第26話 壁掛けカレンダーにそっと赤い丸を

 電話の向こう側から少々興奮した声が聞こえてきた。仕事が早く終わった陽翔の父親と僕の出ていた歌番組を見ていたらしい。

 二人が画面越しにどんなやり取りをしながら見ていたのか、気になるところではあるが、話したい! と訴えかけるような声に僕は譲ることにした。


「湊、歌もダンスもやっぱり上手いよな!」

「そんなことないだろ? 僕はまだみてないけど……」

「湊は画面でチェックする派? メッチャ王子様感があって、よかったよ!」


 お世辞ではなく、褒められ慣れていないので、言葉に詰まってしまう。でも、陽翔の一言が嬉しくて思わず笑ってしまった。


「そういえば、wing guys? 中継で繋がってたね? ライヴ会場からって言ってたけど、知ってた?」

「昨日から移動だったからなぁ……そっちもまだ見てないや」

「今帰って来たところだもんな。そういえば、あいつらって、おんなじ学校なんだっけ?」


 wing guysは、五人での行動も多いから、わりと目立つ存在なのに、本当に興味ないのか、そんな人もいるんだね? くらいの反応で、苦笑いした。


 僕にとっては嫉妬してしまうことでも、陽翔にとっては、今はどうでもいいことなんだろう。

 雲の上のヤツらを飛べないあひるが見上げている……そんな構図は微塵もおもっていないんだな。


「そういやさ、MV聞いてたときと、声変わった?」

「声? 別の人にも言われたけど、どんなふうに変わった? 僕、言われた意味がわからなくて」

「本人はわかりづらいかも。なんていうか……うまく言えないけど、色気が出たというか、訴えかけるような……恋でもした? って、感じた」

「はっ? 恋?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。電話の向こうでは、僕の反応を楽しそうに笑っているので困惑してしまう。


 ……確かに恋とか歌っているときに考えたけど、違うだろ? 僕の隣にって思うのは、ヒナだけと思ってるけど、それは……アイドルのパートナーとしてで……。


 ごちゃごちゃと考えていると、少し落ち着いたトーンの陽翔の呼びかけに、「どうかした?」と返事をする。目まぐるしく変わる会話に取り残されないように意識を戻す。


「あぁ、さっき、父親と見ていたって言っただろ?」

「うん、聞いた。それで? アイドルはダメだって?」

「先に答えてどうするの?」

「いや、だって……」


「不安なんだ」とは言葉にならなかった。この業界は特殊だと思う。僕は小さい頃から身を置いているから、普通に思っているけど、陽翔や父親にとっては未知の世界だろう。


「不安? 反対されるんじゃないかって」

「……うん、正直なところ。でも、説得はするつもりだよ! ダメだってなっても、僕はヒナの声が好きだし、僕にとって、ヒナの存在が唯一無二だと思う。他の人じゃダメなんだ」

「ははっ、さすがに耳元でそれだけ言われると、告白されてるみたいで恥ずかしい」

「!!」

「ビックリしてそう。はぁ……ビックリ顔見れなかったのは残念だけど」


 クスクス笑う陽翔。スッと笑い声が消え、一瞬の静寂が僕の不安を煽っていく。


「……湊」

「ん?」

「もしさ、アイドルになるのはダメだって言われたとしても」

「うん」

「俺も説得するから。今日、『白雪』の振り付けにないのやってただろ?」

「……わかった?」


「あぁ」と返事が返ってくる。陽翔が完璧に踊れるからこそ、気がついてくれたのだろう。あの瞬間に入れたかったたったひとつの仕草を。


 ……気づいてくれたんだ。僕がヒナに向けたもの。


「あれってさ、『僕の心を持っていけ』とか『一緒だ』とか、そういう意味だったりする?」

「どうだろう? あの瞬間、僕の歌がヒナに届けって思ってた。『白雪』を歌いながら、隣にヒナがいてくれたらなって考えてたら、あのひと仕草が入ってたよ」

「……そっか。俺、あのときに湊から気持ち受け取ったって感じた。他にもたくさんいるかもしれないけど、確かに俺へのメッセージなのかなぁ? って、勝手に痛いこと考えてたよ」


「そうだよ」と言うと嬉しそうな声が聞こえてきた。その声を聞くだけで、こちらも温かい気持ちになる。


「あっ、そうそう。電話しようか悩んでたときに、電話くれてありがとう。ちょっと、声聞けてよかったよ」

「それはこっちのほうだ。ヒナに今日の話、聞いて欲しかった」


「他にもある?」と聞いてくる陽翔に満の話をした。さすがに満のことは知っているようで、「すごい人と知り合いなんだな」とこぼしている。


「もしかして、三日月さんに言われたの?」

「何を?」

「歌だよ、歌! 声が変わったって話」

「そう、つっきぃーが、そう評価してくれた」


「よかったじゃん!」という陽翔。たしにかによかったのかもしれない。僕よりファンからも業界からも評価されているうえに、音楽をよく知る満がいうのなら、そうなのだろう。

 でも、僕が評価されたかった人からは、もう十分にもらっている。それだけでも、満たされた気持ちになった。


「そういえば、次の仕事のことなんだけど」

「見学させてくれって言ってたやつ? 小園さんには難しいって言われてたけど、何かいいのがあるの?」

「そう。CM撮影を見に来ないか?」

「……そういうの、受けないんじゃんかったっけ?」


 陽翔にまで言われ、拗ねたように「受けるようにしたんだ!」というと、「お茶の間で、湊が見れるのは嬉しいな」とか呟いている。


「僕だけじゃなくて、ヒナもきっとCMで流れるようになるよ。近いうちに」

「いや、さすがに……恥ずかしい」

「アイドルなんだから、受け入れろ!」


 そう言ってひとしきり笑うと予定だけ聞いて電話を切った。


 次の月曜なら空いているよっか。


 億劫に思っていたCM撮影も、ヒナが一緒に出ているイメージが頭から離れない。普段使わない小園が持ってきてくれた壁掛けカレンダーにそっと赤い丸をつければ、思わず頬が緩んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る