第6話 一部始終

 教室に入ると、級友たちとにこやかに話をしている凛が目に入る。芸能コースのクラスと言ってもピンキリで、売れてるものもいれば、駆け出しのものもいる中、このクラスで1番の王様があぁも爽やかに親衛隊を侍らせているのを見るとウンザリもしたが、羨ましくもある。

 みながこのクラスを選んでいる理由に仕事のスケジュールの関係上、学校のある昼間に抜け出すことが多いから、芸能界に少しでも足を踏み入れているものは、単位が緩く設定されているこのコースに入るものが多い。


「よぉ、湊」


 歌舞伎のプリンス様と呼ばれている霜月未彩が僕の側にきた。今日も切れ長の涼しい目に、浮足立っている女の子たちがソワソワしているのが目に入る。返事の代わりにそちらに手だけあげて、自席に向かう。

 今日はグラビアの撮影で朝が早かっただけでも十分なくらい疲れたのに、嫌味な天使ちゃんとバトッたり、転校生とぶつかって押し倒したわ、往来の中で凛とやりあったで、すでにお腹いっぱいである。


「さっきの見てたぜ? 何? 凛に宣戦布告?」

「何をとは言わなくていいな。もう、今日は、何にもしないで帰りたい」

「ずいぶん、疲れているじゃないか?」


 未彩がクスクス笑いながら前の席に座り、机に潰れた僕の髪を触っている。

 僕の席は教室の窓際の中頃にあり、優しい風が吹いてきて、まどろむにはちょうどいいと目を瞑った。未彩が心配して、おでこに手を当ててくる。


 ……冷たくて気持ちいい。


「熱は、ないな」

「あるわけないだろ? 朝から仕事に出てたんだから」

「湊の場合、熱があっても、仕事は行くだろ? 前科持ちが何を言っても無駄だよ」

「売れないアイドルは、多少の無理はするって」

「それで、トレンド奪ったのに、一瞬で奪い返されてたら意味ないよな?」


 ぐうの音も出なかった。歌番組が減ってきた今、オファーがあれば無理をしてでも出ていた。それで、パフォーマンスが下がるなら辞めるべきだと思うが……、そうでないならと押して出たことがある。リハを入れて3時間半に及ぶ収録が終わった瞬間にぶっ倒れて医務室に運ばれた。

 テレビの向こう側で見てくれていた人がいたということなのだろう。その日のSNSのトレンドに僕は上がった。『熱っぽい』『色っぽい』『王子覚醒』は僕のための言葉だった。そんなトレンドが出た瞬間に、wing guysに新曲やライヴ映像の配信が発表され、一瞬で話題を攫われた可哀想な王子となったことを未彩はさしている。

 それ以来、健康管理は完璧にしているつもりなのだが、前科があると、仲のいい未彩には何かにつけて弄られる。


 大きなため息をついたころ、始業のベルがなり、授業が始まる。聞いているようで、耳に入ってこない念仏のような教師の言葉を聞き流す。

 同時に、昨日聞いた声を思い出していた。今も耳に残る優しいハイトーン。夕焼けに溶け込むような色気のあるバリトン。僕だけが知っていたいような、誰かにも聞いてほしいような、胸がざわつくようで凪いでいる……言葉に表せないほど、僕を虜にしたその声を頭の中で繰り返し聞き入っていた。


 何とか気力を使い授業を乗り越え昼休み。小園に言われたユニットの話を考えていた。まだ、胸の内は何とも言えないけど、前に進まなければいけいのことだけはわかっている。


 どんなヤツなら、一緒にアイツらと戦えるんだろ? 


 前で親衛隊たちと連れ立って食堂へ向かおうとしている凛を睨む。


 僕と同じようなタイプを選んでも、元の僕に絶大な人気がないんだから、ダメだよな……。凛とか? いやいや、凛って……何を血迷って!


 はぁ……と大きなため息をついて机に潰れる。朝からの撮影と移動で疲れて、そのまま瞼が閉じてしまう。


 頭では、ご飯食べないと……と思いながら、重い瞼に逆らう余力はなかった。

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