第四章 その3
戦車をガレージに置いて、フォクシー、カッフェ、ミミの三人は、まずミグルン家の応接間へと通された。外来者としては館の主にお目通りして挨拶せねばならないのだ。
そこでは『工房都市』バラクレルを構成する十二洞のひとつカーリェ鉱山の支配者が峻厳そうな顔つきで待ち構えていた。
家宰や従者、傭兵頭などを多数従えているのは恐らくは館主としての威厳を示そうとしているのだと思われる。しかしその試みはのっけから失敗していた。ガレスが娘の無事を諸手で喜んでいた姿をフォクシー達は見せつけられたばかりだからだ。
「何を格好付けているのですか? お父様らしくありませんわよ」
するとガレスも硬い表情もクシャッと笑みの形に崩した。緊張を強いる厳粛な空気感はたちまち霧散していった。
「君達がレオナを助けてくれたそうだね?」
「結果的にそうなっちゃっただけですよ」
「君達の滞在を歓迎しよう。ここを我が家とでも思って寛いで欲しい。しかしナナヨン・カンパニーは腕利き集団と聞いた。こんな若い娘達ばかりとは思わなかったぞ」
「うちの評判が良いのは先代クルーの業績です。あたし達は――並かなあ?」
「随分と謙虚なことだ。普通の傭兵だったらたとえ偶然であっても大げさに戦功を誇って、多額の礼金をせしめようとするところだぞ」
「そうなの?」
すると世間一般の戦車傭兵を代表してワッツマンが前に出た。
「我々が金を稼ぐ機会はそれだけ貴重ということだ。ふっかける機会は我々にとって敵戦車をレティクルに捕らえた瞬間よりも稀少で、それを物にできるかどうかが腕前の見せ所となる。要するに戦いも商いも根っこの所では同じということだ」
するとガレスが続けた。
「我々、金を払う側からすると、評判とはある種の保障だな。評判の良い者を雇えばそれだけの成果が期待できる。そういう意味では、評判とは傭兵にとって性能の良い戦車以上の財産なのだ。先代の努力の結果を穢さないようになさい」
「お父様? もしてして今、とても良い気分に浸っているのではありませんか? 若い娘に教訓めいたことを垂れることができてよろしかったですわね」
レオナが揶揄するように言うとガレスは陽気に豪快にガハハハっと笑った。
「そんなことより問題は、今回の出来事がフレグのマ・ゼンダの仕業だということです」
「それは確かか?」
「わたくしを拉致したならず者が口走っていました」
「そのならず者は捕らえたのか?」
「あ、いえ……」
「それでは証拠にならん。抗議をしても言いがかりだと返されてしまう」
「くっ、あのウサギさんを殺さない方が良かったということですわね」
「まあよい。今回の件で、我が家とフレグ家との軋轢は抗議など意味がない段階へと進んだ。マ・ゼンダが直接行動に打って出た以上は、我々も実力で対抗せねばならん」
するとワッツマンが前に出た。
「お館様。戦力の速やかなる増強が必要です」
「数だな? 至急、傭兵を掻き集めさせよう」
「数もですが質も重視すべきです」
するとガレスはフォクシー達へと視線を向けた。
「なに? なに? もしかしてあたしらへの仕事依頼? 安くないよ。良い?」
するとワッツマンが口を挟む。
「お館様。彼女達を味方につけることができたら確かに心強いです。しかしできることなら我々に【ガルガンチュア】のご供与を願います」
「【ガルガンチュア】はわたくしが使いますと言ったでしょう?」
「お嬢様が乗っていては酷使できません。戦車は使い潰してこそ役に立つのですよ」
「ふむ。ウルフパックに対抗するにはあれが必要となるか。考慮しておこう」
「お父様!」
するとゴートが弾薬箱を載せた運搬台車を運び込んできた。
「おお、待っていたぞゴート」
まず弾薬箱が開けられる。そして中に銀色のビス銀貨が詰まっていることが示された。
ゴートはじろりと若い娘達を一瞥した。
「これはレオナとマーレをここまで護衛した仕事の雇兵料だ。ビス銀貨で二百だ。そしてこちらがレオナ救出の礼金となる。手形になるが銀五千ビスだ。受け取って欲しい」
「五千ビスの約束手形!? 五百ビスじゃなくて?」
「わたくしはそんなに安くないって申し上げましたでしょう?」
「気前がいいねえ」
「評判は大切だと言ったであろう? 儂も気前が良いという評判は財産だと思っているからな。そのおかげで腕の良い人材が集まってくる」
ガレスはそう言いながらワッツマン達を振り返る。
さすが『工房都市』バラクレル十二洞(坑道)のカーリェ鉱山の館主とその娘であった。
§ §
日が落ちて夜になった。
ミグルン家の館ではマーレのための葬儀がしめやかに行われていた。
そんなカーリェ鉱山の周壁の外では、警備を掻い潜って進むゴートの姿があった。
「む、戦車か」
周壁の外ではパトロールの戦車がゆっくりと徘徊している。
T34の車体を流用した【モブシャ】の中には、小型の砲塔と小口径の砲を搭載した偵察タイプの物がある。
それが探照灯を用いて周壁に近づく者がいないかを念入りに探っていた。
これまでなかった厳重さだ。
「いや、これまでが雑過ぎたのだよ」
ゴートは呟く。
しかしながらパトロールの注意はもっぱら周壁の外側へと向いていた。
おかげで内側から外へと向かう者への警戒は皆無なのだ。
ゴートは警戒網の隙間を縫うように進んでカーリェ鉱山から離れていった。
カーリェ鉱山の城市全体を一望できるところまで離れると、ゴートはそこで待機した。
そろそろ迎えが来る頃合いだ。
すると遠方からエンジン音が近づいてきた。
カーリェ鉱山では使っていない【オピーオン】だ。
【オピーオン】はパンターD型と呼ばれた発掘戦車の車体と砲塔を元にした戦車である。
砲の口径はオリジナルと同じ七十六ミリ。この口径の砲身はマルテーナ鉱山でやたらと多く出土しているため比較的安価に入手できるのだ。しかしオリジナルが有していたような電気式雷管や駐退復座装置がついていないため性能はオリジナルにはほど遠い。
とは言え優秀であることは間違いなく、この荒茫大陸においては【オピーオン】はかなりの実力を有する強力な戦車として知られていた。
「森の猛禽、闇夜のフクロウ? ティルティーだよ」
約束の場所で停止した【オピーオン】の車長がティルティと名乗る。
「湖沼の狩人、夕刻のサシバ! こちらはゴートだ」
合い言葉でお互いを確認し合ったゴートは【オピーオン】に飛び乗った。
もちろん戦車に客用の席などないから車体後部にしがみ付くことになる。
「おい、儂を振り落とすつもりか!」
しかしとは言えあまりにも配慮に欠けていた。
あまりにも速く走り出したのでゴートは振り落とされそうになってしまったのだ。
「ごめんよ。でもパトロールに見つかるよりいいだろ!」
ティルティは乱暴に言い返した。
「それもこれもお嬢様の拐かしに失敗したせいだ。ミグルン家は警戒レベルを最大にまで上げたぞ」
「やっぱりそうなっちゃったか」
「無能のろくでなし共を雇ったりするからだぞ」
「そういう話はマ・ゼンダ様にしてくれない。あたしにされても困るんだよね」
「奴らは人質の前でフレグ家の名を口にした。ガレスは、もうすっかり腹を決めて戦う気になってる。戦車傭兵を増強することを決めた」
「しょうがないか。護りが大幅に強化される前に強襲することになるよね」
「穏便に済ませる方法はないのか? 噂の【ガルガンチュア】がやっかいだ」
「世界最大最強の超重戦車だよね。メスライオンの拐かしさえうまくいってればねえ。だけど失敗した以上はもう力尽くしかないよね」
ティルティーの指示で【オピーオン】はさらに加速し夜の闇の中へと消えていった。
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