第27話 僕は陽翔のこと、何も知らないんだな。
朝早くに学校に向かう。見られることが仕事ではあるはずなのに、不躾に見られたり、明らかに僕のファンでは無さそうな女子中高生がぶつかってくるようになった。
SNSの拡散から1週間近く経つのに、僕の周りは今まで以上に忙しない。
事務所が通達を出してくれたおかげで記者には追いかけられないけど、こっちの対応の方が正直難しいんだよな。僕、今まで、こんなことなかったから。
周りをチラチラ見ながら、小さくため息をついた。明らかに僕を見てヒソヒソと話している同じ車両の乗車客。今までは、同じように電車に乗っても、興味ありげに寄ってくるのは、痴漢くらいだった。
金髪と私立高校の制服というのも目立つのだろう。普通に調べれば、僕の個人情報なんて、どこにでも転がっているから。目撃情報でも出回っているのかもしれない。
居心地の悪さを感じながら、学校の最寄駅に降りた。
明日から、変装するかなぁ……。制服で変装って、しにくいんだけど。髪をなんとかしないと。
教室までたどり着いたときには、クタクタになっていた。
CD発売後初めての音楽番組が火曜にあって、今日は金曜日。水曜から特進クラスだけのテストがあるらしく、あれから陽翔には会っていない。
「話たいことあるのに……会おうって約束しないと同じ学校でも、全然会えないんだな」
誰もいない教室の机で潰れていると、睡魔に負けて眠ってしまったようだ。頭の中はハッキリしているのに、瞼があがらない。ふいに頭を撫でられたような感覚にふわふわした気持ちになりその感触を享受する。
ヒナと話たいな。この前の話とか、アイドルになってからの話とか。そういや、僕、水曜の売上ランキングで『白雪』が83位になったんだ。
頭の中は話たいことが次から次へと出てくるのに、当の本人がいない。その寂しさを誰にも言えずに、ここしばらくは過ごしていた。
「……ヒナ」
「どうした?」と柔らかい声で聞かれた気がして、慌てて飛び起きた。
「ヒナ! やっ……」
そこには、僕が夢にまで見て求めていた人物ではなく、苦笑いした未彩がもうすぐ授業が始まるからと声をかけようとしてくれたらしい。
「……はよ」
決まりの悪かった僕は、未彩に挨拶をすると「おはよ」と返ってくる。僕が陽翔を呼んだのは寝言か現実かわからないままだったが、何も言わずに「授業だから」と静かな言葉を残して先に戻っていく未彩を見つめた。
……どうしたんだ? いつもの未彩らしくない。
去っていく後ろ姿へ声をかけようとして、言葉に詰まってしまう。
◆
昼休みに週末のレッスン予定を見ていると、陽翔からメッセージが届いた。慌てて確認すると無事テストが終わったと報告である。
『週末、何してる?』
『レッスンにいく予定。夕方から空いてるけど?』
「誰から?」と食後に話をしていた未彩が僕のスマホを覗いて聞くので、「葉月くん」と答えると、困ったような微妙な表情を向けてくる。
「どうかした?」
「葉月って、この間の転校生だよな?」
「そうだけど?」
「湊はあんなことがあったのに、なんでそんなにアイツを構うんだ?」
陽翔に返事をしようとスマホを見るために俯いた顔を未彩に向けた。その表情は僕の知らない人に見え、少し距離をあけてから、どう答えていいのか悩んだ。
このままでは芸能界引退をしないといけない言われた現状、まだ、決まっていない陽翔とのユニットの話、そのために小園や事務所が動き始めたこと。どれをとっても、今はまだ、関係者でない未彩にはいえないことである。
「構っているわけじゃないよ。事情があって、ヒナとは連絡をとっているんだよ」
「事情って? 友達の俺にも言えないことかよ?」
「ごめん。まだ、そのときじゃない」
「葉月には言えて、俺には……言えないのか!」
声を震わせる未彩に触れようとして、パチンと手を弾かれてしまう。
「いいぜ。好きにしたらいい。湊なんて、知らねぇーよ!」
机を叩いて教室を出ていく未彩の背中を見送るしかできない。取り残された僕は、突然の大きな音と騒動にクラスメイトがこちらを窺っていた。
この1週間ちょっとの間に僕にとって目まぐるしく環境が変わっていく。激流のような毎日に必死になってたからこそ、気づかなかったことがあったのかもしれないと反省する。
「未彩があんなに怒ったの初めて見た」
午後の授業になっても空いたままの席を見てため息をつく。
……僕は未彩の何に触れてしまったのだろう。わからない。今までこんなことなかったから。
考えても正解を言ってくれる人がいない問題にどう向き合ったらいいのかすらわからなかった。
終業のチャイムが鳴ったので、カバンを持って教室を出ると、廊下で授業をサボった未彩とばったりあった。
「未彩……」
「……」
名を呼んでも返事すらしてもらえず、未彩は無視を決め込み横を通り過ぎていく。もう一度、呼ぼうと振り返ると真後ろに立っていた。
「……未彩?」
「湊、」
「どうした?」
「……その、なんだ……」
「うん」
「……悪かった。いきなり大きな声、出して。さっきも、その、無視して……」
「いいよ。気にしてない。未彩とまた話せて嬉しい」
泣きそうな笑顔に見ているこちらが苦しくなり、腕をポンポンと叩く。その手をぎゅっと握られ驚いた。
「今日もアイツと練習するのか?」
「アイツ? ……ヒナのことか?」
「そう。そういや、いつのまにか、そんな呼び方に変わってたんだな?」
握られた手に力がこもり痛い。振り解くことはできずに痛みを我慢する。未彩を見上げながら、僕は言葉を選んでいく。
「……この前、そう決めたんだ。何か問題でも?」
「アイツはなんて呼んでる?」
「湊だけど」
「そっか」と呟いた未彩が握っていた手を引き寄せ抱きしめられる。授業終わりの廊下はたくさん人がいるのに、この前のSNSのときのように誰かが写真をとることはない。
ただ、僕らを怪訝そうに見ていく生徒は多かった。
「み、未彩? 人が……ここは、人が多いから、ちょっと、離れて? この前からいろいろあったし、まずいんだけど?」
「……悪い」と体を離してくれたが、未彩の肩越しから陽翔がこちらを驚いた表情で見ていたのが見えた。
そのまま、踵を返して、元来た道を足早に去っていく。
こちらも何が起こっているのかわからず、追いかけなくては! と気持ちだけ焦った。
「ご、ごめん、未彩。ちょっと、用事が出来たから!」
腕の中から抜け出し、陽翔の去っていったほうへ駆けだす。スマホを取り出し、着信を鳴らすが、電話には出てくれそうにない。無性に焦る気持ちが暴れ出し、とうとう探すために駆け出した。
「なんで、逃げるんだよ! 僕と話をしに来たんじゃないのか?」
腹立たしくなってきて、悪態をついてしまうが、何処を探してもみつからなかった。下駄箱の靴もとうになくなっており、外まで探したのに、とうとう探し出すことができなかった。
「……幼馴染みたいだって言っても、僕は陽翔のこと、何も知らないんだな。家さえもしらない」
途方にくれたまま、電車に乗り込む。未彩にこのままレッスンへ向かうと連絡だけ入れて、僕は電車の揺れに身を任せ、車窓を睨んだ。
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