赤い毒リンゴにはご用心?
第29話 レッスン
「湊!」
廊下で心配そうな小園に出迎えられる。何か次の言葉を探しては、口ごもる様子に僕は自分が情けなくなった。照れ隠しではないが、そんな僕の心を隠すように、大丈夫だと笑いかける。ホッとしたような小園の表情にこちらの方が安心してしまう。
今日のレッスンは、社長が直接してくれることをきっと小園は知っていたに違いない。なのに言わなかったのは、僕の様子がおかしかったからだと推測できる。
「……よかった、戻ったんだな」
「心配かけてたら、ごめん」
「あぁ、いい、……いいよ。それもマネの仕事のうちだから」
「それは……ちょっと冷たい気がするなぁ? 僕は小園さんに心配されたかった」
拗ねたような演技をして小園に言っても、見透かされたのか何も言ってくれなかった。
「そんなことより、社長とのレッスンはどうだった?」
「現役離れても、やっぱり上手いね? 社長」
「生歌が聞けたとか羨ましい。俺も聞きたかった!」
「いいだろう?」と自慢すると悔しがるどころか、「よかったな?」と暖かい目で見られた。そんな反応が返ってくるとは思わず、こちらが困ってしまい返答に頷くだけになる。
「そういえば、月曜の件」
「あぁ……、今からヒナに電話しようかと思っていて……」
歯切れの悪い返事をしながら廊下を歩き話をしていると、小園のスマホが鳴った。事務所の受付からのようで、対応に向かうらしく、部屋へ先に戻っているように言われ着替えに戻った。
次のダンスレッスンまでにはしばらく時間が空いていたこともあり、ソファでのんびり寛いでいると部屋の外で話をしていた小園が慌てて入ってきた。
「陽翔くんが下に来るらしいから、行ってくる」
「えっ? なんか、あったのか?」
「わからない。あれから何事もなく少し時間が経ったから、油断してた」
「行ってくる!」と出ていく小園を追いかけようとしたが、僕が出ていったとして、できることは何もない。むしろ、火に油を注ぐ場合もあるので、対応を任せるほうがいい。大人しくしていることが今できる最善だと何度も言い聞かせる。それでも、慌てる気持ちはあり、ソファから立ち上がり部屋をウロウロと歩き回っていた。
ドアが開き、小園が微妙な表情でこちらを見ている。
……何が起こった? その表情、何事?
不安そうに小園を見ると、苦笑いをしている。状況がわからない今、その表情の意味もわからない。
「陽翔くん、連れてきた」
「何かあったのか?」
小園に詰め寄るとキョトンとした顔をして小園の後ろにいる陽翔は、申し訳なさそうにした後謝った。
「小園さん、湊。ごめん! 何もないんだけど、その……」
「……はぁ。よかった」
どこもケガをしているところもなさそうなことに、ホッとしてその場に座り込みそうになったのを奮い立たせた。
部屋に入ってもらい、陽翔をギュっと抱きしめる。
「ヒナに何かあったのか、めっちゃ心配したし」
「本当だよ! 陽翔くん」
小園と二人、張り詰めた気持ちを緩めた。万が一にでもと最悪のことをこの数分でグルグルと考えていたから、ザワザワしていた胸が落ち着いた。
「ごめん。そんなに心配してくれてるって思っていなかったから。小園さんも」
「いいよ、陽翔くんに何もないなら」
照れたように小園にもう一度謝る。僕の腕の中から抜けるわけでもなく好きにさせてくれている。
そういえばと小園が思いついたらしい。陽翔のことですっかり忘れていたので、言われて本来のスケジュールを思い出す。
「湊はこれからダンスレッスンもあるけど、陽翔くんも少し見ていく?」
「いえ、突然押しかけてしまったので……」
「それこそ! 帰り送って行くから、見て行くといいよ。湊もそろそろ時間」
小園に腕時計をトントンっと叩いて促されるので頷く。名残惜しく、陽翔から離れ、遠慮するので引っ張っていくことにした。
「見ていきなよ。僕、たぶん、これから、説教される予定なんだけど、それでもよければね?」
大きなため息をつきながら、こっちと案内する。戸惑っているのはわかるが、わりとさっきまで余裕だと思っていたレッスンの時間が迫っている。陽翔の手を握り、ダンスレッスンの部屋に向かって早歩きで移動する。
「いいの?」
「いいの! それより早く行かないと、それも説教される! ダンスの先生、かなり怖いんだよ……」
時間ギリギリに入って行くと、既に先生は来ており睨まれる。が、陽翔を見て表情が変わった。なんというか、ヤラシイ視線を向けてくるようで、陽翔の前に出て隠す。
「おはようございます!」
「あぁ、どうも」
叱られる前提でレッスンへ来たので、不機嫌さは若干残っているのに拍子抜けで、何事もなかったかのようにレッスンが始まりそうだ。
……この前のはお咎めなし? だったら、嬉しいけど……。まぁ、それはないよな。
思っていた矢先、先日の歌番組の話になった。身構えながらも悟られないようにしていたら、「まぁ、あれはあれでよかったんじゃない?」と、締め括られた。拍子抜けしてしまい、オウム返しをする。
「よかったんですか?」
「変なところに変な動きなら困るけど、タイミング的にも悪くなかったから、次も入れるなら、入れてもいい」
「次は、入れないです」
「そう」の後にすぐ準備するように言われ、ストレッチを始める。体が硬いので入念にだ。
「そこの子さ、手伝ってあげて。湊、すぐ手を抜くから。怪我しないためにしてるのに、サボるんだよね?」
「はーい! そういうことなら、任せてください」
ニコニコ笑いながら、近寄ってくる陽翔に少しのけぞった。嬉しそうに「行くよ?」と僕を押さえる気で笑う姿は見てはいけない。プイっと顔を背けると、ぎゅーぎゅーと押されるので、「痛い痛い」と騒ぐが許してもらえそうにない。
……カラダ硬いから、嫌なんだよ! 容赦ないなぁ!
陽翔が笑いながら背中や肩を押してくる。その後ろから見下ろしてくる先生が薄ら笑いを浮かべていた。
「君も見てるだけなんて暇だろうから、ストレッチやって、一緒にダンスして。カラダはどれくらい動ける?」
「『白雪』なら踊れます。湊に比べると……まだまだですけど」
「なるほど、じゃあ、ストレッチが終わったら、流しで踊ろうか」
陽翔の番になり、カラダを押す。柔らかいようで、痛いともなんとも言わない。悔しくなり、今晩から、ストレッチも入念にすることに決めた。
「先生、ヒナのこと知っているような口ぶりだけど……?」
「あぁ、動画を見せてもらった。生で見たいと思ってね」
「動画って?」
こちらに顔を向けて、「何のこと?」と聞いてくるので、この前の公園での動画を小園に送った話をする。
「えっ! メッチャ恥ずかしい。全然踊れてないやつでしょ?」
「そうかなぁ? 完璧だったと思うけど?」
ストレッチが終わったところで、先生がパンパンと手を打ち鳴らす。僕も陽翔も先生の前に立つ。立ち位置を言われ、それぞれ距離を取ったところで、「流すぞ?」と先生が音楽の再生ボタンを押した。聞こえてくるのはもちろん『白雪』で目を見合わせた瞬間、目の前の鏡に映る二人は表情を変え、一歩目のステップを踏むために息を整えた。
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