第三章 その2


 満場一致で受任が決議された。


「んじゃ話は決まったね。みんな乗車!」


 フォクシーの合図で荷物を積み込んで、カッフェが操縦席に飛び込む。

 ミミも転輪に足をかけて車体、車体から砲塔へとよじ登ると、装填手用ハッチから潜り込みハッチから頭を外部へとさらした。

 フォクシーは車長用ハッチだ。

 ではお客のレオナはどこに腰を下ろすかと言うと、車長用ハッチの後ろであった。


「落ちないように十分に気をつけるのです」


 具体的には戦車の砲塔の上にあぐらで座るのだ。

 もちろん転げ落ちないように安全帯を腰に巻いて車体にしっかりと繋ぐ。ミミがレオナの腰に装着したベルトやロープに緩みや異常がないかの確認をきっちり行った。


「わ、わたくし一応お客様なんですけど?」


 しかしミグルン家のお嬢様はこんな扱いがどーにも納得できないらしい。

 砲塔の後ろには増加バスケットが設置され、各々の私物の入ったバッグやら天幕やら野営機材、工具等々が山盛りになっているから存外に狭っ苦しいのだ。


「この戦車がふかふかのソファーのついたリムジンか何かに見えるですか?」

「いいえ、戦車です。カチコチの鉄の塊ですわ」

「ならば貴女の目は正常なのです。そんな戦車に快適さなんて求めても無駄なのです」

「んじゃいくよ! 前進よーい。前へ」


 そんなやりとりをしている間にも準備が進みカッフェがアクセルを踏み込む。

 エンジン音が強くなったところでクラッチを繋ぐ。すると【ナナヨン】は履帯の音を上げながら前進を開始した。

 バザールの車だまりに設けられた通路は狭い上に、大勢の人が行き交っている。

 そのため絶えず右に左に進路を微修正するので車体は都度都度ガクガク揺れた。


「け、結構揺れますね! お、おお、落ちそうになっちゃいます!」

「何、何、お嬢様は戦車に乗るの初めて?」

「そんなことはありません。戦車の操縦くらい嗜みとして一通りできますわ。ただ、座席ではないところに座るのが初めてでして」

「大丈夫。安全帯をつけてるから転げても安心なのです」


 しかしフォクシーもミミも、気休めを言うばかりでレオナの不安に全く取り合おうとしなかったのである。



 さて、ナナヨンカンパニーが立ち去ると――。

 どこからともなくその跡地に浮浪児達が集まった。

 その中にはカッフェから財布を掠め取ろうとしたコーとその仲間達の姿まであった。


「そっちを引っ張れ!」

「無理すんな! 破れるだろ!」


 彼らはならず者達の遺骸から身ぐるみを剥いでいった。

 どれもこれも古着ばかりで、物によっては穴が開いて血で汚れていた。

 しかし持っていくところへ持っていけばこれとて粒銅の一個か二個くらいにはなる。


「いいもん拾った!」

「よこせっ、それは俺んだ!」

「馬~鹿。それは最初っから俺のなんだよ!」


 その傍らでは転がっていた拳銃を巡っての奪い合いも起こった。

 そんな争いをする少年達の中にはコーの姿もあった。

 他に体格の大きな子供が三人ほど集まって揉み合い奪い合いとなっていた。

 そんな状況を見て周囲の大人達はいったい何をしているのかと思うところだ。


「やれーもっとやれー!」

「がんばれー!」


 しかし彼らはただ見ているだけだ。それどころ囃し立てる者までいた。

 大人達の間にはモペットに跨がったザキの姿まであった。


「おい、ザキ。お前はアレに加わらなくて良いのか?」

「やめてよ。おいらあいつらみたいに馬鹿じゃないぜ。見なよ、奴らは弾丸の入った拳銃を奪い合っている。そんなことしたらどうなるか。ちょっと考えれば分かるだろうに」


 拳銃を我が手に掴もうと殴り合い、銃を握って、掴んで、力任せにむしり取ろうと引っ張っていた。

 そんなことをしていれば当然、引き金に指もかかるし、銃口がどこを向いているかの注意だってできやしない。

 おかげで暴発事故なんかも普通に起きる。

 突然の発砲音に野次馬達は頭を竦め、子供達はパッと離れた。


「ジェッツの奴が!?」


 すると熊系の子供が弾丸を喰らっていた。

 その場に呻いて蹲って腹を押さえてジタバタ泣き叫んでいた。


「くそっ、コーの野郎、やりやがったな!」


 拳銃はコーの手の中に残った。

 どうやら浮浪児グループにはいくつのか派閥があって対立しているらしい。仲間を傷つけられた浮浪児グループがコーの周囲を取り囲んだ。

 だが拳銃を手にした少年コーも負けてはいない。銃を構えて近づくのを許さなかった。


「これは俺んだって言ったのに、ジェッツが横取りしようとするから!」

「こんなことをしてただで済むと思うなよコー! 俺はなあ、ウルフパックのギャッキさんに可愛がって貰ってるんだぞ!」

「ギャッキ? 誰それ?」


 偉くて強いらしいどこぞの誰かの名前を出されてもコーには全く通じない。


「そんなに可愛がってもらってるなら、今すぐそのギャッキさんを連れてこいよ! ほらあ、今すぐ呼べよ! ギャッキさ~ん、助けてよ~って泣きついてこいよ!」


 コーに煽られて敵対浮浪児グループの子供達は悔しげに歯がみした。

 無理だからだ。

 今この瞬間、頼りにしているギャッキは近くにはいない。

 そして彼らにとっての最大の脅威、最大の危険は今コーの手の中にある拳銃だ。コーがその気になったら今すぐにでもジェッツがごとく撃たれてしまう。


「おい、他の拳銃は?」

「弾が入ってる銃は残ってなかったよ」

「くそっ! 仕方ない、行くぞ!」


 浮浪児グループは傷ついた仲間を抱え上げるとその場から逃げていった。

 後に残ったコーとその仲間達だ。


「文句があるなら直接言いに来やがれってんだばーか!」

「やったねコー」

「奴ら逃げていったぜ。ジェッツの奴死んだかな?」

「これで俺達の天下だぜ」


 勝ち誇った仲間達がコーの活躍を賛美し褒めそやす。

 しばらくの間は、自分達が勝者で優者だ。このあたりでは胸を張って肩で風切って堂々と歩ける。そう確信はた皆はあちこちに残った戦利品を掻き集めていった。

 しかし拳銃を握りしめたコーの手は彼の心を表すかの如く小さく震えていた。


「くそっ」


 そしてそんな自分を少し離れたところから蔑むような視線を向けてくるザキを見つけ、コーは忌々しそうに舌打ちしたのだった。

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