリーダーシップをとる立場だが、仕事の依頼を受けるかどうかは必ず他の二人に確認しているのだ。
「問題ナい!」
早速、操縦手カッフェが親指を立てて同意を示した。
しかし装填手兼整備主任のミミが申し訳なさげに手を挙げて異議を申し立てた。
「今、護衛仕事を引き受けるのはちょっとばかりよろしくないのです」
「ドシて?」
「転輪のリペアがまだ済んでないからなのです」
「あちゃー、なるほど。それがまだだったかー」
フォクシーも戦車の転輪のゴムが長年の使用によって削れて薄くなり、そろそろ剥げようという頃合いだという報告は受けていた。
このまま何の対処もせずに使用を続けると転輪と履板(接地プレート)の金属同士が直接ガリガリと擦れ合って削り合ってしまう。一度そうなったら修復にかかる費用も手間も今以上になってしまう。
「設備があればリペア程度はできるけど、問題は設備を借りる宛てがないことなのです」
「ムムム、これは大変な決断になるかも知れない」
フォクシーは腕を組んでうんうん唸った。
するとその時、レオナが割って入って言った。
「三人とも深刻な顔してどうなされたのです? わたくしお返事をずうっと待ってるのですが」
「ごめんなさいなのです。実は事情があって戦車を走らせたくないのです」
「何故ですか? はっ、まさかこの戦車、壊れているんですか?」
レオナは手を伸ばして【ナナヨン】の車体に触れた。
「壊れてないって。ちゃんと動くっつーの!」
「けど、よく見るとあちこちが随分と古びておいでですわね?」
そんな風に見えるのは砲弾の破片に引っかかれた痕跡が無数に残っているからだ。
「それはあたしらナナヨンカンパニーがこれまでに参加した戦いの数を物語ってる。歴戦の証拠だっーの!」
「そうでしょうか? 使い古しのポンコツなのではありませんか?」
「老戦士の風格があると言えっつーの!」
フォクシーの言い分にはいささか無理があると思ったのがミミは苦笑いする。
するとレオナが言った。
「良いでしょう。そういうことでしたら、この戦車の整備、わたくしの家で面倒見させていただきますわ。格安にいたしますわよ」
「え? 整備廠があるんですの!?」
「あるに決まってます。我が家はカーリェ鉱山ですのよ」
「うわあ助かりますのです! 部品とかも手に入るですか?」
「それはちょと、在庫を確認させませんとお返事いたしかねますけど」
「整備廠を貸して貰えるだけでも仕事が捗るのです! とても有り難いのです!」
「では、部品探しのお手伝いもいたしましょう」
「わぁ、助かるのです!」
「ちょ、ちょっとミミ、少し遠慮しようよ!」
「そうやっていつも最小限で引き延ばしてきたからこの有様なのです! これまでがめつく稼いできたのは今日この日のためなのです! 重整備をする機会は滅多にないんだから遠慮なんかできないのです!」
「だけどさあ、蓄えがなくなったら明日が心配になっちゃわない?」
「お金が残ってたって整備不良で死んだら意味ないのです! 溜め込んだ分、戦利品を漁る敵を喜ばしてやるだけなのですよ!」
整備の責任者からこう捲し立てられたら、いかにフォクシーとて返す言葉が全く思いつかない。
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