第18話 ひとつお願いを聞いて欲しいんだけど?

 陽翔は、歌には興味があるのだろうか?


 会話が途切れたとき、陽翔は不意に流行りの曲ではなく、いつもの歌を歌い出した。それに耳を傾け、目を瞑る。優しい声が僕を包むようだ。

 そんなときに限って、電話が爆音で鳴るものだから、驚いて思わず椅子から飛び跳ねてしまう。それを見て、気分よく歌っていた陽翔はぷっと笑い始める。


「何やってんだよ?」

「いや、着信にビックリして……」


 ポケットからスマホを取り出し見ると小園からで、陽翔に手で断ってから電話に出る。


「すぐ折り返せなくて悪かった。今、どこだ?」

「教室。そっちは?」

「事務所。記者はどうなった? そっち行った方がいいか?」

「んー、幸いそんなにしつこい感じじゃなかったからなんとか。ヒナ、」

「ヒナ?」

「……葉月くんには困ったことあったら、事務所か僕のマンションにって言ったけど、よかった?」

「あぁ、大丈夫。こっちも受付に連絡しとく。あと、情報共有はすんでる。昨日、あれから社長とも話し合った結果、マスコミ各社へ通達を出すことにした」

「ごめん、迷惑かけて……」

「……湊は悪くない。今回のことは、モラルの問題だろ? 他人を勝手に写真に撮って、どうなるかわかった上でSNSに投稿した。確信犯だったらしいな」

「そうなの?」

「芸能コースの女生徒だった。名は言えないが、昼から、その子の所属事務所と話し合うことになってる。高い授業料になったなって昨日話してたんだ」


「そっか」とそれ以上は何も言わなかった。未成年であり、事務所が動いてくれているのなら、僕が何かを言うことはない。ただひとつ、気になることだけは聞かないといけない。


「ヒナ……葉月くんのことは、どうなった? ちゃんと、何も出ないようにしてくれた?」

「あぁ、それは、もちろんだ。まず、拡散された写真の削除申請をしたうえで、きっちり、今後のことも手を回しておいた。葉月くんが、一般の生徒である限りは、守られるはずだ」

「もし、もし、こっち側に……」

「そのときは、炎上したことも含め、この情報を使うことになるかもしれないな」


 小園の一言は、僕の気持ちを重くさせる。陽翔がアイドルになると、今回のことは、いい宣伝として使われることになるらしい。それは、そのときがくれば、陽翔に話せばいいのかと、黙っておくことにした。

 あとは、今朝のように記者と何かあれば、事務所で陽翔を匿うという確認を再度してから電話を切る。


「小園さん、なんだって?」

「さっき言った通り、記者とか迷惑なことがあれば事務所にって」

「わかった。なんかあったときは、頼らせて!」

「……悪かったな、ヒナ。今回のこと、謝っても……」

「そんな顔するなよ? まぁ、昨日はいろいろあったけど、いい友達ができたってことでいいんじゃないか?」


 それより、他に気になることがあるらしい陽翔は、言いにくそうにしている。


「どうかした?」

「……いや、ひとつお願いを聞いて欲しいんだけど?」

「できることなら、なんでも! 何?」

「湊があの曲歌ってるの、みたいなって。あの、テレビとかの省略版じゃなくて、ちゃんと、全部歌ってるの」


「頼む!」っていうから、何だと身構えれば、なんてことはなかった。


 そんなの、僕の得意分野じゃないか! 僕の歌なんだから。


「練習でいいなら、いつでも。僕がいつもダンスの練習してるところでよければ、招待するけど?」

「スタジオとか?」

「いや、ただのでっかいガラスがあるところ。スタジオに入らないときとかは、そこで練習してるから」

「いいのか? そんなところで、練習していても。一応、歌で稼いでるんだろ?」

「まず、僕だって気付かれないし、ファンにならまずいだろうけど、友人に練習を見せるくらいいいだろ? 僕の本気、見てもらえて一石二鳥だし!」


 予定を確認していると、教室に生徒が挨拶をしながら入ってきたので、話を辞めてしまった。

 未彩も眠そうにしながら教室に入ってきて、こっちを見て、目を見開いた。

 陽翔に気がついたようで、カバンだけ机に置いたら、足早にこっちへ向かってくる。


「はよっす! 湊? こちらは、どちら様で?」


 気をつかってか、未彩が小声で僕に話しかけてくるので、何もなかったように挨拶だけした。

 昨日、あの写真の出来事を一部始終を見ていたのだから、わざわざ説明は不要だろう。陽翔と未彩はお互いを知らないので、紹介だけすることにした。


「こっちが、歌舞伎界のプリンスらしい霜月未彩。特進クラスの葉月陽翔くん。昨日、トラブルがあって……仲良くなったんだ」

「どうも、霜月です」

「よろしく、葉月です……」


 未彩から差し出された手を握り、握手をする。なんだか、不思議な組み合わせではあるが、正直な話、このクラスの誰も陽翔のことに気がついていない。唯一、昨日の人物だとわかったのが未彩っていうのに驚きはしたが、人間観察が好きなコイツなら、気がつくだろうと薄々わかってはいた。


「じゃあ、俺は教室戻るから」

「あぁ、気をつけてな?」


 手をヒラヒラさせて、教室から出ていく陽翔を未彩と二人で見送る。陽翔が座っていた席に未彩が座り、眼光鋭く、重めに口を開こうとしていた。

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