第四章 その2


「旦那様!」


 ミグルン家の家宰が慌てた様子でガレスに駆け寄ってきた。


「お嬢様です! 近づいてくる戦車にお嬢様らしき女性が乗っています!」

「なんだと? 本当か?」


 ガレスが確かめるように屋敷の屋根にいる傭兵に問いかけた。


「わからないっす。俺ここのお嬢様もマーレの顔も知らないっす!」


 ガレスは舌打ちする。そして自分の目で確かめるべく母屋の階段を駆け上がった。

 母屋の外壁が街を護る周壁も兼ねているため、屋敷最上階のバルコニーは外敵への見張り台にもなっているのだ。


「アレでございます旦那様」


 伸縮式単眼鏡を受け取るとガレスは指さされた方角へレンズを向けた。


「おおっ、アレは!?」

「レオナお嬢様でございますよ!」


 戦車の砲塔に腰掛けたレオナがこちらに手を振っているのだ。

 のどかな様子から察するに人質になっているわけではないらしい。

 戦車も、砲を横へと向けていて車長以下の乗組員達も身体を晒している。これは戦う意思のないことを示している。


「おおおっ、レオナだレオナだ! ウチの娘が戻ってきた。よかったよかった!」


 ガレスは家宰と抱き合って喜んだ。

 雇い主のそんな姿を見たコーカが呟く。


「これってどういうこと?」

「要するに俺達は特別手当を貰い損なったってことだ」


 ワッツマンはそう答えたのである。


    §    §


 フォクシー達ナナヨンカンパニーは何事もなくカーリェ鉱山に入城し、レオナ・レオ・ミグルンを実家へと送り届ける依頼を無事に完遂した。


「戦車の上に剥き出しに座らされた時は何事かと思いましたけど、こういう意味があったのですね?」


 レオナの顔を認めるとカーリエ鉱山の人々も手を振って迎えてくれたのだ。


「敵だーって、いきなり撃たれるかも知れないからねえ」

「お父様! ただいま帰りました」

「よく返ってきた! よく返ってきた!」


 砲塔上から飛び降りようとするレオナ。


「あ、待つのです!」


 ミミが慌てて止める。しかし遅かった。安全帯を装着していることを忘れたレオナは、ロープに引っ張られて車体にぶら下がってしまった。

 危うく車体に叩き付けられそうになるレオナ。だが館主ガレスによって抱き留められた。


「レオナ、良かった。レオナが無事で本当に良かった」


 フォクシーは仲の良い親子の関係に若干の羨望を覚えた。


「お嬢様、マーレは?」


 そんな館主と令嬢の姿に水を差すことを躊躇いつつも、しかしそうせずにはいられないといった様子の老夫妻が声をかけた。


「おおっそうだ。レオナ、マーレはどうした?」


 するとレオナは俯いて暗い表情を見せた。

 マーレの両親はそれを見て良くない報せの前触れだと思った。父親は握りこぶしを作って、母親は泣きそうになって自らの口を押さえた。

 レオナは無言でフォクシーを振り返る。

 フォクシーはそれに応えて、安置されていた麻袋の口を開いてみせた。


「マーレ!」


 娘の変わり果てた姿を見た両親の悲痛な叫びがその場に響いたのだった。



 マーレの両親が物言わぬ姿となった我が子を抱いて去って行く。

 その背中を見送りながらカッフェは呟く。


「感謝サレテシマッタ」


 マーレの両親から敵討ちをしてくれてありがとうと感謝されたのだ。

 そんなつもりは全くなかっただけに心の籠もった言葉に居心地の悪さを感じた。

 もちろんカッフェだけではない。ミミも、フォクシーも似た気分だった。


「いいではありませんか。素直に受け取っておいて下さいまし。マーレの両親にとってあなた方のして下さったことはそういう価値のあったことなのです」


 再びナナヨンの砲塔によじ登ったレオナは続ける。


「往来の真ん中に戦車を停めたら通行の邪魔ですわ。そろそろ工廠に参りましょう」

「わかった。儂は先に戻って客を迎える支度をしておく」

「工廠って、あれですの?」


 ミミが訝しげに煙突の立ち並ぶ工廠群を指さす。


「いいえ。あれは発掘した戦車にこびりついた泥や錆を落とし、洗って、分解する作業場です。戦車の整備はこちらのピットで行います」


 レオナはそう言ってひときわ立派なお屋敷を指さした。


「このお屋敷に工廠が?」

「戦車の発掘・整備と販売は我がミグルン家の稼業ですから」


 そうして向かったのはお屋敷の敷地内に設けられているガレージだった。

 そこにはなかなか見ることのできない珍しい型の戦車があった。


「あ、あれは【マウス】!? 旧時代に【マウス】と呼ばれた戦車なのです! オリジナルは主砲に五五口径の一二八ミリKwK四四を搭載。V型十二気筒MB五一七過給器付きディーゼルエンジン搭載。空重量で約一九〇トンだったそうなのです!」


 ミミは興奮のあまり諸元を諳んじる。するとレオナが言った。


「さすがにオリジナルと同じエンジンは出土してないので、ターバルのエンジンを搭載しました。これに百二十ミリ砲を積んで、父は超重戦車【ガルガンチュア】と命名いたしましたのよ」


 するとそれに共鳴したかのごとくフォクシーも声を上げた。


「完全品だったら、推定市場価格が二〇万とも三〇万ビスとも言われる【マウス】がこれなのかあ。噂には聞いてたけど本当にあったんだねえ」

「黒豹さん。二番ピットが空いてるからそこに戦車を跨がせて停めてください」

「ウィ」


 カッフェはレオナの誘導に従い【ナナヨン】をガレージのピットの上へと進ませる。

 ピットとは戦車を下から点検や整備をし易くする作業用の穴のことだ。


「お嬢! こんな戦車、いったいどこで拾ってきたんじゃ?」


 鉄の扉が閉じられ、【ナナヨン】のエンジンが止まる。

 すると整備廠の整備士達が集まってきてレオナ達を取り囲んだ。

 みんなドワーフやらネズミやら、ゾウやらコヨーテやら白髪交じりのロートルばかり。いや、ここはベテランばかりと言い換えておきたい。


「これ、分解していいのか?」

「待ってください! 今回は設備をお貸しするだけなのです」

「なんじゃと? こんな面白そうな戦車が目の前にあるって言うのに、ただじいっと指咥えて見てろと言うのか?」

「んな、殺生な!」

「致し方有りません。この【ナナヨン】には専属の整備主任がいるんです」

「なんじゃと?」

「はん、どうせ素人が粋がってとるだけじゃろ?」

「ど、どこの誰が素人だと言うのです?」


 老人達が振り返って抗議の声の主に注目する。

 するとそこにミミが腕組み姿で立っていた。


「ほう? マイクロ・ドワーフのメスか?」

「まだ小娘ではないか?」


 老技師達を代表して腹の突き出たひげ面のドワーフが前に出た。


「まずは、名前から聞こうかの?」

「ミリル・ミリアリー・ドヴェルグ……なのです」


 老技師達は一斉に響めいた。


「なに? ドヴェルグ? それはポテン・シャージにあったドヴェルグ家のことか?」

「他にドヴェルグ家があるとは……聞いてないのです」


『ポテン・シャージ』は優れた技術をもつドワーフの工房都市だ。

 そしてドヴェルグ家はそこで長い伝統を有する工匠の家だった。多くの秘伝と技術を受け継いでいるため、野の技術者にとっては畏敬と尊崇、そして嫉視の対象でもある。


「どうせ騙りじゃろ? ドヴェルグ家は盗賊団に襲われて全滅したと聞いているぞ!」

「その盗賊団で、技術奴隷として働かされていたのですよ」

「で、では、ご当主はまだご健在なのか?」

「いえ、末子の私を残してみんな死んだのですよ。酷く酷使されて一人ずつ過労死したのです、あやうく私もそうなりかけていたのですよ」

「そ、それは……なんと言ったら良いか。気の毒じゃったな」

「し、しかし。盗賊団に捕まっておったあんたが今どうしてここに?」

「師匠やフォクシー達が盗賊団を壊滅させて救い出してくれたのです。以来、師匠から私が整備を任されているのです!」

「そ、そうか」


 老技術者達は集まって審議を開始した。結論は程なく出た。


「致し方ない。誠に残念な話じゃが、専属の整備主任がよそ者に戦車を弄らせたくないという気持ちは大変良く分かる。その気持ちは尊重せねばならん。残念な話じゃがな……」

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