第九章 その3
「何だと! 折角手かがりを見つけたってのに追跡を捲かれただと!?」
ギャッキの罵倒を浴びてマギーとバーバラはたちまち萎れた。
「す、すみませんギャッキさん。人混みの中で見失いました」
「仕方ないよギャッキ! わたしらの仕事って戦車に乗って戦うことで、どっかの誰かを尾行をするような密偵紛いなことじゃないんだから!」
ティルティが庇う。しかしその時、マ・ゼンダが言った。
「ティルティ君。ブ・ラック君の妹である君がそんなことでは困るな」
するとウォリルも追従した。
「そうよ、困るわ。そのフォクシーとかいう白狐をきちんと追跡できていたら、メスライオンを捕らえることもできたのよ」
「そんな器用なことが出来てたら戦車傭兵なんてしてないんですけど」
「そうですよウォリルさん。あーしらに出来るのは戦車の操縦くらいです!」
マギーとバーバラは自分達が責められる気配を感じたのか、真っ向に立って反論してくれるティルティへの援護射撃を開始した。
「んなこと自慢げに言うな! あーもう、そんなだから、何時までもしがない戦車傭兵しかやれないんだってどうして思わないかなあ!」
「しがない戦車傭兵って、何よその見下した言い方! 自分だって戦車傭兵の癖に!」
「ウォリル君」
「あ、はい……」
マ・ゼンダの言葉にウォリルは一歩退いた。
「ティルティ君。君の姉が癇に障る言い方をしたことは許してやって欲しい。しかし私は君達が戦車の操縦しか出来ないとは思っていない。だからついそれ以上のことを期待してしまうのだ。君達にはそれを是非、理解しておいてもらいたい。さて、問題はその白狐の素性だ……」
するとギャッキが手柄顔で言い放った。
「そのあたりのことは、オレが調べた! 奴らはナナヨン・カンパニーだってよ」
「ナナヨンだと!?」
その名を聞いて皆が響めいた。
「有名なのかね?」
「伝説級の活躍をした連中だねえ」
すると部屋の隅にいてこれまで話を聞くだけだったブ・ラックが初めて口を開いた。
「先代のクルーはな。今のクルーは女子供ばっかりだと聞く」
「そうは言うけど、メスライオンを捕まえたイヨマンテの野郎を邪魔したのもナナヨンの奴らだろ? 奴らはそれでメスライオンとのつながりが出来たんだ」
「ギャッキ! よく、そんな見てきたような嘘をつけるね!」
「嘘じゃねえってウォリル。一部始終を見てた奴から聞いたんだから信じろよ!」
すると皆の視線がギャッキが連れてきた見慣れない浮浪少年へと向かった。
「こいつは、俺の新しい使いっ走りのコーだ。覚えといてやってくれ」
コーは黙したまま、挨拶代わりにぺこりと頭を下げた。
「ふむ。ゴートから得た情報でも、レオナ嬢をナナヨン・カンパニーを名乗る戦車傭兵が助けたという話があったな。コー君の情報は正しいと見て良いだろう」
するとティルティが嘆息した。
「マ・ゼンダさん、頼みますよ。ゴートからの情報を先に伝えておいて貰えたら、わたしらにも動きようがあったんです。敵がナナヨン・カンパニーだって分かっていたなら、メスライオンじゃなく戦車そのものを探せば良かったんですから」
「それは申し訳ないことをしたね。当初はそれほど重要とは思わなかったのだ」
「それで、これからナナヨンを探せばいいの?」
ティルティの問いにマ・ゼンダは頭を振った。
「いや、もう無理だろう。君達の尾行に気づく程の相手なら、とっくの昔にバラクレルから逃げ去っているはずだ」
「どこに逃げたか調べるくらいはできると思いますけど?」
「ギャッキ君。デイトンのバザールには監視員を配置しておいたかね?」
「もちろんだ。オレの部下はティルティんとこの無能とは違うんでね」
「早速調べます」
ティルティはそう言うとマギーとバーバラを連れて立ち去っていった。
「しかしレオナ嬢の身柄を押さえられなかったのは痛い」
ティルティ達の背中を見送りながらマ・ゼンダがぼやく。するとウォリルが問いかけた。
「フレグ家への対面の問題ですか?」
「手ぶらでは帰りづらいからね。君達に支払う雇兵料をどう捻出するかという問題でもある。バラクレルの十二洞会議と交渉はしてみるが、簡単に成果が出せるとも思えないからねえ」
「私、マ・ゼンダ様がお金のことであくせくしているところを見たくありません。金銭のことは意地汚い商人連中にでも任せておしまいになれば良いのです」
「適した人材がいるなら任せても良いのだが」
「私には無理ですよ」
「わかっている。収穫には少し早いが計画を前倒ししよう。その成果を手土産にフレグ家へ凱旋報告することにする」
マ・ゼンダとウォリルがそんな会話をしながら寄り添っていく様子を見て、ギャッキは憎々しそうに舌打ちした。
「伯母上。お久しぶりです!」
ノガタル・キャラバンでは、伯母のマージャがレオナを見ると諸手を広げて迎えた。
背が低くて小太りの貴婦人が長身のレオナを諸手で抱きしめようとする。しかし上手くいかない。
そのままだとマージャがレオナの胸に顔を埋める形になってしまうからだ。
そのためレオナが少しばかり腰と膝をかがめる。これでなんとか抱き合う二人の姿は心温まるものだったが、同時にどこかユーモラスでもあった。
「まあ、レオナ。どうしたのです!? あなた随分と美しく育ったわね」
「もう、十八歳なんですわ」
「時の流れを感じるわ。そんなことより、こんなところまで貴女ひとりでどうしたの?」
「実は――」
レオナはカーリェ鉱山で何があったのか、自分の身に何が起きたのかを手短に語った。
「なんて悲しいこと。貴女も辛かったでしょう。いいわ、私がレオナの庇護者になりましょう。今日限り悲しい出来事は忘れてしまいなさい。貴女はこれからここで楽しく暮らすのです」
「ありがとう、伯母上」
その時、ようやくマージャは背後に並ぶ三人の姿に気がついた。
「その者達は誰なのです?」
「もてなしてあげてください。この娘らはならず者に捕まったわたくしを助けてくれたのです。フォクシー、カッフェ、ミミ。ご覧の通り戦車傭兵です」
「歓迎します。良い傭兵のようですね?」
口とは裏腹にマージャは三人に胡乱そうな視線を向けた。
その視線が意味するところを敏感に感じとったフォクシーも素早く反応した。
「それじゃあ、依頼は果たし終えたんであたしらはこれで……」
「待ちなさい。レオナをここまで連れてきてくれたお礼をしなくてはなりません。ホンクワ! 財布を持ってきなさい!」
「いえ、もうお代は貰ってるんで」
「あら、誰から?」
「依頼主はレオナのお父上なのです」
ミミの言葉にマージャは納得したようだ。
「依頼料全額前渡しだなんて、貴女達はガレスお義兄様から信頼されていたのですね?」
「そんなことより伯母上、何か食事を出してくださいませんか? わたくしも、この子達もお腹が減ってるんです」
「それは大変。早速、厨房に何か支度をさせましょう」
「違います。一緒に食事をしたいのです。この娘達はわたくしの友人なんですわ」
レオナの言葉にマージャは逡巡した。しかし――。
「良いでしょう。今日は身分に囚われず、食事をすることにしましょう」
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