第30話 その熱い視線の先に誰がいるのだろう?
「君、なんて名前だっけ?」
曲がなり終わり、一息ついたとき、先生が陽翔に名を聞いている。他人への興味が薄い先生が、初めて会った陽翔に興味を持つことに驚いた。
「あっ、そういえば、まだ、名乗ってなかったですね。葉月陽翔です」
「……葉月。それは、母方の姓だったりするか?」
突然の質問に、僕は先生が何を言っているのか、意味が分からなかった。陽翔も驚いてはいたけど、「……そうです」とだけ答えていた。
……先生、知り合いでもいるのかな? それでも、ヒナとは関係なさそうな気がするけど。
チラリと先生を見るが、少し考えた後、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。何か思うところがあったのだろうが、それ以上は何も言わず、陽翔の隣に並んだ。今の振り付けも僕から見たら陽翔のダンスは完璧でも、先生から見たら修正したい箇所があるらしい。
陽翔の注意されているところを僕も確認しながら、丁寧に踊り直す。
「そこのターンは、軸足を少し引いて体重を乗せるとふらつかずに回れる」
「基礎中の基礎だから覚えておくといい」
「指先までしっかり意識して……そう、そうだよ! いいじゃないか!」
教え甲斐があるのか、僕のことなど最初からいなかったかのようにスッカリ忘れて、先生が陽翔につきっきりで指導しているのを見ながら、僕は同じように踊っていく。
「葉月くん、湊をよく見て」
集中して陽翔の修正箇所を踊っていたので、僕を見るよう指示をした先生の声に驚いた。鏡越しに陽翔と目が合った瞬間、汗で床が滑って転ぶ。
「大丈夫か? 湊!」
「頭打ったり、腰は……足も……」
「……大丈夫。なんともないよ」
「いててて……」と立ちあがろうとしたが、先生にその場で座っているように言われた。
「大丈夫か? 小園、呼ぶけど」
「大丈夫ですよ!」
「打ったすぐはわからない。ちょっとでも様子がおかしかったら、すぐに小園を呼ぶんだぞ?」
「わかってます。ここ……邪魔なので、少し移動します」
「あぁ」と言いながら、先生が肩を貸してくれた。床に座りたいという僕の願いに応えてくれ、壁にもたれかかるように座る。
「お尻が痛い」
先生のこと細やかな指示に従って、踊る陽翔の視線は真剣で、負けていられない。ダンスの基礎も何もなく、見よう見まねで完コピをした陽翔のセンスを疑うことはないが、少し指導を受けるだけで、みるみるうちにキレが増す。
「一旦、休憩」
「ありがとうございました!」
ペコッと頭を下げてこちらにかけてくる。「どうだった?」と陽翔自身も良くなった感覚があるのか、食い気味に聞いてくる。
「キレが増したな。ヒナは元々、センスはあると思ってたから、すごいよ!」
どかっと僕の前に座り、嬉しそうに笑う。先ほどまで踊っていたから、ほんのり頬が赤く染まっていた。
不意に触れたくなって、手を伸ばす。頬に手を添えると驚いたように目を見開いたあと、すり寄るように預けてくる。目を閉じてしまった陽翔を見つめていると、急に恥ずかしくなりパッと手を離した。目を開け、眠りを妨げられた猫のように抗議をしたそうな表情で、こちらを睨んだ。
「休憩終わりっ!」と先生が声をかけてくるので、「行こう!」と手を取って立ち上がる。さっき打ったお尻は痛いけど、陽翔の手をぎゅっと握る。
「仲良いな?」
「そう見えます?」
「昔からの友達なんだっけ?」
「会って数週間?」
陽翔と目を合わせると、先生のほうが驚いている。それほど仲の良い二人に見えたのだろう。
「先生も思った?」
「前からの友達だって?」
「そう」
「思った。なんていうか、雰囲気がそういう感じ。何年も前から一緒にいるような感じ」
「そりゃ、いいや」と笑うと、珍しく先生までも笑っていた。ただ、先生は、僕らを他の誰かと重ねてみているようだ。その視線は見たこともないほど優しい。
「始めるぞ」と先生がいうので、また、同じように陽翔と隣どおしで並んだ。鏡に映る自分たちは、示し合わせたかのように絶妙な距離で場所取りをしている。
「ちょっと、振り付けを触るぞ?」
「どういう……」
僕が何かを言う前に、先生が踊り出そうとする。慌ててスマホのカメラを回した。
「まずは、湊から。そうか、映像な。ちょっと待って」
レッスン部屋にある内線を鳴らすとすぐに小園がカメラを持って入ってくる。その後ろには、数人のスタッフまできていた。
「悪いな!」
「急にどうしたんですか?」
「『白雪』のダンスを変えようかと思って」
「変えるって! 社長に許可はとりました?」
「さっき取った。まぁ、見てなって。まずは湊のほうから」
先生が位置につき、曲が鳴り始めるとさっきとは少し違い、若干のスローテンポになった気がする。ただ、色気が出たのか、見ている方が恥ずかしくなってくるようで、それでいて目が離せなかった。
かと思えば、元々のダンスの部分もあり、振り付けがそれほど変わってはいない。
ひとつだけ言えるとしたら、今までの『白雪』が一人だとしたら、先生が今踊った『白雪』は明らかに二人だ。
僕だけではなく、陽翔と二人で踊る用に変わった振り付け。陽翔も気がついたのか、こちらを見て驚いていた。
「ふぅ……こんなもんだろう。これを湊なりに踊ってみろ。そこに、『白雪』の歌詞の本質が混ざってくるだろう」
「先生、あの……」
「あぁ、これは一人で踊るもんじゃない。二人で踊って完成」
「でも、まだ、ヒナは!」
ふっと笑う先生に困惑してしまう。
……考えていることが、全くわからない。まだ、ヒナがここに立てると決まったわけじゃないのに。そりゃ、そうなることが、理想ではあるんだけど……、ヒナの父親のこともあるし。
そっと盗み見ると、陽翔は笑っていた。こちらも何を考えているのかわからないが、嬉しそうな顔を見れば、深くは考えていないようだ。こちらも自然と笑顔になる。
水をひと口飲んだあと、もう一度カメラの前に立つ先生。
次はお前のだと言わんばかりに、指を刺された陽翔は力強く頷いた。
曲が鳴り始めると、表情の変わる先生。僕が踊るパートとは明らかに違う表現で、同じ曲を踊っているのに違うふうに見える。
先生は、本当にすごいな。
僕はジッと先生の動きを確認しながら、さっきの動きをイメージした。全ての振り付けが変わったわけではないので、ところどころついていける。
踊り終わった先生に陽翔に駆け寄っていく。最初から振り付けをゆっくり踊るようで、僕もその場に混ざった。陽翔に視線はあるはずなのに、少し違う動きをした瞬間に愛ある鞭が飛んでくる。
「すみません!」と言って続きを踊る。通しで何度も踊ったあと、今度は僕の番のようで、先生が鏡越しに睨んでくる。ゆっくり踊っているとはいえ、ダメだしがたくさんあると、さすがに辛い。
「湊! もっと、無いのか? 感情が。ここは……白雪のことを想うところだろ? 想う相手を考えろ! いないのか!」
「……いません!」
「……最近のは。……あぁ、もう、二次元でもいい、グラビアでもなんでも!」
「……片想いなら絶賛してましたけど、今は両想いでいいのかな?」
「なんだ? そのウザな話」
先生に睨まれて、「その感情でいいんじゃなないか!」と叱られた。チラリと陽翔をみると苦笑いをされるが、それを見た先生は、鋭く「葉月もだ!」と同じように言われる。
陽翔はへらっと笑ったあと、「俺は基本的に片想いばっかりだから、いけます!」と反論したら、「今すぐやってもらおうか?」と言われ軽い返事をした側から、一気に雰囲気が変わった。こちらが切なく辛くなるほどだ。
表情もダンスも変わった陽翔へ嫉妬をする。
その熱い視線の先に誰がいるのだろう?
そんなことを考えていたら、先生が褒めてくれる。嬉しいような悲しいような……複雑な気持ちで今日のレッスンが終わったのである。
動画は後程送ってもらえることになり、僕らは家に帰る準備を始めた。
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