第23話 可愛いですよね? 僕が持つには。

「おはようございます」

「如月くんはいりまーす!」


 ADの掛け声で、僕はスタジオへリハーサルへと入った。カメラがどのように動くのか、ダンスをする位置と範囲、マイクのテストなど多岐に渡る確認をしていく。衣裳は、王子様が着ているのようなもので白くて飾り気のあるキラキラしたもの。スポットライトの下に立ち、全身で光を浴びれば、さらにスパンコールに反射する。太陽光とは違い、埃っぽいスタジオの中、僕だけに向けられたライトに心が逸る。


 ……ヒナも早くこの場所に立てればいいのに。


 もし、ヒナの父親から許可が下りてアイドルとして僕の隣に立てたとしたら、どんなに最高なんだろう……と、何度も何度も二人のステージを思い描いく。

 曲をかけての通しのリハーサルで、体はいつも以上に軽くよく動いた。


「湊くん、ありがとう! 本番もこの調子で頼むね?」

「こちらこそ、ありがとうございました!」


 スタジオのみなに見えるよう、礼儀正しく頭を下げる。

 本番まで何時間もあるが、バタバタと最終打ち合わせをした後に雑誌のインタビューを受けたりと時間は限られている。


「今日の如月くん、ダンスも良かったけど、声がよかったね? すごく伸びやかで」

「湊くんは、ダンスも歌も見た目もいいのに、なかなか芽が出ないんだよね。今日歌っていた曲は、化粧品のCMのでしょ? いいよね、あの曲」

「確かに! 今、してるよね! 化粧品メーカーのイメージと曲とは合ってるのに、モデルがイマイチだからなぁ……」

「いっそのこと、湊がCMでたらいいのになって思うよねぇ?」

「「そうだよねぇ~」」


 リハーサルをしている隅で、メイクやスタイリストが自身の手がけるアーティストの出来を見に来ている。僕の担当は、雑誌用のメイクの準備で来ていないが、他の人達は、出演者を見ては、話し込んでいた。自身の担当さえ終われば、楽屋へ一緒に帰るので、世間話のついでに情報交換をしているのだろう。

 すれ違いざまに聞こえてきた話に僕は思わず笑ってしまう。CMのオファーについて、小園から化粧品メーカーに返事をしてくれているところだろう。小園から話をもらったばかりだったので公にはなっていないが、期待されることがとても嬉しかった。


「ただいま」

「お疲れ。どうだった?」


 楽屋に戻ると次の準備に取り掛かっている小園とメイクの真希さんに衣装を預けて、着替え始めた。


「CMの話は、先方にしておいたよ。ありのままの僕ではダメなんでしょうか……と湊が言ってるって言ったら、難なく女装はなくなったけど……」

「化たヤツもやりたいって話なんだろうな。まぁ、詳細は任せるよ。僕はただ、きちんと振られた役割をこなすから」

「女装は……って、言ったくせに」


 しらっと小園の小言が聞こえてなかったように鏡の前に座った。雑誌のグラビア用にラフな私服というていの衣装は、王子様の休日と銘打ってあるらしい。確かに

それっぽいなと確認したあと、目を閉じた。メイクブラシを持った真希さんが、真剣な表情のときは、話しかけず、素直にいうことを聞くほうがいい。


「湊くん、少しだけ、口紅を塗っても構わない?」


 そう言われたので目を開けると、化粧品メーカーの新商品の口紅を持っていた。僕が受けたCMの商品だと目視し、真希へ悩んだ顔をする。


「色味はこんな感じ。薄いから、ついてるかついてないかわからないけど、あると写真写りもいいし綺麗なんだよ」


 手の甲にスッと塗る口紅は、ほんのり桜色をしているだけで、リップクリームに近い感じだ。化粧品メーカーのCMについては、雑誌が発売されてから公表となるだろうが、におわせるくらいはしてもいいのだろうか? チラと小園を見ると頷いているので、僕も真希に頷いた。


「いいよ! 今度のCMをするときにも高感度が上がりそうだし、宣伝にもなるだろうから。……実際、ファンデーションは、このメーカーのばかり使ってるんだよね?」

「そうそう。ここのは、湊くんの肌に馴染みやすいからね!」


 女の子が喜びそうなキラキラしたパッケージ。真希から手渡され、口紅を手に取って自分で塗ってみた。


「あっ、やっぱりいいね? 色味はそれほどないけど、艶感もちょうどいいな。今年は少し色気を出せればって思っていたから……」

「真希さん、コレ買い取っていい?」

「いいけど……気に入った?」

「ん、かなり」

「あんまり好きじゃなさそうだったから口紅は控えてたけど、これくらいならいいの?」

「そうだね。あるのとないのでは、顔色も変わるし……とてもいいと思う!」


 雑誌用のメイクが終わり、髪を整えてもらったころ、記者とカメラマンが楽屋に顔を出した。


 スタジオを借りているというので、そちらに移動して、話をすることになった。この前の女性誌とは別のものだが、こちらも大手なだけあって、そこそこお金をかけているようだ。

「そこにかけて」というので、指定されたソファに腰掛ける。


「なんていうか、お昼のトーク番組みたいですね?」

「本当ですね! どういうセットがいいですか? って聞かれたので、お願いしたのですけど、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 ソファを挟み、記者と対峙する。雑誌の取材を受けるとき、何を聞いてくるのかといつも緊張したが、今日も少し顔が強張っているらしい。記者が優しく微笑んでくれる。


「そんなに緊張しないで。さっきみたいな感じで」

「そうは言われても、難しい質問を用意しているんですよね?」


 クスっと笑ったところで、「どうだろう?」と記者から返ってくる。「始めるよ」と一言から、インタビューは始まった。今回のCDについて聞いてくれるというので「なんでもどうぞ」と笑いかけた。


「今回の曲、『白雪』っていうタイトルは、あの童話から取ってあるの?」

「えぇ、そうです。白雪って、継母が化けた魔女から渡された毒リンゴを食べて死ぬじゃないですか?」

「そうだね。歌詞にも、確かに出てくるね」

「はい。そうなんです。毒リンゴを食べて死んだはずの白雪が王子と出会って生き返って幸せにというお話を想像されるでしょうけど、この歌の主人公は、白雪や王子ではなくて、継母が使っている魔法の鏡なんですよ」

「そうだったの? 魔法の鏡が、どう……?」

「擬人化してます。鏡の片想いですね。鏡って、白雪を映し出すことは出来ても、触れることはできないし、美しい彼女に惹かれるけど……って。だんだん愛しさが募っていく感じかなぁ?」


 曲のイメージを伝えると、歌詞カードを開いて記者が確認をしていく。自身がイメージしていた内容と異なっていたのだろう。僕の話を聞いて、「だからか……」と納得したように呟いた。


「全く別のことを考えていました。王子が片想いをしているのかと……魔法の鏡を擬人化……、なるほどです。確かに、鏡では白雪に触れることは出来ないですね。私、最後の『思い描いたのは いつだって君と僕の笑顔』のフレーズがとても好きなんですけど」

「嬉しいです。作曲家の先生も、ずっと悩んでいたそうですよ。サビの最後」


 二人でクスクスと笑いあう。自然に話をしているところをカメラのシャッター音が鳴っているが気にせず、続きを話した。


「僕もこの曲、とても気に入っているんです。曲の始まりの……」

「英語の部分ですね!」

「はい。僕は君のことを考えていたんだって、直訳すると恥ずかしいですけど……」

「確かに! でも、如月さんになら……言われてみたいです。『白雪』をいっぱい聞けばいいのか」


 軽い調子で話す記者に僕も頷いた。「僕の歌、何度も聞いてくださいね!」と囁くようにいうと、女性記者はほんのり頬を赤く染める。


「最後の質問です」

「はい、何かな? 少し怖いです」

「そんなこと……『白雪』をイメージソングとして化粧品メーカーのCMが流れていますよね? どんな気持ちですか?」

「うーん、化粧品って、メイクさんにはしてもらうけど、少し男の僕からすると遠いイメージがしていました。もちろん、女性が美しく可愛くなるためにメイクを勉強しているところとか、とても尊敬しますし、可愛いなって思います。僕は鏡の化身ですから、美しく可愛くなる女性の応援ができれば……なんて。ちょっと、おこがましいですかね?」

「そんなことないですよ! 私は素直に嬉しいです。そういえば、少し、口紅をつけていらっしゃいますか?」


 女性記者なので、さすがに目ざとい。僕の唇を見て、サラっと言えたことに感心した。


「実は、これを使っているんです。リップクリームはよく使うんですけど、少し色が入っていて、とても綺麗だったので」


 ポケットからそっと、口紅を取り出した。それをみた記者は、驚いた表情をしている。まさか、ポケットから、可愛らしい口紅が出てくるなんて思ってもみなかったようだ。


「可愛いですよね? 僕が持つには。でも、僕も可愛いものが好きなので、1つ購入させていただきました。とっても、発色もよくて、気に入っているんです!」


 キャップを取って、口紅を唇に当てる。その様子を写真へとおさめていくカメラマンに視線を送ると、ビックリするくらい綺麗に撮ってくれた。

 新曲『白雪』の話も、ふだん使っているCMの化粧品メーカーの化粧品の話も丁寧に取り扱ってくれると約束してくれる。


 雑誌の真ん中の記事として取材を受けたはずが、表紙と10ページ及ぶ巻頭記事になったことは、発売される数日前に知ることとなった。

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