第十章 その3


 ギャッキ達の戦車が土煙を巻き上げながら去って行く。


「すみません、ゴートさん。乗せて下さい」


 それを見送ったコーはトラックの助手席にいるゴートに声をかけた。


「なんだ。ギャッキと行かなかったのか?」

「非戦闘員を乗せる場所なんて戦車にはねえぞって叱られちゃいました」

「しかし、カーリェには行かないぞ。儂にはこれから行かねばならんところがある」

「クラップフでしょ? 良かったら話し合いにご一緒にさせて下さい。いろいろと勉強したかったところなんです。オレ、ギャッキさんに拾われたばかりなんで、早くお役に立てるよう立ち回りを学ばないといけなくて……」

「ならば、ギャッキに教われば良いだろう?」

「オレ、戦車傭兵になりたいわけじゃないんです。そりゃウルフパックに入れて貰えたら嬉しいんですけど、ブ・ラックさんが怖くて。気に入らない部下、失敗した部下をすぐに射殺するって噂があるし……」

「儂から何を学ぶつもりだ?」

「ゴートさんはミグルン家に長年潜入した功績が評価されたって聞きました。情報工作とか、調査とか、潜入して相手の信頼を勝ち取るコツみたいなものがあったら教えて貰えたいなって」

「間諜なんてのは倣ったり教えて貰ったりしてなるもんじゃない。それに儂は元からミグルン家にいた。潜入なんかしとらんのだ」

「ミグルン家に仕えたまま主変えをしたってことですか? それって旧主に対する罪悪感とか湧かないものなんですか?」

「主替えなんてしてないからな。儂が忠誠を誓っていたのは先代の奥方様だ」

「奥方様? レオナ嬢の母君ですか? その方は今は?」

「随分に前に亡くなった。お体の弱い方だったから仕方ないが、おかげで儂は忠誠心を向ける相手を失った」

「ガレスやレオナ嬢は、忠誠心を引き継ぐにはふさわしくなかった?」

「ガレスは妻を亡くして嘆くだけだったし、当時のレオナ嬢は子供でしかなかった。仕える相手を失ったばかりの儂にはマ・ゼンダの剥き出しの向上心が快く見えた」

「今は違うみたいな口ぶりですね」

「レオナ嬢は良い子に育った。ただ安穏な環境の中にいては今以上の成長は望めない。逆境に晒された彼女がこれからどのように変貌するか楽しみだとは考えている」

「マ・ゼンダってどういう人物なんです?」

「なんでそんなことを聞く?」

「ギャッキさんがマ・ゼンダさんにあんまり良い感情を向けてないみたいなんで、マ・ゼンダという男とどう接するべきかを考えなきゃなりません」

「世渡りには大事な視点だな。しかし自分の立ち位置を簡単に他人に悟らせるな。お前が誰かを品定めしている時、自分自身も誰かから品定めされていると思え」

「あ、大丈夫です。俺の軸足がギャッキさんだってことは動かないので。で、ギャッキさんはウォリルさんのことお好きなようです。でもウォリルさんは、マ・ゼンダにしか興味が向いてない。だからギャッキさんは始終イラついている。オレとしてはどうしたらギャッキさんが喜ぶだろうと考えています」

「ギャッキは、ウォリルの機嫌を取りたがってるのだな? それで儂に貼り付けと?」

「やっぱりあからさま過ぎますかね?」

「ウォリルが儂を疑っているのは知っている。そんなことは別にかまわんが――ふむ」


 ゴートはしばらく考え込む。待つことしばし。


「まあ、いいだろう。教えるなんて上等なことは儂には出来んが、見て盗めば良い」

「ありがたいです!」

「とは言え連れ回すにはまず、お前はその見てくれを何とかする必要がある。人間という生き物はどうしたって見た目で相手を評価ものだからな。まずは靴を磨け」


 ゴートはコーを自分のトラックに乗せると、まずその浮浪児然とした外見からなんとか直せと指摘したのだった。


    §    § 


 カンダハレルの穀物をクラップフへと運ぶコンボイを護衛するフォクシー達の任務は、予想に反して平和裏に終了した。

 道中で戦車盗賊が現れると踏んでいたのだが、全く姿を現さなかったのだ。

 おそらくはカンダハレルの農民が手強い戦車傭兵――フォクシー達のことだ――を味方に付けたことが、周辺に潜伏している盗賊共に知れ渡ったからだろう。


「あんたらのお陰だ。助かったよ。約束どおりここまででいいぜ」


 今回の護衛任務はクラップフまでの往路のみ。

 復路はカンダハレルの農民の親戚が立ち上げた新人の戦車傭兵カンパニーに護衛させるのだとか。まずは身内仕事で実績を積み重ねさせてあげようということらしい。

 するとフォクシー達よりも二つか三つくらい年上に見えるメス猪を車長席に載せた【ゴランド】が三両、一列縦隊で進んできた。

 猪だけではない。

 イヌやら猫やら、鼠、フクロウといった様々な種族のメス達が乗っていた。

 ただ先頭の戦車が加速したり減速したりする度に、後続車との車間距離が詰まったり、大きく開いたりが繰り返される。練度はまだそんなに高くないようだ。


「あれがそう?」


 フォクシーは雇い主に尋ねた。


「ああ。村には食い詰めの若い連中が大勢いるからな。そう言う奴らの就業先に傭兵カンパニーを立ち上げさせてみたんだ」


 農村地域は食糧が豊富だから多産種族は数が増えやすい。

 しかし次男次女以降の子供は親から引き継げる農地がないので村から出て行くしかない。

 そうした者の多くは街に出て商家や工廠の労働者となる。

 しかしそんな働き口だって無数にあるわけではないのだ。そんなあぶれ者のためにゴランドとは言え、戦車を用意してくれるだけ親心なのかも知れない。


「ベテランを指導者に雇ったりとかは?」

「あんた達にも出来るんだから指導者なんていらんだろ? 名付けて戦車傭兵カンパニー・アマゾネス。どうよ? なかなか頼もしそうだろ?」


 フォクシーは感想を求められて答えに困った。


「うん、まあ……そうかもね」


 これで盗賊と戦うのはちょっと厳しくないか? というのがフォクシーの本音だ。

 しかしこの付近の盗賊はフォクシー達によって一掃された。

 今回に限って言えば、彼女らが依頼を達成することは難しくないのだ。そしてアマゾネスはその実績を喧伝して次の仕事を獲得することなる。

 しかしそれは命を賭け台に乗せた毎日が始まることを意味する。

 運が良ければ彼女達は次の仕事にも成功する。だがその次は? さらにその次は? 彼女達が生き残るには賭けに勝ち続けるしかない。

 ギャンブルに似たこの毎日を勝ち続けるには敵に優越する『強み』が必要だ。

 戦闘の才覚、注意深さ、経験、そして戦車の性能――。そういった諸要素の中にある弱みを敵に突かれた時、戦車傭兵は死ぬ。

 だから戦車の性能を万全に発揮できるよう保ち続けなければならないのだ。

 そのため整備費用と部品代、弾薬と燃料代が必要だ。

 だが損耗が高じてくると稼ぐために戦車に乗っているのに、いつの間にか戦車に乗るために稼ぐようになってくる。口にしても仕方がないが、それが大半の戦車傭兵の生き様だ。

 部品代を稼ぐため好まない仕事、危険な仕事、嫌な仕事を引き受ける。ついにはどこで誰と戦うのかを決める自由がなくなって、最後には強い敵、多数の敵が相手でも突き進むしかなくなってしまう。最後に待っているのは死だ。

 そんな険しくも厳しい道へと立ち入ってきた連中に、フォクシー達がしてやれることは何だろうか。

 考えてみればフォクシー達は幸せだった。

 良い出会いがあった。良い戦車と師匠に恵まれた。

 師匠は口やかましくて嫌なことばかり言うおっさんだったが、結局はフォクシー達の為になることしかしなかったし言わなかったのだ。

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