最終話 僕らが世界の頂点への歩むためのプロローグ
僕のアイドル人生詰んだと思っていた数ヶ月前。ファンからも底辺だと言われ続けた負け人生。まさか、こんな日が来るとは思っても見なかった。
アンコールのコールが鳴りやまず、早着替えをして、ステージに戻った。
「大阪! まだまだ元気かぁ!」
コンサートツアー1日目。大阪から始まるツアーに駆けつけてくれたファン。僕から見えるペンライトやグッズのタオル、自作の団扇や応援の声に、僕はブルブルと震えてしまう。ライブは一人でずっとやって来た。それも、もっと小さな場所で。
ファンとの距離は、今よりずっと近かったかもしれないけど、こんなにたくさんのファンがいるのか、僕らを見に来てくれている人がいるのかと思うと胸が熱い。
僕の煽りについてきてくれる客席に今日最後の2曲だと告げる。ちょっと、その前に、おしゃべりタイム。
「最後は何がいいかなぁ?」
「いいと思うものに、拍手してもらう?」
「それ、いいね! 俺ら、実はデビュー曲1曲しかないんだなぁ~」
「知ってる!」っと女の子の声。僕はそっちを見て、思わず笑ってしまった。コンサートでは、20曲以上歌うことになるのだが、僕らには1曲しかない。今回のコンサートでは、全て僕が一人で歌ってきた曲の厳選セルフカバーをすることになり、アルバムとして取り直した。それをひっさげてのツアーだったので、『如月湊』のファンは大いに喜んでいたらしい。
「あぁー!」
「何々? 湊。どうした?」
「僕、ちょっと語っちゃっていいかな?」
「手短になら?」
「「「「「えぇ、いっぱい語って!」」」」」
「ほら、みんな聞きたいって」
「んーじゃあ、俺も? で、何語るの?」
陽翔は、額からの汗を、着ているTシャツを捲って拭うと、悲鳴のような声が響く。割れた腹筋でも、客席から見えたのだろう。
「すごいな、ヒナって。Tシャツ捲っただけで……」
「いいだろ? へっへーん」
なんて、笑いを取りながら、さっきの話をと促してくる。僕は、ある女の子の話をした。それは、殆どの人に話したことがなかった話で、まだ、アイドルとして、ステージに立っていないときのことだった。
「僕のことをどこで見つけてくれたのかわからなかったんだけど、先輩のコンサートのバックで踊っていたときに、『湊』って書かれた団扇を持った女の子がいてさ?」
「俺、それ聞いたことあるやつだ」
「そうだっけ? あんまり話したことないと思ってたけど……」
「私は聞いてないぞ!」
「俺も! 聞かせてくれ、如月!」
「なんか、野太い声が聞こえてくるぞ?」
「僕、男性ファンも多いからね! 羨ましいだろ?」
「……俺のファン、もっと声だしてこ!」
「ヒナト!」や「ヒナー!」とその瞬間、可愛い声が聞こえてくる。満足そうにしている陽翔にニッコリ笑いかけた。「話を戻すぞ?」というと頷く。
「僕がアイドルになろうって、本格的に思ったきっかけをくれた女の子なんだよ。売れないアイドルをしてたからさ、見切りつけられたかなって……実は、ちょっと思ってた。ライブ会場とかでも、見かけなかったし」
「そうなんだ? 残念だな?」
「うん、そうだね。そう思ってた。この中には、ずっと、『如月湊』を応援してくれているファンもたくさんいるんだ。売れない売れないって言われてた時期も、支えてくれていた人がいることに、ずっと感謝してた。本当に、今まで、僕についてきてくれて、ありがとう」
頭を下げる。売れないアイドルを推すということは、ときにバカにされることだってあるだろう。中途半端に知名度があれば、なおのこと。陽翔も僕の隣で同じように頭を下げた。
「今日のラストに本当は『シラユキ』と新曲を歌うつもりだったんだけど……特別にもう1曲いいですか?」
構成にないことをしようとする僕に〇を出したのは、他でもない社長だった。初のコンサートに帯同してくれたのだ。
「社長のO.K.出たので、タイトルコール行きますか?」
「えっ? どれ? 俺、わかる?」
「わかる、わかる。だって……僕のデビュー曲だから! 僕をずっと応援してくれてるファンなら、知ってるはず」
「今回、あえてアルバムには入れなかった曲じゃん!」
「ヒナは歌えるだろ?」
「もちだけど? 敢えて、それ……」
「では、聞いてください! 『君と僕と』」
あの女の子から最近ファンレターをもらった。初めてもらったファンレターのときから、あの子のトレードマークである羊のモコモコとしたイラストが目印だ。
いつの日にか、海外へ行くことになって、ライブに参加できなくなったと綴られていた。行きたくても行けない悔しさから、ファンレターを書くことを辞めてしまったらしい。そこに書かれていたのは、『どこへ行ってもずっとファンで、今でもヘビロテして聞いている』と。その曲名が、僕のソロビュー曲である『君と僕と』。今、あのときの女の子を見つけ、幼かった少女が大人の女性へとなっていて少し驚いた。面影とあの団扇のおかげで気が付けたのだ。
華々しくデビューしたはずなのに、ずっと底辺だと言われてきた僕。下剋上を果たした今、もう一度、あのときの気持ちを忘れたくないと願いを込めて歌った。
「次の曲は新曲だよ!」
「ツアーが終わったら、発売になる曲なんだけど……特別に!」
「今回は、楽曲提供をしてもらっています。三日月満さんって知ってる?」
「「知ってる!」」
「バンドのグループだよね!」
「ミナのSNSにたまに出てくるよね!」
「おっ? つっきーとの仲って、そんなに有名なの?」
「あれだけ、SNSに載せたら、有名にもなるよね?」
客席からは笑い声が絶えず、楽しんでもらえていることがわかる。後ろのスクリーンに曲名が出た。笑いに振り向けば、これは……ふざけてたやつだ。三日月が遊びでタイトルを作ったものが出ている。
「これじゃなーい! 映像さんもつっきーのおふざけに付き合わないで!」
「湊が荒れてる! つっきーさん、おもしろ提供ありがとう!」
「言っておくけど、ヒナも歌うんだからね?」
「それは……遠慮しておく。湊が歌えばいいじゃん!」
「やだよ!」
「イチャイチャもっとして!」
「こらこら、そこの子! 湊とのイチャイチャは、ステージ降りてからだよ?」
唇に人差し指を立てて、しぃーとすると、「残念!」とあちこちから声が飛んでくる。
……僕ら、どんな認識?
笑いを取れているからいいものの、なんとも言えない気分だ。苦笑いをしながら隣をチラリと見れば、ニコリと笑う陽翔。はぁ……と盛大にため息をついてしまいたくなる。軽くウィンクなんて普段しないことをしてくる陽翔に、僕はドキリとした。歌って踊った後だから、心臓が跳ねているだけ……そう、言い聞かせた。
新曲『プロローグ』の披露をしたあと、今後もいろいろなアーティストとコラボをしたり、楽曲提供をお願いしたりすることを言えば、楽しみだというファンの声が聞こえてくる。三日月が、声をかけてくれている人がいるらしいので、僕らも楽しみにしていた。
最後に『シラユキ』を歌って、今日のライブは終わった。
楽屋へ戻り、冷めない熱を二人で冷ます。
楽しかった。
熱かった。
幸せだった。
僕が、ずっと求めていたものが、今日、体験できた。何万人ものファンに囲まれて幸せだ。こんな幸福感、味わったことがない。
「満足そうだな?」
「……まだまだ、だよ。ヒナとなら、もっと、もっと上に行ける!」
「なぁ、もう1回、ステージに行かないか?」
楽屋でだれていた陽翔が、僕の手をとりステージへ向かう。
「わぁ! 真っ暗!」
「そりゃそうだろ?」
真っ暗なステージの真ん中に胡坐をかいて座る。静かだった。あんなに熱量があったはずなのに。陽翔も隣に同じように座ったようだ。
「どうっだった? 初めてのステージ」
「最高だった! あんな熱量は、初めてで……怖いよう嬉しいような……なんて言うか、幸せだった!」
「僕も。最高だった。僕の目標だったことが1つ叶ったんだから」
「……湊」
「ん?」
「まだ、始まりだよな?」
「そう、まだ、始まりだよ。一歩進んだくらい」
急にスポットライトが僕ら二人に当たる。つけてくれたのは、小園のようだ。「小園さん!」と呼びよせると、ステージへ登ってくる。
「ステージって、こうなっているんだなぁ? 俺は、上ったことがないけど」
「僕も今日初めてだから……」
小園は、僕の頭をわしゃわしゃと撫でていく。その次は陽翔の。二人の頭がくしゃくしゃになったところで、小園も嬉しそうに笑う。
「よく頑張ったな、二人とも。まだまだ、夢の果ては先のほうだぞ?」
「わかってる。湊となら……」
「ヒナとなら……」
「「必ず、世界のてっぺんを取ってやる!」」
僕ら誓いを立てる。耳に輝くアメジストとペリドットのピアスをお互いに撫で、頷きあった。それが、僕らが世界の頂点への歩むためのプロローグ。
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