第2話 新しいチャレンジ
事務所に帰ると、心配したように小園が迎えてくれる。申し訳なさそうにと思っていたが、さっきまでのやりとりで、素直に謝る気にはなれなかった。睨むように視線を向けたまま、小園の前に立った。
「心配したよ。急に飛び出して行くんだから」
小さな頃から見守ってくれていた小園は、俺と同じくアイドルを目指していた先輩でもある。夢半ばでアイドルを諦め、二十歳のときに裏方へ転身。見習いマネージャーを経て、僕のマネージャーとなった。
兄的な存在でもある小園ではあるが、『芸能界引退も』と言われたことにどうしても胸のモヤモヤは消えてなくならない。
「そんなに睨んでも、何も解決作はないよ。俺は、湊のダンスも歌も上手いと思って……」
「上手いだけじゃ、この様じゃないか!」
思わず叫んでいた。驚いた表情を一瞬した小園だったが、ふっと優しく笑いかけてくる。それすら、今は、勘に障る。もう一言言ってやろうと、口を開きかけたとき、小園がポツリとこぼした。
「俺は、お前を支えるためにマネージャーになったんだ。お前が……湊が、アイドルのトップに立ちたいと夢を語ったから、後押ししたいって!」
笑っているのに、どこか悲しげな笑顔に息が詰まる。何も言えず、さっきの怒りやモヤモヤも薄れ、次の言葉を待った。
「初めて会った日、上手く踊れなくて燻ってた日、褒められて喜んだ日。俺は、湊が積み重ねてきた日々を知っている。隠れて踊っていたことも、誰より真摯に向き合ってきたことも」
小園の瞳が揺らいだ。その瞳から、目が逸らせずにいたら、抱きしめられる。急なことで、振り払うことはできず、呆然と立ち尽くした。
「湊、頑張れとは言わない。ただ、何かを変えなければ、上にはいけないんだ。輝かしい道は、自分でしか切り開けない。俺がそうだったように」
間近で聞こえる小園の声はとても心地よい。ずっと、小園を追いかけてきたのだから、当たり前なのかもしれない。アイドルとして表舞台に立たなかった小園ではあったが、アイドルになりたいと努力を積み重ねてきた小園を誰よりも尊敬していた。
「俺には無いものを湊は持っている。ダンスも歌も誰よりもうまい。そこにもうひとつ、変革のときがきているんだ」
抱きついていた小園が距離をとる。両腕に手を添え、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。自分でも、戸惑っていることがわかる。どうしたら上に行けるのかと焦る気持ちも、崖っぷちに立っていることも仕事の少なさに感じていた。ライバルだと世間から言われたwing guysはアイドルのてっぺんにいて、それに比べ僕は何物にも成れず燻っている。
「……ユニットを組んでみないか? 湊の魅力をもっと引き出してくれるような相手を探して」
「それって、僕だけじゃダメってことじゃ!」
「厳しいことをいうとそうだ。でも、まだ、湊は若いんだ。新しい出会いが、新しい湊を引き出してくれる……そんな予感がする」
俯いてしまう。今まで、一人でステージに立っていた。辛いときも苦しいときも、たった一人で。ファンにすら「売れない」と言われていた僕が今まで何も感じないわけがない。
……それじゃあ、ダメだってことか。僕の実力では。
大きなドームやステージで歌ったことはなくても、ファンはいた。再度突きつけられる現実に打ちひしがれそうになるが、それを許さなかったのは小園だった。しっかりこちらを見て頷く。
納得はできない。でも、やるしかないなら……。焦りと不安が広がる。
「ユニットって……もう、メンバーは決めているの?」
「湊の了承を得てからとは思っていたけど、何人か候補を上に上げてる。その中で、湊をより引き出してくれる人物を探すつもりだ」
まだ、決まってないのか。事務所が次に売り出したいやつを僕の相棒として連れてくるんだろうな。こんな俺でも、知名度はそこそこあるから、話題にはなるだろうし。
「わかった。ユニットやるよ。僕も相棒になる人物の選考は入ってもいいですか?」
「もちろん! 他ならない湊の相棒だから」
僕一人でだめなら、信頼できる相棒と一緒にか。考えたこともなかった。
先ほどまでの緊張感はとけ、少しだけ空気が和む。
明日のスケジュールを確認して、今日はマンションまで送ってもらうことになった。
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