えぴろーぐ
第40話 改めまして……ジストペリドの如月湊とヒナトだ
レッスンに向かえば、事務所の前で陽翔と合った。昨日の今日で、僕の方は何だか恥ずかしくて、ボソボソと言葉を交わすだけで終わる。そのまま社長室へ向かうようにと受付で言われたので無言のまま部屋に入った。
「社長、あのCM……」
「なかなかよかったんじゃない?」
「よかったって……ヒナは顔を出さないっていう約束だったはずですよ?」
「そう言ってたね、月影くんも」
スッと悪い大人の顔をする社長。
……あぁ、割り切れっていうことなんだ。でも、ヒナは……。
チラリと陽翔の方を見れば、弥生に何か言われていたのか、悪い顔の社長に微笑みすらしていた。
「悪いけど、今回は、ビジネスとして受け入れてほしい」
「ビジネスとして?」
「まぁ、大人の事情ってやつだな。陽翔くんは、今回のこと、どう思った?」
抗議している僕をそっちのけで、陽翔に話を振った。すでに弥生には社長から了承済みらしく、今回のCMは進めたらしい。
「大人の事情ってことは、今後のデビューに関係しますか?」
「そうだね。察しが良くて、助かるよ。今、もう、陽翔くんのこと、問い合わせがすごいあるそうだよ? まだ、どこにも出ていないからね。うちの所属にすら載ってない新人ホヤホヤだから」
満足そうな社長を睨みつける。社長がやりたいことはわかったし、デビューの話に繋がるなら仕方がない。ただ、事前には伝えて欲しかった。
「そんな怖い顔しないの。湊もいい表情してくれてたおかげもあって、今回、陽翔くんの顔出しを提案してるんだから。今後に期待だな」
せっかく集まっているんだからということで、レッスンの前に今後の話をすることになった。
「湊はもうフルネームで出てるから、そのままで。陽翔くんはどうする? 高坂で出る?」
「父とも話したんですけど、Hinatoでいこうかと。苗字が今後の活動に邪魔にならないように。いずれは、両親のことが世間に出てしまうかもしれませんけど、俺は俺として、湊と夢を追いかけたいです」
社長が頷くので、決まったようだ。「……次は」と、呟きながら、書類をめくっている。
「マネージャーは、湊と一緒で小園が担当ね? いいかい?」
「もちろんですよ! 社長」
「2倍になるけど、フォロー必要なときはいつでも言って」
「わかりました! 遠慮なく」
「頼むよ。ヒナトのアー写と二人のアー写を撮って欲しいんだ。近々時間作って、行ってきて」
「わかりました」
「そうすると……」と、机を指でトントンと叩き始めた。社長のくせではあるが、少し身構えてしまう。
「残るはユニット名だね? なんか案があるなら聞くけど?」
「社長は何かありますか?」
「まだ、何も。思いついているなら、言ってごらん?」
挑戦的な視線を向けてくる社長に陽翔の方を見ると何か考えているらしい。
少し待ってみようか。
僕はネーミングセンス皆無なので、できれば誰かに任せてしまいたい。期待をして、陽翔の方を見ていると、社長が笑い始めた。
「どうかしましたか?」
「湊がちゃんと弁えてると思って」
「一生ついて回る名前に、僕のセンスを問われても困ります」
苦笑いの社長と小園はちゃんとわかってくれているらしい。二人からも陽翔へ自然と視線が向かう。
「そんなに期待されてる感じですか?」
「「「もちろん!」だ」よ!」
三人の声が綺麗に重なる。余程、僕には期待されていないことがわかる。
「被ってる。くくっ、責任重大じゃないですか!」
「湊、全くセンスないからね?」
「わかってるので、言わないでください」
拗ねたように社長を睨むと、陽翔がさらに笑い始めた。お腹を抱えて笑っているので、「大丈夫か?」と問えば、頷いてる。
「あぁ、腹痛い。湊も社長も笑わせすぎ」
「……ご、ごめん」
「いや、いいよ。そんな」
「何か紙はありますか?」と尋ねる陽翔の前に、社長がノートを置いてくれた。書いてもいいか確認をしてから、何やら書き始めた。
「考えたんだけど……、湊が如月で2月だろ?」
「あぁ、そうだな?」
『湊、如月、2月、アメジスト』とノートへサラサラと書いていく。
「俺が、葉月で8月っと」
「そ、そうだな?」
『陽翔、葉月、8月、ペリドット』とその下に書き込まれるのをじっと見つめた。もちろん、社長も小園も一緒にのぞいている。
「造語で……ジストペリドってどう?」
「誕生石で知られるアメジストとペリドットを名にしたのか」
「なるほど、それはおもしろい」
「それじゃあ、葉月って……バレない?」
「どうだろう? 俺の誕生日もたまたま8月だし」
「僕の誕生日もたまたま2月」
「じゃあ、お互いの誕生日から取りましたでいいね。決まり! ジストペリドか。なかなかいいな。誰かさんなら思いつかない!」
社長をジロッと睨んだが、笑っている。何がそんなに笑えるのかと見ていたら、急に顔つきが変わった。
「今日から、改めまして……ジストペリドの如月湊とヒナトだ。よろしく頼む!」
「「はいっ!」」
「世界のてっぺん、取ろうぜ!」
コクと頷く。まだ、僕には想像もできないが、いつの日にか……東京のドームをいっぱいにして、世界にも出られたらいい。
「じゃあ、ユニット名も決まったことだし、デビュー曲、渡すぞ?」
「えっ? もうですか?」
「鉄は熱いうちに打て! だぞ? 湊。CMがいい起爆剤になりそうなんだ。1ヶ月後、デビューと洒落込もうじゃないか!」
僕の評価が変わり始め、CMで陽翔の起用が絡み、世間様には、どうやら僕らが旬な話題らしい。
「次の売上ランキング、湊は必ず上がってくる。これから、CMがバンバン流れるからな。雑誌の表紙の話も来るし、売り時だからな! 見誤るなよ?」
「社長!」
「まだ、陽翔くんのことは、秘密。公然のとついても構わない。ひと月後、世間を騒がせよう!」
三人が頷く。もらったデモと歌詞を見て、「課題に取り込むように」と社長の期待を背に、社長室を出た。向かうはボイトレ。デモを聞いて、僕らは走り始める。
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