第五章 その1


 カーリェ鉱山の朝は早い。

 まだ暗いうちから煙突のてっぺんから煙が立ちのぼって街全体が白い霧で覆われる。

 そんな白い幕の向こうからやってくるのは乗り合いバスやらトラックだ。

 寝ぼけ眼の労働者を満載して彼らの勤務先である鉱山あるいは工廠へと向かう。


「おはよう!」

「今日も良い天気だな」


 そんな挨拶を交わしながら様々な種族からなる作業員達がツルハシやシャベルを担いで鉱山入り口から坑道を降りていく。

 スチームサイレンが鳴ると男達、女達、老いも若きもみんなが一斉に働き出す。

 程なくして泥まみれの物体が鉱山入り口から搬出された。

 壮年の技師がその物体の表面を軽く撫でて表面を露出させるとハンマーで軽く叩く。


「こいつはパンター戦車のようだな。砲塔や砲は手がかかりそうだが、車体の方はなかなか具合が良さそうだ」

「よしっ。こいつを『洗い場』に送れ!」


 こうして発掘された戦車は洗い場へと運ばれていった。


「こいつの発掘現場近くに接地プレートはなかったか?」


 壮年の技師は、戦車を発掘してきた青年に尋ねた。


「四~五枚見つかったけど、それだけだったよ」

「仕方ない、履帯は適当にでっちあげるか」


 洗い場では掘り出されたパンター戦車を若い女性作業員が寄ってたかって洗った。

 キャピキャピ騒ぎながら大量の水を浴びせてこびりついた泥や、装甲の隙間奥深くに潜り込んだ土を洗い流す。

 その後、部品が丁寧に慎重に、時に大胆にハンマーで叩くなどして外されていく。

 全ての部品が一個一個丁寧に洗浄されるのだ。

 再生できないと判定された砲塔やら砲身などは、廃棄されて溶鉱炉送りだ。

 洗浄された部品は技師がしっかりと点検する。錆ているようならば磨かれる。

 もし罅や傷、腐食が酷く再使用に耐えないなら同じ形状の部品が複製される。


「問題はパワーパックだな」


 壮年の技師が組み立ての始まった車体を睨みながら呻いた。

 エンジンは外からは無事に見えても中身の腐食が酷いという例が多い。

 そしてエンジンを再生する技術を持っている工廠は極めて限られる。しかもその技術の多くは秘伝であるためしっかりと再生されたエンジンは高価だ。


「いいエンジンがあるぞ。ガシュで出土した十二気筒V8エンジンを再生したものだ」

「ほう、ガシュか。あそこは良い技術がある。何基、購った?」

「十だ」


 こうして地中で眠っていた戦車は新たなる戦車として蘇るのである。



 カーリェの工廠群が活動を始めた頃、ミミもまた菜っ葉服に着替えると借り受けた整備工廠で作業に取りかかった。

 まずはハンマーを片手にピットに潜り【ナナヨン】の点検をしていったのだ。

【ナナヨン】は油圧懸架方式を採用したデリケートな戦車だ。性能を十全に発揮するにはそのデリケートさを常に維持しなくてはならない。


「この部品は交換、この部品も交換。……フォクシーがつむじを曲げるのです」


 ミミは自分の書き上げた部品のリストの長さに嘆息した。

 シナモンステックを咥えて深呼吸。

 肉桂の刺激的な香りが口中から肺、そして鼻腔を満たしていった。

 鉄と油の匂いが満ちている中で香辛料の香りは実に心地が良い。

 ミミの師匠は悪い習慣を持っていた。それはタバコだ。

 もちろん彼も、悪癖だとわきまえていたらしく、喫煙はもっぱら車外でしていた。

 しかしいくら外で吸おうとも、身体にこびりついたヤニの香りは簡単には消えない。

 密閉された戦車の中に入ってくれば、鼻の良い種族であるフォクシーやカッフェは嫌でもその匂いを嗅がされてしまう。当然、ちょー臭い、不快だ、不愉快だという若い娘達からの苦情と罵倒の嵐が戦車内で吹き荒れた。

 だがしかし、ミミだけはそうは思わなかった。不快に感じなかったのだ。

 今は亡き父が喫煙者だったということもある。そして整備作業中の合間に一服する彼の姿に、奇妙な憧れを覚えたからでもあった。

 とは言えタバコは良くない。身体に毒、肌に毒だ。そこで代わりにシナモンステックを咥えるようになった。


「ふぅっ」


 シナモンステックをパリボリと食べてしまうと周囲の様子を見る余裕ができた。

 そこでミミは驚きの光景を見ることになった。

 若い技師達が掘り出された砲塔の大穴を枠で囲うように鉄板を溶接していたのだ。


「え?」


 枠を貼り付け終えると、そこに鉄粉・アルミ粉末の混合物を流し込んでいく。

 いったい何をするつもりなのかと見ていたら、火を付けた。

 炎は花火が如き勢いで天井近くまで吹き上がった。


「あ、ああああ、あれは何をやっているですの!?」


 ミミは思わず近くにいた若い技師に尋ねた。


「見ての通りだよ。もしかして知らないの?」

「テ、テルミット溶接なのです!?」

「なんだ、知ってるんじゃん。その方が効率的だろ?」

「で、でも、あんなことをしたら装甲が焼きなまされて強度が低下してしまうのです!」

「ドヴェルグ家ではどうやって修理してたんだい?」

「溶接はするのです。するしかないのです。けれど弾痕とその周囲を綺麗に成形して、同じ強度の鋼板を切り出してきて、はめ込んで、その間隙を溶接で丁寧に……」

「それじゃ手間ばかりかかって量をこなせないよ」

「せ、せめて弾痕の縁を綺麗に成形するとか。被弾したままのぐずぐずガクガクな表面に銑鉄を流しても隙間に鬆が生じて強度が……それって戦車としてはどうなのです?」

「もしかして君の親御さんって、その律儀さで盗賊共の戦車の修理をしてた?」

「それがドヴェルグの誇りを護る最後の一線だと父は言っていたのです」

「そんなことしてるから過労死しちゃうんだよ。それが、ドヴェルグの誇りっていうのなら尊重するけどね。けど、俺達にはとても真似できないなあ」


 若い技師は笑い捨てながら去って行った。


 さてその後である。

 溶けた鉄が固まって十分に冷えると若い作業員達は鉄の枠や不要部分を中身の鉄ごとエンジンカッターで切り取った。

 余分な盛り上がり部分はディスクグラインダーで綺麗に削って周囲に慣らしていく。

 グラインダーでお手軽に削れてしまう段階で、穴埋め部分と周辺の硬度はお察しの状態だ。しかし上からさび止めを塗装してしまえば見た目は分からない。

 あとは砲を積み、各種の装備等を取り付けていけば綺麗な再生戦車の完成だ。

 この荒茫大陸で活躍している戦車の多くは、こんな雑な感じで再生されているのだ。



「我が家だと思って寛いで欲しい」


 よく使われる社交辞令だ。

 しかし本当に他人の家で寛いでしまう者はなかなかいない。

 いたとしたらなかなか肝の据わった大人物だろう。だがフォクシーは、そんなことができる稀少な人物に分類される。

 折角だからと応接の長椅子に横たわって手足と尻尾を伸ばしていた。

 カッフェも応接室の客人となったが、フォクシーほどは大胆になれず一人掛けのソファーに行儀良く腰掛けている。

 ミミはそんなフォクシーの前にやってきて油と汚れにまみれた手でクリップボードを突きつけた。


「これが必要な部品のリストなのです。可及的速やかに調達するのです」


 リストに並んだ膨大な部品量を見てフォクシーは悲鳴を上げた。


「うわあああ……」


 そんなフォクシーの悲鳴にレオナが、何々どうしたと歩み寄ってきた。


「いったい何があったのですか? 若い娘が素っ頓狂な声を上げて」

「こ、こ、これ……」

「どれどれ? こ、これはまた、随分とたくさんですね。あ、このウィンカー用のランプと、このグリースならば我が家にも在庫がありましてよ」

「ねえミミ。これって本当に必要?」

「必要に決まってるのです。これが揃わないと【ナナヨン】は動かないのです」

「本当に?」

「私の技師としての判断を疑うですか?」

「うっ……でも」

「不完全な戦車で戦場に出て、泣くのはフォクシー、貴女なのです」


 フォクシーは受け取ったばかりの手形を取り出すと、あたかも恋人からの手紙がごとく頬ずりする。


「ああああ、五千ビスの手形があ。できることなら君とはずうっとずうっとご一緒していたかった」


 するとレオナが揶揄うように言った。


「そういえば、このような言葉があったの思い出しました」

「ナニ?」


 カッフェが首を傾げた。


「いつまでも、あると思うな親と金」

「それにしたって、貰ったはしからすぐに出て行っちゃうなんて腰が軽すぎだよ~!」

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