第41話 湊にとっては、夢の始まりか?

「せーので、見るからな?」

「湊……大丈夫だよ。心配はいらないって!」


 たった今小園に貰った紙を手に持った瞬間から、緊張が体中を巡っている。独占取材の前に事務所で、1週間前に世界同時に発売したジストペリドのデビュー曲『go forward』の初回ランキングの確認をするために、陽翔と頭を突き合わせているところだった。


「だって……3桁とかだったら、もう、僕が耐えられない!」


 震える手を見つめる。苦い想い出ばかりしかない、新曲の初回ランキング。確認するのが、とても怖くて震えた。そっと、僕の震える手に重ねるように、陽翔が大丈夫だと触れる。自然と震えは消え、陽翔を見てひとつ頷いた。


「湊、今は売れないアイドルじゃないだろ? 『シラユキ』はどの売り上げランキングでも1位! それも7週連続だよ? これから、どんどん、湊は注目されていく。見向きもしなかった人が、湊を見ているんだよ? 今まで、wing guysにできなかったことをやってのけたんだ。あの後、他のCMもドラマも映画の主演だって決まっただろ?」


「大丈夫だよ」と背中にそっと陽翔の手が添えられると、大丈夫だと思えてくる不思議。



 デビューCDの発売が決まり、数日前、音楽番組に生出演した。司会はあのときの芸人。『シラユキ』が化粧品のCMとのタイアップで爆発的に人気を取ったおかげで、調子のいいことに、友人気取りで話しかけてきたことは覚えている。


 ……人間って、こんなにも変わるものなのか。


 売れないことで馬鹿にしていただろう芸人に笑顔で『友人になった覚えはないですね?』と言ってしまったことは忘れない。

 それより、デビューが決まったあと、初めての生放送に緊張をしていた陽翔の様子をずっと見ていた気がする。「大丈夫」という陽翔の言葉は震えていた。いくらレッスンをしたからって、初めて上がるステージは緊張しないことはない。

「歌の準備をお願いします」と軽いトークのあと、僕らはステージに移動した。


「今日歌っていただくのは、如月さんがソロで活動していたときに発売された『シラユキ』と、もうすぐ発売のジストペリドのデビュー曲『go forward』の2曲です。如月さんがソロからユニットへの転身も驚きましたけど、今夜はあの化粧品のCMのお二人が『シラユキ』を歌っていただけると思うと楽しみですね!」


 アナウンサーの曲紹介の間にヘッドセットつけ、お互いを確認し定位置につく。そのとき、珍しく「湊」と不安そうに呼ぶので駆け寄った。両手を前で祈るようにしているので、その外側を包み込み、おでこをコツンと当てる。


「ヒナなら大丈夫。あんなに練習したんだから。『シラユキ』の入りは、覚えているよね?」


 頷く陽翔。もう、曲が始まる。定位置へ急いで向かうには遅いだろう。この震える陽翔を置いて、どこにも行けない。


 いつも強気なのにな。こういうところ、可愛いよな。


 ライトがパッとつく。ステージの真ん中で二人、手を取り合っている様子に観客が驚いている。


 陽翔に、陽翔だけに耳元で囁くように歌う。


「I think about you. I just wanted to tell you」


 曲が進む。ハッとしたように俯いていた陽翔はこちらを力強く見上げてくる。「もう大丈夫」と笑うので、そのままの演出で定位置にわかれる。ハプニングの内に入らない些細なこと。陽翔の目に光が灯れば、最強の相棒だ。

 さっきの弱々しい陽翔はどこへ行ったのかと思えるほど、息ぴったりの歌にダンスにと、想像していた以上に出来がいい。


『 And I Love you... 』


 最後のフレーズをハモりながら、陽翔へと手を伸ばして視線を向ける。同じように手を伸ばしている陽翔と目が合った瞬間、ニコッと笑うので、僕も笑いかけた。


 ……いいように緊張もほぐれたようだ。これなら――。


「改めまして、こんばんは! ジストペリドの如月湊です!」

「Hinatoです!」

「僕たちがユニットになって初めての新曲『go forward』、聞いてください! 僕らと一緒に夢を追いかけましょう!」


 アップテンポな曲の始まり。デビュー曲だけあって、『僕らの夢を追いかける』というテーマになっている。

 客席を煽れば、応えてくれる観客たち。ファンだけじゃなく、『シラユキ』効果のおかげか、会場全体が僕らを後押しするように、盛り上がってくれる。


『 そうさ どこまでも続く 夢を見ていようよ

   待ち侘びた君の笑顔が 今も僕らを突き動かしている

    真っ直ぐに 追いかけてた 僕らの夢を叶えるため

     だから僕らは今でも 前に進み続ける      』


 ……なかなか、よかったんじゃないか?


 荒い息を整えながら、隣の陽翔を見ると、僕以上に荒い息を整えるのに必死だ。緊張もあって、思うようにいかなかったところもあったかもしれない。ただ……、視線に気がついた陽翔が、ちょっと驚いた表情をしたあと、最高の笑顔をこちらに向けてくる。

 親指を立てて、「やったな!」と口パクでいうので、僕も同じように返した。そのまま捌けていかないといけないので、ひとつ大きく息を吐いて、観客席を見た。笑顔を作って、「ありがとう!」と大きく手を振る。陽翔も真似をして手を振っていた。まだ、息は整わないので、手だけである。僕らを応援してくれる声は、僕らがステージから降りるまで、鳴りやまなかった。



「見るぞ、よし、見るぞ?」

「湊、何回目……」

「今度こそ!」


 何度同じことを繰り返していただろう。呆れる陽翔と小園に見守られていたが、しびれを切らした陽翔が僕の手から紙をひったくっていった。

 僕との間で、先に陽翔が見ている。下から順番に見ているらしく頭が下から上へと上がっていった。次の瞬間、目が合った。そのときには、陽翔に抱きつかれていて、僕は何が何やらわからず、ポカンとする。


「湊! やった、やったぞ! 1位だ!」

「えっ? 本当に?」

「本当! 今週、wing guysもCD出してたよな?」

「……確か」

「勝ったぞ! ジストペリドと湊で1,2だ!」


 信じられずにいた僕に「ほら!」とさっきの紙を見えるよう少し離れて、肩を抱く。ここしばらくの快進撃も僕には夢心地であったのに、紙が涙で歪んで見えなかった。小園の方を見れば、目頭を押さえている。


「……ヒナ、ヒナ、ヒナ!」

「湊、やったな!」


 コクコクと頷き、嬉しすぎて、うぅ……と嗚咽に変わる。「よくがんばった」と頭を撫でてくれ、そのまま陽翔の肩に頭を預けた。


「あぁ、そんなに泣かない。これから、取材もあるのに……。もぅ、小園さんも! 二人して嬉しいのはわかるけど、これからだろう? 社長と話してたツアーもあるし、世界進出もあるだろ? 他にも夏のフェスに年末の歌番組に……」

「年末の歌番組は、気が早いよ……ヒナぁ」

「早くないさ。これだけ、『シラユキ』が流行っているんだから、決まるよ」


 子どものようにわんわん泣く僕の背中を優しく撫でながら、「まだまだ、これからだ!」と力強く言ってくれるので、僕も泣きながら頷いた。


「な、なんだい? これは……」

「あっ、社長!」

「湊に小園まで……」


 ぴらぴらと陽翔が僕の握っている紙を腕ごと持ち上げてみせると「見たのか」とほくそ笑む。


「そんな湊と小園にもうひとつお知らせだ」

「……なんですか……もう、そんなに驚かないですよ?」

「東京のドーム。決まったぞ! ツアーのラスト公演だ」

「えっ! ドームが決定ですか?」


 嗚咽混じりの涙は、スッと引いていく。僕の夢のステージにやっと立てる。あまりの嬉しさに、逆に冷静になれた。


「湊にとっては、夢の始まりか? その前に何か国か回ることになるから……パスポートを取っておいてくれ! それと……」

「……まだ、あるんですか?」

「何を言っている……取材だ、取材! 独占取材を受ける約束していたんだろ?」


 大きなため息とともに、時計をトントンと叩く社長。もう、約束の時間は迫っていて、慌てて陽翔と小園の三人で部屋を出た。

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