第四章 その1
赤茶けた土色の山岳部に、日干しレンガでできた建物が並ぶ集落が形成されている。
申し訳程度に薄っぺらい周壁を構築して城塞都市の体裁こそ取っているが、住民の暮らす住み処の数は少なくて規模としては郷村あるいは小規模な町といった程度。
とは言え中心部はなかなかに賑わっていた。
地中奥深くから掘りだされた土が積もり積もって小山を成し、傍らには鉄管の張り巡らされた製油と貯蔵の施設がずらりと並んで煙突からは黒い煙が立ち上がっている。
そしてさらに発掘された機械製品を整備、加工、組み立てする大小様々な工廠群が所狭しと立ち並んでその勢いが盛んな様を見せている。
そんなカーリェ鉱山を支配するミグルン家の屋敷は、そんな発掘孔や工廠群から離れた煤塵の影響が少ない風上にあって建物の外壁を周壁の一部としていた。
その敷地も広くとられていても花壇なんかもある。
荒野ではなかなか目にできない緑の葉がついた樹木や草花なんかも植えられていた。
しかしその屋敷も今や物々しい警備で殺気立っていた。
敷地の内外には【モブシャ】や【ザコット】【ガラクタック】といった中型戦車が二十両ほどが屯して、屋根、バルコニー、そして城門の周辺には銃をもった傭兵が立って警戒の視線を周囲に放っていた。(【ガラクタック】とは、シャーマン戦車と呼ばれる中型戦車の車体に別の戦車の砲塔を組み合わせた戦車である)
ミグルン家の令嬢とその側付きの少女が忽然と姿をくらましたからだ。
それまでの生活ぶりや言動から二人が自分の意思で失踪したとは思えない。
つまりは何者かが二人を掠っていったのだ。そのため、屋敷の下働きの男が傭兵の一人に厳しく責め立てられていた。
「レオナ様とマーレはどこにいる!? 貴様知ってるだろう?!」
屋敷の警備はそれなりに厳しい。そこに侵入して二人を掠うのは容易ではない。
当然、誰かの手引きがあったはず。この過酷な取り調べはそんな発想で行われていた。
「知りません! 俺にはわかりません!」
しかし下働きの男の答えは自分ではないの一点張りだ。
下働きの男は既に全身が傷だらけだ。取り調べ役の傭兵に何度も何度も繰り返し殴られ、蹴られている。それでも自分は無関係だ。冤罪だと叫んでいた。
そんな拷問の様子をこの屋敷に仕える従僕達が固唾を呑んで見守っていた。
その数は老若男女がおよそ五十名。みんな仲間が痛めつけられる光景を苦しげに見ていた。あるいは正視できずに顔を背けていた。
すると恰幅の良い壮年のライオン種の男が前に出た。
「では質問を変える。レオナの居所を知っていそうなのは誰だ!?」
ライオン種の名はガレス。このカーリェ鉱山を支配するミグルン家の館主であった。
「わたしは、わたくしは本城のバザールに取引に出ておりましたのでお嬢様達の姿を見てないのです! 信じてください! 信じてくださぁい!」
傭兵が男を再度殴りつけると下働きの男はついに気絶した。
「どう見る?」
取り調べ役の傭兵はすぐに答えられなかった。
誰かを殴る蹴るするのだって相当に体力を使う。傭兵だって息を整えるのに相応の時間が必要なのだ。
「館主。この男は、本当に知らないのでしょう」
代わりに傭兵達を束ねる頭分のリザード種が前に出た。
「ワッツマンか。ではどうすればよい?」
「白状する者が現れるまで、端から順番に拷問していくしかありませんな」
ワッツマンの冷酷な宣告に従僕達は一斉にどよめいた。
不安と恐怖で悲鳴を上げて後ずさる者までいた。しかし、この時既に周囲は武装した傭兵達によって取り囲まれていて逃げる余地がなかった。
ワッツマンは次の犠牲者に中年女性を指名した。
「マドモン。お前は、昨日お嬢様とマーレの近くにいたな?」
「いやああああ、知りません! 私は知りません! 本当に知らないんです!」
さすがにやり過ぎだという抗議の声が上がって中年女性を庇おうとする者が現れた。
山羊を祖に持つ種族の老人、ゴートだ。
「男ですら耐えきれずに気絶する暴力に晒されたらマドモンが死んでしまうぞ」
しかし銃口を突きつけられるとゴートの言葉も力を失う。
マドモンは傭兵達の手で群れから引っこ抜かれて引きずられていった。
「こんなことをして、きっと後悔するぞ」
ゴートはワッツマンに囁いた。
「黙って見ているがいい、そうすれば全てがわかる」
すると従僕達の中から男が一人突然走って逃げた。
ネズミ種の軽快な身のこなしに警備の傭兵達も咄嗟に対応できない。
「その男だ。捕らえろ!」
ガレスが叫ぶ。すると少し離れた柱の陰からネコ種の傭兵が姿を現した。
待ち伏せていたかのような猫パンチ一閃。ネズミ種男はたちまち捕らえられた。
「どうやら貴様が真の下手人のようだな? いったい誰に唆された?」
逃げ出したネズミ種はガレスの前に引きずり出された。
「はっ、絶対に喋るもんか!」
「どうせフレグ家の仕業だろう? お前はこれから暗い地下室で、本当のことを話すまで苛烈な拷問に晒されるのだ」
ガレスの宣言で逃げ出した男は傭兵達の手で引きずられていった。
そんな男と傭兵達を見送り終えるとガレスは突然表情を温和なものへと変えた。
「二人ともなかなかの演技だったぞ。おかげで真の下手人を焙り出すことに成功した」
すると気絶していたはずの従僕がぱっと目を覚まして起き上がり、その様を見た従僕達は一斉にどよめいた。
「いいえ、旦那様。お嬢様とマーレの行方を捜すためならば、何だっていたしますぞ」
その振る舞いはまるで怪我なんてしていないかのようだ。
「お前にも苦労をかけたな。わびさせてくれ」
マドモンも笑って答えた。
「なんともったいないお言葉なんでしょう。大恩ある旦那様のお役に立てるならば、こんなこと気にもいたしません」
拷問の順番を待っていた従僕達もここまで来てようやく悟った。
全ては芝居であったのだ。そしてねずみ男はそれに騙されて捕まったのだ。
「よし。茶番はこれで終わろう。お前達は解散して仕事に戻ってくれ!」
こうしてミグルン家の従僕達はホッと安堵の息をつき、それぞれ自分の部屋あるいは仕事場へと戻っていった。
ゴートがワッツマンを睨み付ける。
「聞いてないぞ、ワッツマン」
「見ていれば全てがわかると言ったじゃないか?」
ワッツマンが人の悪そうな笑みを浮かべた時、屋根から外を警戒する兵士の声が響く。
「頭! 戦車がやってくる!」
弛緩した空気が急激に張り詰めていって従僕達は走り出した。
「どこの戦車だ?」
傭兵達は吸い止しのたばこ投げ捨てるとそれぞれの配置へと向かう。
「それは、フレグ家のものか!?」
ガレスがワッツマンを飛び越えて直接問いかけた。
「待って下さい旦那! まだ分かりません!」
「数は?」
「数は一。所属を示す旗指物はありません! ――いや、砲塔に白地に紅狐の紋章!」
「白地に紅狐だと? まさかナナヨンの奴らか?」
ワッツマンのつぶやきをガレスが拾う。
「知ってるのか? ナナヨンとはなんだ?」
「数年前に忽然と現れた超一流の傭兵カンパニーです。たった一両の小所帯ながらエグいくらいに強く、三千を超えた距離からでも初弾を命中させる。中戦車の癖にわずか数秒で最大速度まで加速するといったガセだと疑いたくなる話ばかりが伝わってきます」
「距離三千で初弾命中だと? そんなことあり得るのか?」
「噂話なんてのは、とかく話がでかくなりがちですからねえ。とは言え、根も葉もない話ならすぐに消えていっちまうのがこの業界だ」
「それが何年たっても残ってるってことは相応の実績があるわけか。歯が立たんか?」
「まさか。数だけならこっちの方が圧倒的に多いんですぜ」
「戦いは数か?」
「戦車は数です。数の多い方が勝つ。まあ、多少は手を焼くでしょうが……」
フレグはそんなことを言うワッツマンの顔に緊張の色が混ざっていることに気づいた。
見渡せば他の傭兵の顔色も悪い。おそらく犠牲が少なくないと予想しているのだ。
「良かろう。特別手当を出してやる」
「有り難い。それなら士気も上がることでしょう。おい、いくぞ!」
ワッツマンは手下を率いて自分の戦車へと向かった。
「この戦いには特別手当が付くことになった。てめえら気合い入れて行け!」
「うっす!」
現金な物で、傭兵達は一転して気合いの籠もった声を上げ戦車に乗り込んでいった。
車長席についたワッツマンが呟いた。
「【ナナヨン】が噂通りの性能だとすれば、きつい戦いになるかもしれん」
「いっそのこと逃げちゃいます? 良い戦車も貰ったし」
操縦手のコーカが進言してくる。
「【モブシャ】なんかで満足してどうする?」
「やっぱり超重戦車【ガルガンチュア】狙いですか?」
「たった一両の敵に怯えて逃げてみろ。【ガルガンチュア】があったって、どこも雇ってくれなくなるぞ」
「おまんまの食い上げは嫌ですねえ」
「ならば覚悟を決めろ! 命を張るのが俺達の稼業だ。全車エンジン始動!」
傭兵達の様々な戦車が一斉に黒煙が噴き上げエンジン音を轟かせたのだった。
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