第42話 かけがえのない友人を見つけた……そっちの方が、大きいかと

 約束の時間ギリギリになって、部屋に飛び込んだ。


「遅くなって、すみません!」

「あぁ、いや、大丈夫だよ。単独取材、本当に受けてくれるとは思わなかったよ」


 相変わらず草臥れたスーツを着ている目の前の記者が、僕らを見て笑いかけてくる。あの日のようなやらしさはなく、純粋に応援しているというふうなものだった。


「改めまして、私、雑誌で記者をしています、神有月五郎と申します。この度は、弊社の単独取材を受けてくださりありがとうございます」

「いえ、お約束でしたから、アイドルのてっぺんを取ったらという。まさか、こんなに早く神有月さんとお会いすることになるとは……こちらも思っていませんでした。さっそく僕らの取材をしていただきありがとうございます。」


 僕の後ろから陽翔も出てくる。あの日、僕の後ろに隠れていた陽翔ときちんと顔を合わせるのは神有月にとって初めてだろう。


「ジストペリドの如月湊です。よろしくお願いします」

「同じくHinatoです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お互いに用意された椅子へと座る。カメラマンもついてきているのか、確認後、僕らの写真を撮り始めた。


「最初に……聞いてもいいかな?」

「なんなりと、答えられることなら」

「如月くん、目が赤いけど、どうしたの?」

「……あぁ、それですか? それを聞いちゃう感じ?」


 苦笑いをして、陽翔の方を見た。呆れたという顔で「さっきの話したら?」と言ってくれる。小園にも確認の意味を込めて見れば、O.K.サインが出た。


「神有月さんは、今週の売り上げランキングってみましたか?」

「ごめん、まだ、見ていなくて……。先週までのは、ずっとチェックしてたんだけど」

「それなら、今日の取材でとってもいいことを教えますね?」

「……もしかして?」

「そのもしかしてです! 僕たちユニットになって初めてのシングルが1位を取りました!」

「うぉぉぉぉぉ! すごいいい日に取材申し込んだ!」

「でっしょ?」

「じゃあ、同じ日に出したwing guysを抜かしたってことだね! すごいじゃないか!」


 記者が1つのグループに肩入れすることは珍しい。売れ筋について回るのが、記者としても正しいから。でも、この神有月は、あの日から僕らの動向を全部見ていてくれたらしい。昔の僕のことも含め、いつか、単独取材をするときに、どんな質問をするのか、どんなふうに話をしたいのか、読者へのメッセージは何かと常に考えてくれていたらしい。


「おめでとう。これで、ソロでもグループでも1位になった。名実ともに、トップアイドルになった。今の感想は?」

「……僕は、僕ができることを続けてきました。途中、売れないことで芸能界引退も考えないといけない時期もありましたが、相棒であるヒナに出会えたことで、今、こうして注目を浴びることができています」

「ヒナトくんとの共演は、話題になった化粧品とのコラボCMだね?」

「そうです。その少し前にヒナの声に僕が聞き惚れしちゃって……ユニット組んでもらえないか交渉していた頃です」

「ヒナトくんは、そのあたりどうだった? すでに第一線で戦っている如月くんのこととか」


 神有月は、陽翔へと話を振っていく。初めての取材に戸惑っているようで、少し口ごもっているが、思っていることを言えている。


「湊に誘われたとき、正直、芸能界には興味がなかったです。それから、湊のレッスンを見せてもらったり、真摯に取り組む姿勢に惹かれました。初めて『シラユキ』を踊ったとき、覚えてる?」

「もちろん! 聞いてくださいよ!」

「何々? 何かエピソードあるの?」

「僕のMVを見たり、数回、目の前で踊っただけで、完コピされたんですよ!」

「えっ? ヒナトくんって、実はかなりすごいとか?」

「すごいですよ! 僕、そこそこダンスには自信があったんですけど、打ち砕かれてしまいました」


「そんなことないよ!」と陽翔は僕を叩くけど、本当のことだ。おかげで、切磋琢磨出来ているので、この話は笑い話で出来る。


「すごく仲いいよね?」

「よく言われますね」

「如月くんとは、どういういきさつでグループになったの?」

「俺が湊の通う学校へ転校したのがきっかけです。そこで、たまたま前日に俺が歌っているのを聞いたとかで、声をかけられて……」

「そんな運命の出会いみたいなことってあるんだ? じゃあ、昔からの友人ってわけではなくて……」

「出会って数ヶ月ですよ。僕らの時間は本当に短いです。でも、出会った日には、もう意気投合してたし、昔からの幼馴染のような関係でした」

「ほうほう、それは?」

「お泊り会とか?」

「それ、言っちゃう?」


 陽翔の方を見て笑う。自分から、あの日の話題提供はしなくてもいいだろう。目で謝ってくるので、そのまま受け継ぐことにした。


「出会った日にお泊り会? 何それ、ありえない!」

「でしょ? あの日、僕はヒナをアイドルにするために必死だったってことです。でも、結果的に、アイドルとして今、僕の隣にいてくれますけど、それより、かけがえのない友人を見つけた……そっちの方が、大きいかと」


「なるほど……だから、そんなに」と神有月は頷いた。僕らも一緒に頷く。取材を受けてから、コラボCMのこと、生放送での『シラユキ』やデビュー曲のことなど、インタビューは続いた。取材時間も終わりが近づく。


「あっ、1つ宣伝もいいですか?」

「まだ、何かあるの? うちが、初だしだと嬉しいけど……」

「初だし、事務所のHPですよ?」


「それもそうだ」と笑うので、「雑誌とか、取材では初めてですよ」と付け加えた。発売日を聞けば、こちらの発表後すぐに雑誌も発売になるようなので、ちょうどいい宣伝になるだろう。


「僕たち、今度、単独ツアーを予定しているんです!」

「単独ツアー? それ、本当かい?」

「えぇ、本当ですよ。それで、宣伝いいですか?」

「確か、デビュー曲は世界同時配信だったよね?」

「そうですよ。おかげさまで、配信もいい感じになっているので、世界も含めて回らせていただきます!」

「なんと! あのwing guysも、まだ、果たしてない海外公演が? パスポート、取っておくよ!」

「お願いします。あと、個人的な話なんですけど……」


「何々?」と興味津々で神有月は聞いてくれる。なんだか、それも嬉しくて、夢を叶えられたと話してしまう。僕も嬉しかったことだが、『東京のドーム』というのは、アイドルにとって憧れのステージでもあることを理解してくれているようで、神有月から自然と涙が流れた。


「神有月さん!」

「これは、失礼。あまりにも嬉しくて。如月くん……いや、ジストペリドのいちファンとして、実に喜ばしいこと。是非、記事にさせてもらうよ! 詳細が決まったら、教えてくれるかな?」

「小園さん、いいかな?」


 すでに決まっている概要を神有月に渡してくれる。それを見て、「スケジュールを開けないと」と呟いている神有月は、本当に僕らのファンなのだろう。


「神有月さん」

「なんだい? 改まって」

「今日は、僕らの取材をしていただいて、ありがとうございます。1番最初があなたでよかった」

「こっちこそ、あの日、君らに会えて、こんな機会を与えてもらえてよかった。また、記者として、君らのライブレポート書かせてもらうよ!」

「「お願いします!」」


 神有月に二人で手を差し出すと、二人の手を握り返してくれる。僕らは、そのしっかりした手を両手で握り返した。

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