第16話 アイドルのてっぺん!

 学校まで通学路。部活動に励む生徒は朝が早いからか、ジャージ姿の生徒が談笑しながら歩いていた。


「そう言えば、クラスどこ?」

「一組」


 ことなく答えた陽翔の方を見て、パチクリと目を瞬かせた。そんな僕を若干邪魔そうに見上げてくる。


「湊は頭悪いの?」


 僕の表情で、何かを悟ったのか、にぃと笑い、からかおうという雰囲気が漂う。先手必勝、言ったもの勝ちと僕は成績は「そこそこいい」と答えた。

 それも休みがちな芸能コースでのと頭にはつくのだが、陽翔は違う。この学校の特進……それも理数系のクラスに転入したのだ。編入試験は難しいと聞いたことがある。それを難なく突破したのだから、頭の出来は僕の比ではない。


「編入試験さ、1年の学年末の試験を少し変えてあったらしいんだけど……余裕だった」

「平均点はいくつ?」

「んー、なんだったかなぁ? 97?」

「97? 見間違いではなくて?」

「やだなぁ……そんなわけないじゃん。ここ、このあたりでは、有名な進学校でもあるのに。まぁ、前いたとこの方が、問題がねちっこかったけど……騙し的な? ひっかけが結構あったからさぁ」


 僕の学年末の点数を思い浮かべる。クラス順位は、かろうじて9位と一桁ではあったが、実際は、45点平均であった。どれほどまずい状況かと頭をわしゃわしゃとかき混ぜたくなる。


「勉強でわからないところがあったら任せろ! 俺に解けない問題は、今の範囲ならない」


 もうすでに、従業の内容がわからないことがわからない僕にとって、眩しすぎる存在だ。今までは、一人で勉強をして、混乱したままテストに向かっていたので、救いのように見えた。


「次の中間……、もう、授業自体がわからないだらけなんだけど、教えてくれっ!」

「いいぞぉ! 陽翔様を拝み奉れ!」


 歩道の真ん中で騒いでいると、一人の記者が学校側からこちらに向いて歩いてきた。明らかに昨日のことを聞こうと待ち伏せていたに違いない。陽翔も気がついたらしく、黙った。


「たぶん、記者だから、陽翔は何も言わなくていいよ。悪いけど、小園さんに連絡してくれる?」


「わかった」と画面を開いたスマホを受け取り、学校に記者が来ていることを僕の後ろで素早く連絡してくれている。ポケットの後が重くなったとき、薄ら笑いをした記者が通学路を阻む。


「如月湊くんだよね? 昨日の拡散された画像のことで、ちょぉーっと話を聞きたいんだけど、今、いいかな?」

「今ですか? 学校へ向かう途中ですから困ります。それに、あの画像って、何のことですか?」


 とぼけたふりをして言ってみたが、通じないことはわかっていた。写真を取り出し、僕たちにこれ見よがしに見せてくる。


「これのことだけど……、恋人かな? って思って。見た感じ、男の子だよね? この相手の子って」


 そう言って、僕の後ろにいる陽翔のほうを覗き込むように見てくる。もう一歩前に出て記者に近づき、陽翔を背に庇った。


「……ん、いやね? デビューして以来、そういうお話を湊くんからは聞かないからさぁ? 本当のところ、どうなのか興味があってね?」


 やらしい表情をこちらに向け、ねちっこく見てくる。言いたいことは、その目から伝わってくるようで、背筋がゾッとした。

 だからって、負けてやるつもりはない。記者の思い通りになるなんて、真っ平だ。


「僕の恋愛にご興味があるのですか? 僕、恋人はたくさんいますよ!」


 ニッコリ笑うと、記者の方が一瞬怯んだ。


「こ、恋人がいっぱいいるって……どういうことかなぁ? おじさんにはさっぱり理解出来なかったんだけど……」

「そうでしたか? 記者さん、名刺をいただけますか? そうすれば、お話しますから」


 ニコニコと笑いながら対応をしていると、後ろから陽翔が不安そうに制服を引っ張ってくる。

 僕が不安に思うことなど何もなかった。底辺アイドルって言われている僕であっても、僕の歌を、ダンスを、容姿を認めてくれている人たちがいることを知っているから。

 ガサゴソと汚いカバンの中から、1枚の名刺を取り出して、僕に渡してくる。それを確認して頷いた。


「へぇー、ゴシップ記事とかが、多い雑誌の記者さんですね? 僕、こういうふうな記者さんと話する機会がなかったんですけど……」


 だらしなく着ているスーツの腹部のあたりを掴んで、引き寄せた。耳元で囁くようにだけど、一音一音を、ハッキリと言葉にした。


「覚えておきますね? 僕に初めてインタビューをしてくれた人ですから」


 少しだけ、体を離した。そこからは、営業用の笑顔を貼り付ける。陽翔も気がついたようで、何かをしてくれようとしているのだろうが、僕の方が少し早い目に動けたようまった。


「僕の恋人をお探しでしたね?」

「そうです。聞かせていただけますか?」


 考えるそぶりも見せず、ニコッと笑いかける。特上の笑顔には、さすがに引いた記者。


「もちろん、いいですよ! 僕の恋人は、世界中にいますから。たくさんの愛の言葉を先日ももらったばかり……。僕から返せるものは、彼彼女たちに向かって、愛の歌を歌い続けることです! 朝早くから、取材、ありがとうございました!」


 陽翔に目配せして駆け始める。横を通り過ぎるときに、記者が「見事な返しだ」と呟いているのが聞こえた。僕は、もう一度、「ありがとう」と言葉にすると、校門まで走った。

 その背中に、記者は大きな声で伝えてくる。


「ファンになったよ! いつか、アイドルのてっぺんになったときは、単独取材させてくれ!」


 返事はしない。振り返りもしない。

 ただ、僕は、右手をヒラヒラとさせておいた。記者がどちらの意味としてとってもいい。


 ……いつか、てっぺんをとったら。


 俯き口元を隠す。そうしないと、笑っているのが、他の誰かにバレてしまうから。

 諦めていたてっぺんへの憧れが、また、息を吹き返したようだった。

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