第九章 その2

 程なくしてフォクシーは【ナナヨン】が待つ戦車だまりへとたどり着いた。


「ありがと、ここまででいいわ」


 フォクシーはザキを振り返ると少し多めに心付けを渡す。


「いいのかい? こんなに」

「ちょうど良いタイミングで助けて貰ったからね」

「んじゃ遠慮なく受け取っておくよ」


 ザキはそう言うとビス銀貨をポケットに捻じ込むと去って行った。

 フォクシーは仲間の待つナナヨンに駆け寄った。


「みんな、出発するよ。準備急いで!」

「えー!? 何でなんですのお?」


 炊事仕事をしていたミミはもう少しでできあがるのにと不満を露わにした。


「ウルフパックの連中がここに乗り込んで来てた! レオナを探してるんだ!」

「ヤバイッ!」


 すると二人とも弾かれたように片付けを始めた。

 椅子やらハンモックやらを砲塔後部の増加バスケットに放り込み、適当に固縛する。ついでに無気力顔のレオナをせっついて砲手席に押し込む。


「もうちょっとで美味しくなったのにぃ」


 ミミは料理中だったらしい。圧力鍋は荷物の隙間に挟み込むように置いた。

 戦車の激しい挙動に耐えられるかとなると若干不安だが確実な固定に時間を掛けていられないのだ。



「まさか奴らがさー、ここまでくるなんて思わなかったよー」


 フォクシーは警戒の目配りを周囲に向けながら愚痴った。


「奴らハ、デイトンきゃらばんと諍イヲ起コシテデモ、レオナを捕マエタがッテル?」

「レオナは美人なのです。きっと奴隷に売っぱらうつもりなのです」


 ミミが決めつけたようなことを言うとそれまで無気力顔で砲手席に座り込んでいたレオナが深々と嘆息した。


「それ、間違っていますわね。彼らの狙いはもっと別のものですわ」

「どういうこと?」

「わたくしの身柄を欲しがってるのはフレグ家です。ならば狙いはわたくしの血についてくる『家督継承権』でしょう」

「家督継承権ってなに?」


 フォクシーの問いにレオナが説明を始めた。

 この荒茫大陸には法律はない。従って人と人、工房やカンパニー、キャラバンとの関係性は個々の間で取り交わした『契約』や『前例』『習慣』で成り立っている。

 しかし人間はいずれ死ぬ。

 寿命で事故で、怪我や病気で、あるいは戦いで。

 約束を取り交わした当事者の片方が死んだらそれまで取引関係、約束事、貸し借り、売り掛け、買い掛けといった一切合切がご破算になってしまうのだ。

 そのため誰も彼も長い期間の約束ごとには躊躇する。

 常に現金での決済が求められて、取引はその場限りでしかできなくなる。

 しかしそれだと永続性がなく発展性もない。

 そこで約束事や関係を血縁で継承していく仕組みがつくられた。

 それが家であり、家督なのだ。

 当主ガレスが死んだならばミグルン家があちこちと結んだ関係や約束事、権利・義務等は次代の当主レオナが引き継ぐのである。

 無秩序無法が支配する荒茫大陸の大きな家同士の関係はそれで成り立っている。

 そんな権利や義務が結びつきを作っている中で、フレグ家が最も欲しているのは工房都市バラクレルの意思決定機関(議会)に出席する権利だ。しかしそれはミグルン家のものであり、力尽くでカーリェ鉱山を占領したところでフレグ家のものとはならない。

 だからこそレオナの身柄が狙われるのだ。


「それって良いことがあるの? なんか面倒くさい感じがするんだけど」

「分かりやすいのは振り出した手形が割引なしで使えることですね」

「あ、パーツ屋で額面通りの手数料なしだった時みたく?」

「ミグルン家の振り出す手形は十二洞会議が保証しておりますから」

「つまり家督継承権が手に入ったらフレグ家は約束手形を好き勝手に振り出せるわけか」

「ええと、そのあたりは制限とか色々とあるんですけど……まあ、素人さんですし、そんな理解でかまいません」

「でも、家督ってさあ、財宝とか物みたく奪えるもんなの?」

「どこかから獅子系のオスを見つけてきてわたくしにあてがい、わたくしにそのオスの子供を産ませると言う手段があります。そうすればその子はミグルンの家督を継ぐ者となります。その後で、わたくしを絞め殺すか毒殺すればお家の乗っ取りが完了します」

「うわっ、あくどい」


 フォクシーがミミやカッフェの抱いた感想をその一言で代言した。


「それが伝統ある名家に生まれた者の宿命です。でも、おかげでわたくしも決心がつきましたわ」

「何するの?」

「復讐に決まっています。あちらがあくまでわたくしを追い回すつもりなら、こちらも相応に対処します。マ・ゼンダを、ぎゃふんと言わせてやらないと気が収まりません」

「でも、どうやって? 奴ら戦車を一杯もってるよ」

「それについては考えがあります。ですが、このまま行き当たりばったりに逃げ回っていては何も出来ませんので、まずは行き先を決めましょう」

「どこか行くあてがあるの?」

「ノガタル・キャラバンで御願いします。今はトレッキルでキャラバンを開いているはずです」


 フォクシーは「トレッキル……」と地名を反芻しつつニー・ボードの地図を開いた。

 トレッキル――古代王国の地名表記だとトレッキル州ということになるが――荒茫大陸でも珍しいことに大地が汚染されておらず農業の行われている地域であった。

 ここでは地を耕して種を播いて水をやれば芽が出て草が生えるのだ。

 そのかわりに原油や機械が発掘されることはない。

 そのため人々は麦などの食糧、綿羊を用いた繊維で衣類を生産、さらには木材などの森林資源を加工販売して生計を立てている。


「ノガタルには伯母がおります。デイトンにも負けない規模の隊商なのでわたくしを匿うくらいのことはしてくれるはずです」

「そこで戦車傭兵を雇うの?」


 しかしレオナはかぶりを振った。


「いいえ、戦車百両を擁するウルフパック相手に、まともに戦いを挑んで勝てるとは思っておりません」

「じゃあ、どうするの?」

「お金の力を使いますわ。わたくしが得意とするお金の戦場、お金の戦いでフレグ家のマ・ゼンダの足を高々とすくい上げてあげようと思っています」

「お金の戦場?」


 戦車を用いた戦いならばフォクシーも知っている。

 だが金銭を用いた戦いがどのようなものか、フォクシーには想像することができない。


「ど、どうやって戦うの?」


 耳慣れない『お金の戦い』という言葉にフォクシーは五体の血が沸きたつのを感じた。

 革袋にビス銀貨を詰めて殴り合うならばそれは武器になるだろう。しかしレオナが言っているのがそういうことではないことはわかる。

 金銭には力がある。

 金が有れば美味い物も、着たい服も手に入れることが出来る。

 人間が抱くありとあらゆる種類の欲望は、金の力で大抵はかなえることが可能なのだ。

 しかしそれはあくまでも金銭が欲しいという人間の欲望を介したものでしかない。

 銀貨は金属の塊で食べられないし、それ自体には何の力もない。有力な敵を打倒するならば腕っ節に優れた傭兵をかき集めて高性能な戦車を数多く揃えねばならないのだ。

 そのために存在するのがフォクシー達、戦車傭兵なのだ。

 なのにレオナは、あたかも金銭そのものが戦いの武器になるかのような物言いをする。

 まるで金銭の力だけでマ・ゼンダをやっつけられると思っているかのようだ。

 そんなことはあり得ないのに。

 あり得るはずがないのに。

 しかし同時に、それがフォクシーにはとても新鮮で魅惑的に感じられたのだ。

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