第17話 夢を僕に託した人だから
校門を通り過ぎたあと、ふぅっと息を整える。隣で同じように陽翔もしている。
「結構、早く走ったのに、あんまり息が上がってないんだな?」
「まぁ、それなりに鍛えてはいるから。湊は、一瞬で回復か……」
「それこそ、鍛えてるからな」
「それもそうか……あのダンス、結構早いテンポで踊ってるもんな」
昨日のMVを思い返しているようで、「そっかそっか」と一人で納得している。MVだけでなく、本来はライヴもツアーを組んでしているから、体力がないと務まらない。疲れにくい体を作るためにいろいろとしている効果が出ているのだろうが、今は黙っておいた。
「さっきの記者だけどさ?」
「あぁ、あれな? 昨日の写真のことだよな?」
「うん。もし、僕がいないときに、ああいうのが絡んできたりしたら、無視していいから。下手に何かすると、本当に面倒だし……それに、付けられたりしたら、うちか事務所に来い」
「……うちって、マンション?」
「そう」
「マンションって、生体認証なんだろ? 入れないじゃん?」
「なんかあってからだとダメだから、コード渡しとく。自由に入ってくれていいから」
「ちょ、ちょっと待てって!」
いったん落ち着こうといい、とりあえず場所を移すことにした。
陽翔を芸能コースのクラスに招待する。別棟にある芸能コースの教室に、一般生徒が入ってはいけないと厳格な規則は設けられていなかったが、トラブルを避けるために近寄らないという暗黙のルールがあるらしい。
生徒たちには、周知の規則として、入学式の日に、生徒会から知らされると聞いている。年に数人は、ルールを破ってしまい、事情によっては、停学等の処分が言い渡される場合もあった。招待なら、関係ないだろう。
「芸能コースの建物って、もっといいのかと思ってたけど、それほどなんだな?」
廊下を歩きながら、2年の教室まで向かう。陽翔は、キョロキョロと周りを見渡していた。
「この学校で、1番古い校舎だからな」
「なんか、こう……セキュリティ! ってもんがあるのかと思ってたら、まさかの最古の校舎とか。芸能コースの学費って、他より高いんだろ?」
入学案内を見たと、いろいろと教えてくれる。学費は、売れないと言えども報酬をもらっているので、通帳から引き落とされていくので、知らない。
陽翔に言われて、「へぇー」と曖昧に返事をして、教室に入っていく。まだ、誰もきておらず、淀んだ空気が重たい。
「陽翔、窓を開けるのを手伝ってくれ」
「んー、じゃあ、廊下の方開けてくる」
窓を開けて空気を入れ替えると、どんよりした空気は出ていった。
「空気清浄機くらい、買ったらいいのにな」
「エアコンが入れば、いいんだよ。僕は毎朝、一回開けて空気を入れ替えてほしいけどな……」
自席に向かえば、陽翔も後ろをついてきてて、僕の前の席に腰掛けた。
「ここで、授業を受けてるんだ?」
「まぁな? 変わらないだろ?」
「変なことを言う」と、顰めっ面をしてみたが、ニコッと笑うだけ。静まり返った教室には、爽やかな風でカーテンが揺れていた。
「アイドルってさ?」
「ん? アイドルが何?」
「なんていうか……どんなことするんだ?」
「どんなことか……」
アイドルのことを質問され、戸惑いと嬉しさが込み上げてくる。ただ、うまく答えられる自信はなかった。理想があっても、そこにたどり着ける自信がなかったから。
「んー、そうだな……。夢を見せるっていう感じ? 非日常的なさ」
「よくわかんない」
「こっち側に来たらわかる! と思う」
「そんなもんか?」
「……そんなもんだと思うけど、まだ、僕はわからない」
「なんだよ、それ」
複雑そうな顔をしている陽翔に「仕方がないだろ?」というと、何も答えてはくれなかった。
「じゃあさぁ? 湊がアイドルになりたいってなったのは、なんで?」
よくぞ聞いてくれたとドヤ顔をする。僕が、この世界に足を入れたのは、本当に奇跡のようだったのだ。
「僕は、本当のことをいうと、うちの社長に憧れてたんだ。ダンスも上手いし、声もとてもいいしで。でも、アイドルになるつもりはなかった。そもそもなれると誰にも思われてなかったから」
「なんで? あんなに歌もダンスもうまいじゃん?」
「それだけじゃダメなんだよ」
「何があるんだ?」
こちらを真剣に見つめ返してくる。口に出そうとしながらも、言葉に詰まりながら、それでも、言葉にした。
「人見知りなんだ、僕。典型的な感じがするでしょ?」
「湊が?」
問い返す陽翔は、「嘘だろ?」とビックリしている。今の僕からは想像できなくて当たり前で、驚くのも無理はない。
「そう、僕が。今は、そうは見えないだろうけどさ、デビュー前とか、小園さんの後ろから出たことなかった!」
「全然イメージわかないな。それで、よくデビューしたよな?」
「んー、なんだろうな。ある日、パッと目の前が開いた感じがしたんだ。先輩のコンサートのバックで踊らないといけない日があってさ。先輩のコンサートなのに、僕を応援してくれてるファンの子がいたんだ。その子と目が合った瞬間、あぁ、今までの僕、もったいない! ってなった」
「なにそれ?」と笑う陽翔に、「本当だから!」というけど、信じてくれていないらしい。
その一人がいたことで、僕がデビューできるくらい前に出られるようになったのは、本当だった。
その子を思い出すだけで、懐かしい気持ちと今の情けない僕にがっかりしていないだろうかと、怖くなる。
「そんな怖い顔するなよ? 自分のこと、ダメだなんて思ってない?」
「……そんなことないとは、いえないな。実際ダメだし」
「何が足りないのか、考えてはいるんだよな?」
「そうだね。ここ数年、イロイロと試してはいるけど、実が結ばない感じかな? それより、さっきの話!」
何かあったときの緊急場所として、マンションへの入り方、僕と小園の連絡先、事務所の場所など、陽翔に教えておく。
「何にもないと思うけど……」
「わからないよ。記者だけでなくて、イロイロあるから」
「それでも、アイドルは辞めないの?」
「うん、アイドルは僕の夢や憧れでもあるし、いつか、誰かが目指したいって思ってもらえるような存在になりたいかなぁ?」
「小園さんみたいに?」
名前が出てきて驚いた。僕にとって、小園は憧れの先輩だけではなかった。
「湊は小園さんとユニット組めばよかったんじゃないか?」
「そうかなぁ? 小園さんは、夢を僕に託した人だから、僕とステージに立つ未来なんて考えてもいなかっただろうね」
僕が言ったその言葉は、僕の胸を抉っていくようだ。陽翔は、まずいことを言ったと思ったようで謝ろうとしたので、手で口を塞ぐ。謝ってほしいわけではなく、小園の未来に蓋をさせたのが僕だったと再確認しただけだ。今の小園があるのは、僕のせいではあるけど、僕がアイドルを続ける理由のひとつでもあった。
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