第31話 湊が湊なりに表現したらいいんだ

 来週のスケジュールをもらったあと、小園がマンションまで送ってくれるというので、陽翔とクルマに乗り込む。

 早速、確認のためスケジュールを開いてみると、横から覗き込んできた。


「それって湊のスケジュール?」

「そう。来週のだけど見る?」


 陽翔にも見えるように位置を変えると、先に空白のところに目がいったようだ。

 指を指して、「ここは空いてるってこと?」と聞いてくるので、苦い表情で「そうだ」と答える。

 学業も疎かにならないようにと、予定は組まれているものの面と向かって「空いてるの?」と聞かれるのはキツい。そんな僕の感情を読み取ってくれたのか、にぃっと笑い「じゃあ、練習できるな? 一緒に」となんでもないように言ってくる。


「陽翔くん、今日のダンスはどうだった?」


 渋滞にハマってしまってクルマが動きそうにないので、小園の話に混ざるらしい。

 動画では見せたが、生で踊っている陽翔を小園はどんなふうに見えていたのだろうか?


「すごいなって思いました。湊と踊ってたときは、感覚的だったのにたいして、先生に教えてもらうと、もっと上手くなれた気がします。あっ、もちろん、湊の教え方が下手とかじゃなくて……基礎のない俺にきちんと動きの理由? とか、意識づけをしてもらえたんで」

「なるほどね。先生、そういうところ上手いからなぁ……。湊はどうだった? 新しいの」


 二人の会話を聞きながら、今日のダンスレッスンのことを思い出す。


 確かに、僕が教えるより、ヒナのキレが良くなったんだよな。悔しいけど、先生はやっぱすごいんだよなぁ……。


「湊?」

「あぁ、ごめん。ぼんやりしてた。新しいダンスだよね? 僕が思うに……色気があるよね。先生が踊ると、同じ振り付けなのに僕なんて微塵もないのにさ」

「そういうことじゃなくて……」

「どういうこと?」

「楽しかったか? って、聞いてるんだ」


 小園の言っている意味がよくわからない。レッスンなんだから、楽しいわけはないし、叱られることが多かった。スローテンポに変わったところなんて、僕には表現できそうになくて、逆に陽翔のほうが、雰囲気が変わってよかった気がする。


「楽しかったか、かぁ……。どうだろう? 叱られてばかりだからな」

「楽しくなかったのか? あんなに笑ってたのに」

「笑ってた? なんで?」

「それは、湊しかわからないだろ?」

「ほらほら、胸に手を当てて思い出してごらん?」


 陽翔に言われるがまま胸に手を当てるが、思い当たらない。隣でニヤニヤしているのが視線の端で見える。


「何?」

「いや、改めて思ったけど、湊ってダンス上手いよなって。下手な俺がいうことじゃないかもしれないけど……んーなんていうか、お利口さんな感じ? なくなるといいと思うんだよな」

「……お利口さん?」

「うん、悪いわけじゃないんだ。ダンスに忠実で。でも、この前の歌番組で見せた感情のままに入れた振り、良かったと思うよ?」

「感情のままに踊るのはだめだろ?」


 陽翔の意図することがわからず、声を荒げてしまう。今日踊ったものも完成には遠いものの形にはなっていた。先生のようにはなれない自分と難なく踊ってしまう陽翔に嫉妬したところはあったけど、悪くなかったとは思っていたのだ。感情を表現するのが苦手……とまでいかなくても、もどかしさはある。


「ごめん、上手く言えなくて。でも、決められた振り付けの中にも遊びの部分があると思うんだ。今日、先生に教えてもらって、そう感じた。湊と先生が同じように踊ってもダンスや人生の経験の差がどうしてもでるでしょ?」

「確かに。僕なりにって、先生も言ってたけど……」

「それが、言いたかった! 湊が湊なりに表現したらいいんだと思う。感じたままに、歌詞に想いを乗せて。機械が踊ってるんじゃないんだからさ? 取り繕ってばかりじゃないほうが、湊の魅力が上がると思うんだよね?」


「わかるかなぁ?」と言ってくるので、「わからないっ!」と返すと、運転席から「すっげぇーわかる!」と飛んでくる。


「小園さんには伝わった? 俺の言いたいこと」

「ガッツリ伝わった。もっと、陽翔くん、湊に言いたいこと言ってくれていいと思うよ? 湊、ずっと一人でやってきたからさ、そういうの言ってくれる人、いなかったし!」

「小園さんがいるじゃん?」

「俺は、その、兄貴みたいなもんだからさ。ついつい甘やかして何も言えないできたわけだし……」

「甘やかされていたのか? 僕。結構、辛辣だった気がするけど……」


 大きくため息をつけば、少しだけクルマが動く。1時間近くクルマに乗っているのに、一向に進まない。どこまでも続くテールランプが、この先のことまで物語っていた。


 肝心の話を忘れていたことを思い出し、陽翔に切り出した。


「ヒナ、月曜なんだけどさ?」

「何?」


 スケジュールを見せて、ここと指で指し示す。すると、思い出したようで、ニンマリしている。


「小園さん、いいんですか? 本当に」

「いいよ。社長の許可は取ったし、陽翔くんのお父さんの了承も得たって言ってた」

「えっ、父のですか?」

「んー詳しくは知らないんだけど、社長の知り合いって言ってたよ」

「社長の? 俺、そんな話、全然知らないです!」


 陽翔が驚きと戸惑いを小園に言えば、「社長の顔は広いけど、どういう繋がりなんだろうね?」と返ってくる。

 僕もその話を聞いて、さっき、先生が言っていた「葉月」の話が気になってくる。


 ……先生も、もしかして、ヒナの父親のこと、知っているのか?


「湊の休みと会えば、湊にも会いたいってそうだよ?」

「ん? 僕も?」

「そりゃそうでしょ? 契約関係は、陽翔くん、未成年だから大人で済ませることになるだろうけど、こっち側に引っ張るんだからさ。湊との関係性も見たいんじゃない?」

「単純に父が湊を気に入っただけだと思いますよ? この前の歌番組のあと、湊の曲をずっと聞いてましたから」


 陽翔から『父が気に入った』と言われ、嬉しくなる。それがお世辞だとしてもと頬を緩めようとしたとき、やはり、先に挨拶へ行くべきではないのか? と頭をよぎった。


「小園さん、やっぱり、挨拶って先に行った方がいいかなぁ?」

「いけるのであればな?」

「ヒナ、日曜ってお父さんって家にいる?」

「確かいるはず。スケジュールを見る限りでは、予定ないね? うち、来る?」

「うん、今晩、聞いておいてくれる?」

「わかった。連絡するよ」


 陽翔が、早速、父へメッセージを送っている。忙しいらしい、陽翔の父の予定が合うといいなと思いながら、さっきの続きの話をした。


「月曜なんだけど、休みとれるわけ?」

「休みは、取るつもり」

「それなら、こちらで、公休をとれるように手配しておいた。よかったかな?」

「いいんですか? 俺、まだ、事務所に入ったわけではないのに」

「いいんじゃない? 社長が、何から何まで手配してくれているみたいでさ。よっぽど、湊の相棒として気に入ったってことじゃない?」


「あっ、動き出した」といい、クルマはゆっくりだが、速度をあげていく。


「じゃあ、月曜の撮影は、一緒にってことで! 改めて……よろしく、湊!」

「こちらこそ。CM撮影は僕も初めてだから、現場で見て感じてってなると思う」

「楽しみだなぁ……いくつか撮るの?」

「CMは通常1パターンだけなんだけど、今回の化粧品は周年記念のだから、何パターンもあるよ。今、流れているのも取り直しになるって話だから、最低でも4つかな?」

「そんなに?」

「……初で、それはなかなか大変そうだな」



「なるようになるさ」と軽く言う小園とルームミラー越しに視線が合う。チラリと横を確認しているようで、僕も陽翔の方を見た。自分のことのように嬉しそうにしている姿をみれば、緊張してきたなんてとても言えそうになかった。

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