第24話 『アイドル如月湊』
「好調そうだな?」
本番前ステージ袖で出番待ちをしていると、後ろから声をかけられる。振り返ると、ギターを持ち斜に構えているバンドマンが笑いかけてきた。
「つっきぃーじゃん!」
「おまっ、俺が一応年上で先輩な?」
僕の呼びかけに盛大なため息をついている三日月満が後ろに立っていた。
「つっきぃーにつっきぃー以外、何もないだろ?」
「……まぁ、つっきぃー以外、ろくなのないからな、湊に呼ばれるのには」
近寄っていけば、「久しぶりだな」と言われた。つい先日、満たちのバンドは活動休止を経て、充電満タンで音楽業界へ戻ってきた。8つ年上の彼らを僕はファンだと公言してたので、こうして、番組で会うと話しかけてくれる。
「何してた? 休止中に」
「俺は旅をしてた。バックパッカーだな」
「何、その気取った感じ……」
クスクス笑うと頭をクシャッと撫でられる。整えてもらってあったので抗議の意味も込めて睨みあげると、「わりぃ」と思ってもいないようなことを言うので、さらに胡乱な目で見つめておく。
「本気の活動だよ。俺になかったものを探しに行ってたんだ。おかげで、見つかった」
「自分探しの旅って、10代じゃないんだから迷惑じゃない? バンドの人気もすごいあったのに」
「まぁ、な? 俺がいうのもなんだけど、あのまま続けてたら、俺が歌えなくなってたと思う。旅に出て、知らない土地に行き、言葉の通じない場所で足掻いてみると、歌への渇望が湧いてきたんだよ」
「たしかに……今回の聞いたけど、つっきぃーもみんなも歌いたいっ! って、全身で訴えかけてるもんな。僕、すごく好きだ」
くしゃくしゃにされた髪をサッと整え、笑いかける。少し驚いたあとで、満が納得したかのように頷いた。
僕は、満のそんな表情が不思議で首を少し傾げる。
「俺も湊の新曲をCD聞いたとき、あぁ、湊だなって思った」
「そりゃ、僕が歌ってるんだからね?」
「今日のリハ聞いたとき、なんていうか……湊だけど湊じゃない、新しい湊って感じたよ。この数週間で、すごい成長したな? CDと比べられないほど、声にも表情にも奥行きがでて、伝えたい言葉が音にのってよく響いたよ」
「ありがとう」と呟く。普段、褒めない満に褒められたことが嬉しくて、舞い上がってしまいそうだ。
「ランキングは散々みたいだけど、湊の声は生だからこそ力に変わる音なんだから、しっかり伸ばせよ?」
「んー、そうは言ってもな。上ばかり見てたらダメだってわかってはいるけど……」
「wing guysか? まぁ、ライバルにしては、遥か高みにいるから、見上げ続けるしかないな。でもな、湊」
「なんだよ、改まって」
「『白雪』はここで終わりじゃないだろ? 湊の声が変わったのは、何かきっかけがあったはずだ。今の湊は前より好きだ。頑張れよ?」
うんと返事をする。頑張る方向が未だわかってない僕は、トンチンカンなことをしているに違いない。
話をしているうちに呼ばれたので、満に手を振りステージ袖から出ていく。今日は、お客の入った歌番組なので、悲鳴のような「きゃーっ!」と黄色い声援がとんだ。
まず、司会の人の元へ行く前に深々と一礼して、にっこり笑顔を振りまいた。倒れないか心配なほど、僕の登場を喜んでくれるファンがいて嬉しくなる。
「如月くん、すごい声援やね!」
「ありがとうございます! こんなにたくさん、応援してもらえるの、すっごく嬉しいです!」
「あかん、あかんで、その爽やかスマイル……」
「なんでですか?」
「なんで……それ、聞くかぁ? アイドルの笑顔は、みんな惚れてまうやろ? ほれ、こんな近くで笑顔見せられたら、勘違いしてしまいそうや!」
司会の芸人さんが、笑いをとってゲラゲラと笑っていると、客席からも聞こえてきた。
テンポよく軽快に話を終え、曲の話になる。CDの発売後初の番組のため、少し尺を取ってくれているようだ。
「如月さんが歌っていただく歌は、発売されたばかりの新曲ですね? どういった歌になるのでしょうか?」
「今日、歌わせてもらう曲は『白雪』というタイトルで、みなさんが知っている白雪からイメージされたものになります」
「と、いうと、王子様にチューされて、めでたしめでたしの?」
ちょうどよいタイミングでチャチャを入れてくる芸人に「そうですよ」と苦笑いをする。
「それじゃあ、王子様はさながら……如月くんなんかい!」
……この人、『白雪』聞いてないな。まぁ、聞いていたとしても、勘違いしてる人多いかもしれないけど。
「それならいいですけどね? 僕は、魔女が持ってる魔法の鏡役です。世界で一番美しい白雪に恋をする……片想いの歌なんですよ」
「なるほどなぁ……、片想いか。如月くんには縁の無さそうな話やな?」
悪い顔をして、僕に詰め寄ってくる。こういうゴシップを引っ張り出したいのか、やたら絡まれそうだ。
「そんなことないですよ? 僕はいつだって片想いです」
「そんなことないやろ?」
「そう思いますか?」
含みのある視線を送り、微笑んでおく。きっと、話題になった写真の話を引っ張りたいのだろう。
「こうやって、僕に会いに来てくれるファンも大勢いますが、僕の想いが届かない人のほうが多いので。いつか、振り向かせたですね!」
ニッコリ笑うと「なるほどなぁ、ファンか」呟いた。僕がまだ、ファンじゃない人を振り向かせたいと語るとそれ以上は何も言ってこない。
「化粧品のCMのタイアップ曲となっているようですね! それについてお聞かせいただけますか?」
慌ててアナウンサーが話の方向を変えるので、「えぇ、もちろんです!」と答えた。
「化粧品のCMに起用されると聞いたとき、とっても嬉しかったです。実は、僕……昔からこの化粧品を愛用しているので、コラボさせていただけたこと、夢のようです!」
CM変更の話は、まだ、世にはでていない情報なので、控えめに、されど、愛用しているを押し出すとアナウンサーが引き取ってくれた。
「そろそろスタンバイですね! 如月さん楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
促されるように、駆け足で僕はステージに向かう。
少し緊張しているのか、笑えてくる。
何年アイドルやってると思ってるんだ?
僕は僕に苦笑いをし、近寄ってきたアシスタントにハンドマイクを渡してヘッドセットをつける。
大丈夫。歌える……。陽翔ともダンスの練習したじゃないか。
ギュッと目をつぶったあと、小さく息を吐いた。
テレビの前では初めて歌う『白雪』のインドラを聴きながら、優しく目を開けた瞬間、僕はステージで一人、『アイドル如月湊』になりきった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます