狐と戦車と黄金と 傭兵少女は赤字から逃げ出したい!

柳内たくみ/MF文庫J編集部

序章 その1

 カデレーヌの荒野を強い風が吹いている。

 大地を撫でて土塵を舞い上がらせるそれは、死の息吹となって獲物を翻弄するはずだった。少なくとも容易い狩りになるはずだった。

 戦車が三両ひと組の小隊で前方に凸の三角の陣形を作っている。

 それがさらに四個集まって全方位警戒に適した菱形の陣形を保ち、獲物の待ち受けるであろうカデレーヌ荒原へと侵入していった。


『ガネラ。遅れているぞ! 隊列を乱すな!』


 シ・アンの叱咤が雑音含みの無線電波に乗ってインカムに飛び込んできた。

 ガネラと呼ばれたハイヤー犬人種のオスがこの戦車の車長だ。胸にぶら下げたプレストークボタンを押すと操縦手に向けて怒鳴った。


「ガネッサ! 俺達の雇い主がお怒りだ。さっさと速度増せ!」

『土埃で前が全然見えてないんっすけど、ホントに増速していいんすか?』

「かまわん!」


 ガネラの中戦車【カンヘル】は速度を増し、シアンの超重戦車【ギーブル】の左斜めに位置した。


「よし、ここで速度を【ギーブル】に合わせろ!」


 ガネラは土煙の混じった空気を直に吸わないために捲いている羅紗のマフラーをズリ揚げて口鼻を覆うと超重戦車【ギーブル】の車体をチラリと見た。

 それはコーマンテルリ地方にあるタンク鉱産の地中奥深くから発掘されたかつてE100と呼ばれた車体を修理・再生したものであった。

 大抵の戦車は地中奥深くから掘り出された時、壊れている。

 そのため余所で掘り出された別の戦車の部品を寄せ集めて組み立てることになる。

 そのためこの【ギーブル】は全長はオリジナルよりやや短い十・一七メートル(砲身含む)となっていた。オリジナルと同じ百五十ミリ砲が手に入らなかったからだ。

 とは言え百二十ミリ砲を擁する車体は十分に偉容だ。蝙蝠の翼と鷲の足と蛇の尾を持ったドラゴンの名にふさわしいとシ・アンは自慢していた。

 車体と砲塔がとりあえずE100ならば旧来の名で呼んでも良いのでは、と思う。

 しかしエンジンも砲も、中身すらもオリジナルとは違うのにそのように呼んでしまったらオリジナルを設計し作り上げた古の技術者達を侮辱してしまう――というのが発掘・再生に携わった技師達の言葉なのだ。

 しかしこのような超重戦車に並んでしまうとガネラの戦車が随分と見劣りする。

 この【カンヘル】とて、そう悪い戦車でもないのだが。

 全長八・一五メートル。かつては『クロムウェル』と呼ばれた巡航戦車の車体にオリジナルになるべく近い七十五ミリ砲とエンジンを乗せてあると技師は自慢していた。


『銀五〇〇ビスの仕事か。しかも経費雇い主持ちって言うんっすから楽っすよねー』


 操縦手のガネッサの生意気な口ぶりが癇に障るが確かにその通りで、報酬は作戦に参加した戦車一両あたりに五〇〇ビスが約束されている。

 そして獲物となる敵戦車はたったの一両。我らは十二両。負ける要素はどこにもない。

 しかし戦場に到着すると風向きが突如変わった。それは砲弾が空を切る音からだった。


『【バッカス】がやられちまったぞ!』


 発掘されたM3中戦車を元に作られた再生戦車が一方的に撃たれたのだ。


『止まれ! 止まって全方位警戒! やられたのは誰の【バッカス】だって?』


 カデレーヌは四方を小高い丘に取り囲まれた盆地だ。

 かつて人々が平和に暮らしていた時代、ここには小麦畑が広がっていたと言う。しかし今ここにあるのは不毛の大地と丘陵と古代都市の遺跡だけだ。


『小隊長のトゥクシがやられた! 撃破されたのはトゥクシの【バッカス】だ!』

『敵の姿は見えたのか!?』


 シ・アンのヒステリックながなり声が安物インカムのコーン紙を破りそうに思えた。


『こっちからは見えなかったぞ!』

『左だ! 進行方向左、十時の方向だ!』


 そんな中で敵位置を知らせてきたのはどの小隊の誰の声か?

 疑問に思うよりも早く、全戦車の砲身が一斉に進行方向に対して斜め左方を指向する。

 しかしながら今度は左後方から飛んできたHEAT弾が、菱形陣の左角を占めていた重戦車【ポレヴィーク】の砲塔の横っ面を張り倒す。

 内側からの破裂するような爆発によってM6重戦車を元に作られた再生戦車の砲塔が天高く舞い上がり、黒焦げとなった装甲板の破片があちこちへと散らばった。


『くそっ、敵は女子供じゃなかったのかよ!』

『腐っても奴らが乗ってるのは【ナナヨン】だぞ! ぼやいてないでしっかり探せ!』

「ひいっ!」


 緊張に耐えられなくなった砲手のパレランが撃発フットペダルを踏み込む。するとそれに釣られたように他の戦車も次々と発砲を開始した。


『シ・アンより各車へ。撃ち方を止めろ! ガネラも砲手をなんとかしろよ! これじゃ私の作戦がメチャクチャになってしまう!』


 ガネラは嘆息して戦闘室に潜り込む。そして手当たり次第に大砲をぶっ放している砲手パレランの後ろ頭をヘルメット越しに蹴った。


「痛ってぇ! 蹴ることないだろガネラ!?」

「シ・アンが撃ち方をやめろと言ってるぞ!」

『パレラン、聞こえるか!? 貴様のおかげで前も後ろも粉塵に覆われて見えなくなってしまった。いったいどうしてくれる!?』

「敵が見えたんだ。確かに見えた気がしたんだ! だから撃つしかなかったんだよ!」


 ガネラはインカムを口元に引き寄せるとパレランに代わった。


「すんません。うちの砲手は繊細で緊張にあんまし耐えられないんです」

『そういう馬鹿を戦場に連れてくるな! 部下の手綱はしっかり握ってろ!』


 ガネラは深々と嘆息するとハッチを上げ、キューポラから半身を外界へと出す。

 双眼鏡を手にすると担当している左後方だけでなく、全ての方向、紗のかかったような全周囲の向こうに敵がいないかを目を凝らして調べ始めた。


「敵はあのナナヨン・カンパニーか。今回ばかりは仕事を選び間違ったかもしれねえ」


 空気を切り裂いて砲弾が飛来する。鉄塊を打ち砕く音がした。


『くそっ! またやられちまったぞ!』

『誰がやられた? どこからやられた?』

『右翼の【ブッチャー】だ。弾は……右後方からだ!』


 チャーチル歩兵戦車を元にした車体に大穴があいて損害は都合三両。シ・アンが雇った戦車傭兵集団は開戦劈頭からあっという間に総戦力の四分の一を失った。


『今度は右後ろからだと!?』

『まさか俺達は取り囲まれているのか!?』

『違う! 敵は反時計回りにぐるりと回りながら撃ってるんだ!』

『シ・アンから各車へ。警戒方向を一時から三時に絞れ! 前進するぞ! 隊形を菱形から横陣へと切り替えつつ右に向きを変えろ! 回り込んで奴らの頭を押さえる。奴らの気配がしたら一斉射撃を喰らわしてやれ! ほんの少しの気配すら見逃すな!』


 その時、エンジンの回転数が急激に下がった。

 それは操縦手ガネッサの戸惑いを表すような挙動だった。


「どうしたガネッサ!? ここは加速するところだぞ」

 見れば進行方向の白煙の中、戦車から降りた傭兵達が走り逃げてくるのだ。

『あれは!?』


 彼らは慌てふためいた形相で、ガネラの戦車の両脇を脇目も振らずすり抜けてそのまま走って行った。その意味は――。


「また誰かの戦車がやられたのか! そ、速度を落とせ! いや、停止だ! てーし!」


 ガネラはインカムを口元に引き寄せて叫ぶ。

 しかし被弾して擱座した味方戦車の尻が見えたのはそれとほぼ同時。ガネッサはブレーキを踏み込んだが勢いは止まらずに味方戦車の後尾に激突してしまった。

 鉄塊と鉄塊がぶつかり合う激烈な音と共に砲手は照準眼鏡に、装填手は砲尾に鼻面や身体を強かにぶつけることになった。


「ドジっ!」

『だから、前が見えないって言ったでしょ!』

『いってぇなあもう! これは誰の戦車だあ?』

『こいつはアドンの【セルト】だぞ!』


 被弾した【セルト】はⅣ号中型戦車を元にした以下略――は、エンジン部から燃え上がって火に包まれていた。


『逃げ遅れた奴は丸焼きだな』


 前方を監視するアーカスの呟きをインカムが拾う。


「操縦手、後進っ、後へ! 下がれ下がれ! いつ爆発するかわからねえぞっ!」


 動輪を通じて履帯に力が伝わる。

 緩んでいた鎖がピンっと張られるような衝撃の後、小石や土砂を乗り越えるような感触の後に戦車の重い図体がジワジワと下がっていく。


「キューポラ……か。名付けた奴のそこはかとない悪意を感じるねえ」

「口を噤めアーカス!」


 戦車の砲塔天蓋部に設えられた搭乗口を兼ねた半円球の展望塔はキューポラと呼ばれる。

 その本来の意味は高熱で鉄をドロドロに溶かして製銑する溶銑炉のこと。つまり戦車が被弾すると自分達がどうなるかを暗示しているのだ。


    §    § 


【ナナヨン式S改Ⅱ】と呼ばれる戦車がある。

 元はと言えば【キューマル】延命・改装計画によって不要となる百二十ミリ砲と射撃管制装置を形式名G型、通称【ナナヨン改】へと移植することで【キューマル】に近しい性能を獲得させようとするH型計画・通称【S改】を土台としたものだ。

 しかし実際に百二十ミリ砲を【ナナヨン】換装してみると様々な問題点が発覚した。

 その最大の物が【ナナヨン】の車体では百二十ミリ砲の衝撃を売れ止めきれず、かえって命中率が低下することだったのだ。

 しかし計画はそこで終わらない。威力が強過ぎる。砲弾が重過ぎると言うのなら元に戻せば良い。そこで主砲を元の百五ミリ砲に戻したのがI型計画・通称【S改Ⅱ】なのだ。

 その【ナナヨン式S改Ⅱ】の車長用ハッチから身を乗り出し双眼鏡を覗き込んでいる白い毛色をした狐耳少女は、冷たい風に乗って流れてくる履帯の擦れ合う音、エンジン音を聞き分けようと頭から天に向けて伸びている狐耳をピクピクと動かした。


「ししょー。あそこに残ってる敵を全部鹵獲できたらさ、いったい幾らになるかな?」


 すると砲手席の壮年期の男性から怒気をはらんだ返事があった。


『捕らぬ狸の皮算用はやめろフォクシー・ボォルピス・ミクラ』

「ノコノコとこの戦場にやってきた段階で、奴らはもうあたしらの養分なんだっつーの!」


 その時、装填手ミリル・ミリアリー・ドヴェルグが言った。


『徹甲。装填よし、なのです』

「だからさあ、ししょー。できる限り鹵獲品が多くなるよう狙い所を考えて――ひっ!」


 不意に【ナナヨン】の主砲が炎を吐いた。

 発砲煙が視界全体に広がる。


『命中! 五両目撃破!」

「ああっ! 平均市場価格五千ビスの【モブシャ】が一瞬にしてスクラップに!」


 中型戦車【モブシャ】はT34の車体に別の戦車の砲塔を載せて再生したものだ。


『もたもたしてると反撃が来るぞ!』


 すぐさま意識を立て直したフォクシーは、後方を振り返りつつインカムのトークボタンを押す。


「カッフェ! 後退用意、後方よし、後へ!」

『アトヘー』


 フォクシーが号令すると操縦士のカフェ・カミル・パンテルが復唱する。

【ナナヨン】は地面を耕す勢いで後退を始める。すると少し遅れて敵からの応射の砲弾が次々と降り注いだ。


    §    § 


【ナナヨン】は反時計回りに移動しながらこちらを狙い撃ってきた。

 そしてその砲弾はターベイの中型戦車【モブシャ】を乗組員ごとローストした。

 だがこの展開はシ・アンが予想していた通りらしい。

 ガネラ達は錆鉄混じりの粉塵が覆う視界の向こう側に、何がしかの兆候が見えたら躊躇うことなく集中砲火を浴びせろと命じられた。

 すると、北側に位置する丘陵稜線付近に動きがあった。

 すかさず砲撃して延べ七発の粘着榴弾がそこに着弾する。

 これが直撃すれば戦車など瞬く間にスクラップだ。直撃していなかったとしても相応のダメージを負っているはず。しかし――。


「やったか?」


 ガネラは風に吹かれて煙が晴れると双眼鏡を覗き込んだ。


「くそっ! 生き残ってやがる」

『とどめを刺しに行くぞ!』

『おうっ!』

『進め進め! 奴らの戦車を棺桶にしてやれ!』


 シ・アンは戦車傭兵達の士気を鼓舞しながらも敵のいる丘陵の稜線に向け、横に広がった陣形を完成させた。


『遅れた奴の報酬は減額するぞ! 逆に奴にトドメを刺した戦車の乗員には追加ボーナスをくれてやる! 一人頭銀二〇〇ビスを約束しよう!』

『やったあああ!』


 ビス銀貨は十個あればひと家族が一ヶ月は暮らせる。

 もちろん庶民が慎ましく暮らす範囲において、という条件がつくが、それでもそれが二百個ともなればなかなかの大金だと理解できるだろう。

 酒と料理と綺麗な姐ぇチャン。傭兵の金の使い方なんてそんなものでしかないが、彼らの士気は如実に上がったのだ。


『銀二〇〇ビスはこの丘の向こうだ!』

『悪いな。賞金は俺達のもんだ!』


 その時、軽戦車38Mトルディーを母体に三十五ミリ砲を搭載した【アケロン】が軽快なエンジンとともに加速を開始した。


『ず、ずっこいぞ』

『はっ、それがどうした!? 早い者勝ちだぜ!』


 皆が見ている前で軽戦車【アケロン】は丘を登り切り稜線の向こうへと進む。


『さあ、銀二〇〇ビスはどこにいるかなあ?  ひっ!?』


 しかし爆音がして【アケロン】の車体が煙に包まれた。

 敵は稜線の向こうに隠れていてこちらが姿を現すのを待ち伏せていたのだ。

 しかし他の戦車は速度を緩めることなくさらに稜線目指して駆け上がった。


『はっ、ざまあみろ!』

『抜け駆けしようとするからだぜ!』


 味方が被害を受けたというのに薄情極まりない言葉が行き交って仲間意識は欠片も感じられない。みんな競争相手の脱落を喜んですらいた。

 みんな一気に斜面を駆け上って敵に肉迫しようとしていた。

 しかし両線を越えたその時、中戦車【バッカス】が至近距離から砲撃された。

 居所を晒した敵は、逃げるために稜線から遠ざかろうと後退している。そう思い込んだのが運の尽き。逆に体当たりする勢いで迫ってきていた【ナナヨン】に左側の履帯に主砲を押しつける距離で破壊されたのだ。


「くっ、まさか前に出てきてるなんて!」


 パニック状態に陥った【バッカス】は右の履帯だけで前進し大きく左を向く。


「く、馬鹿野郎。そんなところに居座ったら邪魔にしかならんだろうが!」


 ガネラは怒鳴る。

 味方の巨体が邪魔で撃てない。

 しかしそう思ったのはガネラだけで他の傭兵は違った。


『撃て!』


 シ・アンの号令に躊躇いなく応え、味方の【バッカス】諸共に粘着榴弾を打ち込んだ。

 弾薬庫に砲弾を喰らった【バッカス】はたちまち炎上。

 対する敵【ナナヨン】は【バッカス】を楯にした勢いそのまま、稜線を越えて急斜面を下っていった。

 ガネラは敵の後ろ姿を追って【カンヘル】の砲塔を回旋させる。

 戦車の弱点とも言える後尾がすぐそこにあるのだから狙う好機だ。


「ふ、俯角が!?」


 しかし丘を登り切った頂上から下り斜面にいる敵を狙うには俯角が足りない。


「くそっ! 超信地旋回、右だ! 急げ!」


 えっちらおっちら【カンヘル】を旋回させ、どうにか射撃できる位置についた頃には【ナナヨン】は斜面を下りきっていた。


「急げ急げ急げ急げ、撃て!」


 ガネラの号令に、砲手のパレランが慌てふためきながら主砲の撃発ペダルを踏み込む。

 しかし砲の上下振動が収まらないうちに発砲したため、砲弾は【ナナヨン】から大きく逸れて頭上を高く飛び越えた。


「ここで外すのかよっ! 折角のチャンスなのに!」

『あんたが急かすからだっ!』


 敵【ナナヨン】は砲塔左右に取り付けた筒を空中へと打ち出した。

 それらは真っ赤な炎とともに破裂すると、白いカーテンでも下ろすような勢いで周囲に大量の煙をまき散らした。

 敵戦車は白い煙幕の中に滲むようにして姿を消した。



「これで損害は七。残りは五」

『ってことは、戦えるのはたったの五両ってことか?』

『たったのじゃない! 五両もだ! こっちの戦力は敵の五倍もいるんだぞ!』


 下り斜面であるのに任せて各車は速度をいっぱいに上げた。


『いけいけっ!』

『ひゃっはー!』


 傭兵達は荒々しい喊声を上げてガネラの【カンヘル】を追い抜いていく。

 しかしその時、白い煙の中から同軸機銃の弾丸が飛来。パチパチと戦車の装甲に当たって弾けるそれは対人用の機関銃弾だった。


『豆鉄砲だと!? んなのが戦車に効くかよ!』

『奴ら意味のない攻撃で、わざわざどこに隠れているか教えてくれてるぜ!』


 飛んでくる弾丸はもっぱら【バッカス】の右履帯に集中している。

 すると下り斜面を勢いに任せて性能限界を超えて速度を出していた【バッカス】の履帯を構成する接地プレートを繋ぐピンが音を立てて弾けた。


『あ、やべえ!』


 鉄の履帯がたちまち分解。外れた転輪が蛇のようにのたうつ。

【バッカス】は止まるに止まれず車体は大きく向きを変えた。


『あわわわわわ!』


 側面を敵に晒した途端、【バッカス】の横っ腹に百五ミリHEAT弾が突き刺さった。

 その隙を突くようにして中戦車【モブシャ】と、軽戦車【ラミア】――ハリーホプキンスの車体に四十五ミリ砲を載せた以下略――が左右に分かれ白煙の向こうに隠れている敵を左右から挟み込むように突き進む。

 しかし敵【ナナヨン】はそこにはいない。


『な、何!?』


 そして、下から突き上げるような爆発が起きた。

【モブシャ】【ラミア】の二両はわずかながら車体を浮き上がらせて再び落着。爆煙の中で沈黙した。


「な、何だ!? 今、いったい何が起きたんだ!?」


 ガネラが怒鳴とシ・アンが返事した。


『多分、地雷かそれに類するものだ』

「んなもんが奴らの手にあるって分かってたのなら、教えておいてくれよシ・アン!」


 そんなものを敵が使っているてわかったら怖くてもう前には進めない。


『だから黙っていたんだろうが!』

「くそっ! この敵は【ギーブル】【カンヘル】だけで、どうにかなるのか?」

『どうにかなるか、じゃない! どうにかするんだ!』


 超重戦車【ギーブル】の百二十ミリ砲が【カンヘル】へと向けられる。


「おいおいおい、まさか脅そうってのか?」

『お前達こそ、たった一両の戦車を相手に尻込みしているのか? 仕事料の前金は払ったはず。一旦請け負った仕事は完遂して貰わないとな』



 日干しレンガとは、草などと一緒に泥をこねてレンガの形状に成形したものを、天日干しして水分を抜いただけの代物だ。

 詰まるところ、遺跡の建物はただの土でできている。そのため神殿、家の遺跡は朽ちて風化してどんどん土へと還って行く。

 かつて人々が暮らしていたであろう痕跡の隙間を【カンヘル】は、ジワジワゆっくりと進む。

 驚いたことに遺跡の街路は石畳で舗装されていた。

 降り積もった土埃のために見えなかったが、履帯に響く硬い感触と甲高い音がそのことを示していた。

 遺跡には地下墓所もあるようだ。

 戦車からでは底が見えない奈落がそこかしこで口を開けていた。


『この遺跡って何年ぐらい前のものなんだろ?』


 通信手のアーカスの呟きをきっかけに雑談が始まる。


『さあ、千百年くらいじゃないの? まだ荒茫大陸が一つの国だった頃のだって言うし――おっとっとっ滑る滑る』


 操縦手ガネッサが滑りやすい道に悪戦苦闘している。


『こんな荒原まで人間が住んでいたなんて信じられねえよ』


 すると装填手用ハッチから身を乗り出して戦車の左側を警戒するパレランが言った。

 ガネラは車長用ハッチから右側を警戒しながら苦言を呈す。


「お前達。頼むからぺちゃくちゃ喋くってないで集中してくれ」

『うるせえなあ。怖いんだよ! 緊張すんだ! お喋りしないと耐えられねえんだ!』

『そうだそうだ! 俺達に無駄話くらいさせろ!』


 そんな【カンヘル】の後ろを少し離れて【ギーブル】が続く。

 敵が【カンヘル】を攻撃して居所を暴露したら【ギーブル】が仕留めるという、実に分かりやすい役割分担だ。

 囮にされる身とすれば、無駄口の一つも叩きたくなっても仕方がない。

 その時、突然、【カンヘル】が停止する。

 車長の自分が指示してもいないのに止まったことを訝しく思ったガネラは、プレストークスイッチを押す。


「どうしたガネッサ?」

『前を見ろよガネラ』


 路上、廃墟街の中通り交差点中央の道にさしかかったあたりに、皿形をした金属製の物体が鎮座ましましている。


『奴らは俺達を右か左に行かせたいってことっすね』


 右は上り坂、左は下り坂。しかもなかなかの急斜面だ。


『どうした? 何をモタモタしている?』


 シ・アンの苛立った声がインカムから聞こえる。


「分かれ道の一つに地雷らしき物が置いてあるんだ。奴らは俺達に真っ直ぐ進んで欲しくないらしいぜ」

『では真っ直ぐいけ』

「真っ直ぐ行ったら地雷を踏んじまうだろう!?」

『邪魔ならどければいいだろう?』

「どうやって!?」

『手でだ!』



 中戦車【カンヘル】からから降りたパレランがキョロキョロと周囲を警戒する。


「大丈夫か?」


 ガネラは周囲へ警戒を怠らないようにしつつ尋ねた。


「待ってくれ。今調べてみる」


 パレランは恐る恐る進むとその物体を指先で軽く突いた。


「気をつけろ。爆発させるなよ!」

「脅かすなよ! いや、ちょっと待て、大丈夫みたいだ」


 パレランは数回触って変化がないことに気づくと地雷に両手を伸ばす。


「な、なんだこりゃ!?」


 そしてそれを持ち上げると素っ頓狂な声を上げた。


「ど、どうした?」

「こいつは、ただのアルミの皿だぜ!」


 パレランは皿を壁に向かって投げつけた。


『くそっ、馬鹿にしやがって!』


 その時右方からエンジン音がした。坂の上に【ナナヨン】が姿を現したのだ。


「ちっ! 注意を地雷に引きつけておいて、その間に俺達を仕留めようって寸法か!?」


 ガネラは舌打ちすると砲塔に潜り込んで砲を敵へと向ける。


「てっ!」


 ガネラの射撃は正確性を欠いて敵に命中しない。しかし牽制の役目は十分に果たしていた。

 敵は奇襲に失敗したことを悟ると大きく後退して遺跡群の隙間に姿を消したのだ。

 ガネラはパレランに告げる。


「次弾はAPCR! 急げよ!」

「高速徹甲弾を使うのかよ!? 一発、銀二〇ビスもするとっておきなんだぞ!」

「とっておきを抱え込んだままやられちまってもつまらんだろが!?」


 ガネラは続いて操縦手に【カンヘル】を方向転換させる。そして斜面を登るように指示した。


『ガネラはそこで敵の注意を引きつけていろ!』


 矢継ぎ早な指示の合間にシ・アンからの命令が入る。

 斜面を登りだした【カンヘル】の後ろを【ギーブル】が通り過ぎていった。

 地雷の仕掛けてあった通路を直進し【ナナヨン】の背後へと回り込むつもりらしい。

 そこで【カンヘル】は一気に斜面を登る。登ろうとした。

 しかし坂の途中で履帯の空転がはじまった。


「どうしたガネッサ。どうして前進しない?」

『履帯が石畳に引っ掛からなくて滑るんだよ!』


 隙間なくぴっちり敷かれた石畳と、それに積もった塵の層が履帯を空転させる。


「増速だ! 増速!」


 アクセルを踏み込んでも履帯が激しく回転するばかりで車体は少ししか前進しない。

 下手にアクセルを緩めるとズリズリと後ずさってしまうほどだ。

【カンヘル】がそんなことをしている間に、街路を抜けて敵の後ろへと回り込もうとしていた【ギーブル】が砲撃を浴びた。


「敵の待ち伏せだと!?」


 しかし分厚い装甲で守られていることが幸いしたのか重戦車【ギーブル】の動きは停まらなあ。


「シ・アン!? 無事か!?」


 ガネラは慌てて呼びかける。

 しかし二発三発と立て続けに弾を喰らうと、さすがの【ギーブル】も沈黙した。


『雇い主がやられちまったら残りの半金はどうなるんだ!? 銀二〇〇ビスのボーナスは!?』

『んなことより生き残るのが先だ! ガネラ、逃げよう!』


 しばし呆然としていたガネラだが仲間の声に我に返った。


「よし、前進やめ。後退だ!」


 前進を止めた【カンヘル】はズリズリと後ろに下がり始めていた。そこに後進をかけたから下り傾斜の勢いも混ざり【カンヘル】は勢いよく後退を始めた。


「よし、止まれっ! と・ま・れ!」


 しかし履帯の回転が停まっても車体はその場に留まらなかった。

 勢がついて交差点を通り過ぎて次の下り斜面までずり落ちていったのだ。


「おいおいおいガネッサ、何をしてる?」


 勢いづいた戦車は止まらずに斜面を滑る。そしてその先に口を開いた地下墓所への大穴に中戦車【カンヘル】は向かっていた。


「止まれ止まれ止まれ! くそっおおおおっ、誰か止めろ!」


 ふわっとした墜落の浮遊感。そしてそれら続く強烈な音と脳天や鼻を抜ける衝撃と共に戦車傭兵ガネラの意識はしばしの間途絶えることになった。

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