第25話 And I Love you...
「それでは、歌っていただきます如月湊さんで『白雪』」
アナウンサーの曲紹介と同時にイントロが終わりそうだ。
スポットライトが当たって、ライトであちこちから照らされる。思い出すのは、陽翔と一緒に踊ったあの時間。あんなに楽しく踊れたときはなく、隣に今もいてくれるのではないかと、チラリと見る。
そこには誰もおらず、苦笑いするしかない。一瞬の静寂の中、最初のフレーズから曲に言葉をのせる。陽翔が歌ったあの一節だ。
「I think about you. I just wanted to tell you」
囁くように始まるこの曲。
君のことを考えていたんだ。ただそれを伝えたくて……。
キュッとする心臓。
目の前にいるファン、カメラ越しに僕を見ている誰かに届くように。
そこから、曲調が変わり、Aメロとなる。白雪への片想いが始まる……魔法の鏡の彼女に目を奪われた衝撃と無機質だった世界が変わるよう感覚には、僕も覚えがあった。
「いつだって透明な世界から 君を見つめるだけで」
……僕の場合、見つけたのは、ヒナの甘く響くバリトンと優しいハイトーンだったけど。それも、教科書に載っている歌だった。
クスっと笑いそうになるけど、表情を引き締める。今は、魔法の鏡が、白雪を見つけるところだから。
「白雪のような頬をつたう 涙を拭うことはできない」
涙を拭ったのは僕ではなく、ヒナだったな。惨めにも……あの声に心から震えたんだ。僕のために歌って欲しい……僕だけの声だって。
たった1フレーズ歌っただけで、僕を虜にした陽翔の声を思い出す。耳に聞こえてくるのは僕の声なはずなのに、陽翔が歌ってくれているような気がした。
ビックリして涙を拭ってくれた手の温もりを思い出す。
「色褪せてしまったままの世界は 白銀に変わる」
アイドルを続けられないって小園に言われて、目の前が真っ暗位になった。途方に暮れるっていうのは、あぁいうことなんだ。
白銀っていうけど、きっと、白雪の生きる世界の色だ。僕が見える景色をヒナにも見てほしい、共有したい。
「君が僕の瞳に映っていたならば それだけでいいと思っていたんだ」
そんなふうに満足できるのか? 魔法の鏡は白雪にも見てほしかったはずだ。僕がヒナに見てもらいたいように。
僕の一方的な想いだけでいいだなんて、そんないい子でいられるわけがないだろう?
「あの日 消えてしまった 君の笑顔を取り戻したい」
取り戻すのは『僕』だけど、ヒナとこれからの時間をかけがえのないものにしていきたい。アイドルとして、僕やヒナが誰かの心に寄り添える歌を何より歌いたい。今、届いていない誰かにも、二人なら……届くんじゃないかなぁ?
カメラのレンズと視線が交差した。テレビの向こうで見ているとメッセージをくれた陽翔に向けて、胸を二回叩いて拳を突き出す。
振付にはないけど、向こう側にいる人に伝わる……そんな気がした。
「伝えられなかった この気持ちは変わらない」
うん、変えるつもりはないよ。たとえ、ヒナの心が揺れたとしても、僕は僕の隣に他の人がいる未来なんて、考えていないんだから。
いきぴったりのダンスを踊る陽翔の息遣いまでもが聞こえてくるようだった。
「叶わなくてもいいと思っていた 君を想った日々」
そんな苦しい日々は来ないでほしい。ヒナと笑いあいながら、この場で、僕の隣で、ずっと、一緒にいてほしい。たった数日前に出会ったばかりだけど、この想いは叶わなくていいなんて、少しも思っていない。
ずっと、ヒナと出会うのを待っていた……と、すら思っているんだから。
「思い出していたのは いつだって君の泣き顔」
泣き顔はやだな。いつだって、笑ってたい。願いが……願いが叶ったときくらいは、泣いてもいいのかなぁ。
僕は、歌っているあいだに考えていた。陽翔とこの曲を……『白雪』を同じステージに立って歌える日を。
陽翔から「心は決まった」と言われている。あとは、陽翔の父親からの承諾を得たうえで、正式にユニットを組むことができる。まだ、子どもな僕らだけでは、前に進むことができない。
きっと、小園と一緒に挨拶に行くことになる。もし、反対されれば、説得をすることになるのだろう。子どもの僕に、陽翔と歩む未来は簡単に手に入るものではないと思ってはいる。小園からも懇々と今後のことについては聞かされているから。
それでも、初めて会った日に比べれば、陽翔も考えてくれたことで前進しているのだから、
……早く大人になりたいな。そうすれば、今すぐにでも攫ってこれるのに。
サビだけを繰り返し、締めくくる。曲も終わりを告げていくようで、段々と小さな音量へと変わっていく。
……僕、この曲は、最後を白雪に伝えたい曲なんだって思ってるんだよね。まっすぐ、僕の想いを乗せて。
「And I Love you...」
最後のフレーズを歌い終わり、ライトが暗転する。同時に音も消えると、誰かが持っていたペンライトだけが光り、一瞬の静寂のあと僕の名を呼ぶファンや拍手が会場に響く。
……僕の出番、終わっちゃったな。いつもより、ずっと、ごちゃごちゃと考えてた。誰かに焦がれる気持ちって、今までわからなくて恋愛の歌って苦手だったんだよな。
ダンスのせいで上がったはぁはぁという息を整え、ふっと冴えた頭がひとつの答えにたどり着く。
……白雪って、僕そのものの歌なのか? 僕……僕……は、恋をしているのか?
ピンとこない『恋』を口に出す。だからと言って、何かがはじけたわけでもなく、ただ、口角を上げて微笑んだ。
ちょうど、暗くなっていたステージにライトが再度降り注いだので、キャーという声援に応えるように手を振って「ありがとう! いい恋してねっ!」と言って、ステージ袖へと戻っていく。
「如月さん、素敵な歌をありがとうございました! 私、ファンになってしまいました」
「ホンマかいな?」
「だって、見てませんでしたか? すっごい素敵でしたよ!」
アナウンサーと芸人の会話を聞きながら、クスクス笑ってしまう。聞こえていないが、「ありがとう」とアナウンサーに向けていうと、「俺もファンになりました! 如月くん、握手してください!」とふざけて満が手を出してくる。
「あぁ、はいはい。どうもありがとうね?」
そういいながら、満の手を握る。グッと力が籠められ引き寄せられて驚く。
「つっきぃー?」
「マジでよかった。惚れそうだわ。色気のある声もあんな表情されたら、そりゃファンも増えるわな。誰だ? そんな顔をさせる輩は!」
「……どんな顔だよ! 変なつっきぃー。次でしょ? ここで聞いていくから、ステージ楽しんできてよ!」
とんっと、満の腕の中から逃れ手を振る。バンドが呼ばれているので、満は他のメンバーと渋々と出ていった。
「さすがの人気だな……」
僕とは違う歓声に羨ましく思いながらも、今日のステージを思い返す。
歌い出しも良かったし、最後ももちろんよかった。今までで1番のできだったと思えば、嬉しくて頬も緩む。
……早く、ヒナに今日のステージの話したいな。
今日は陽翔のことばかりを考えていると思い返せば、さすがに恥ずかしい。顔を真っ赤にして俯いていると小園が「大丈夫か?」と声をかけてきた。満たちの演奏も聞き終わったので帰ることになった。
熱い頬を押さえながら、僕は小園に乗せてもらいマンションへと向かう。充実した今日を胸の中にいっぱいにして、部屋に入った瞬間に電話をする。スマホの画面に陽翔と表示され、1コール聞いたところで「おつかれ!」と声が聞こえてきたのである。
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