第4話 最悪の出会い

「ご機嫌ななめだな?」

「……とんでもないヤツを僕に当てようとしたものですね?」

「何かあったのか?」

「あの天使ちゃん、とんだ食わせ物ですよ」


 帰るために高速を走りながら、笑いだす小園。何を考えているのか、さっぱりわからないが、僕が思うよりおもしろいことがあったのだろう。


「食わせ物なら、もっと上手がいるだろ? いきなり何をするのかと思ったら、まさか、あの短い間にそんな攻防があったなんてな」

「笑いごとじゃないって。あぁ、イライラするの止まらない」


 ガシガシと助手席の足元を蹴る。こんなにもイライラしたのは久しぶりだった。アイドルって言っても、売れないのだから、違う方向で身を立てることも考えるべきだ。それもしないこんな僕を見限らずにいてくれる小園に感謝はしていたが、この悔しさは誰にもわからないだろう。


「学校はどうする?」

「……学校なぁ。眠たいし……」

「間に合う、行ってこい。学生の時間は戻ってこない。それも、一つの糧になるんだからな。チヤホヤされれば、その最悪な気分もよくなるだろ? アイドル様」


 煽てりゃいいってもんじゃないんだけどな? まぁ、いっか。


「わかったよ、行ってきます。向かって、学校へ」


「はいよ」と小園が返事をして、学校へ車を向ける。「着くまで寝ろ」と言われたので目を瞑る。朝が早かったからなのか、気がついたら学校の正門。ちょうど、登校時間で、学生たちが友人を見つけて挨拶をしながら、学校へ入って行く。

 正面玄関前に停まった黒塗りのクルマは注目を浴びただろう。容姿を整え、「行ってくる」とクルマから降りた。


「湊くんよ!」

「おはようー如月くん!」

「湊!」

「みなーっ!」


 ……あぁ、これこれ。こんな感じで、黄色い声が浴びると気持ちいい。


 今朝の出来事でイライラしていた気持ちも、女の子たちからの黄色い呼びかけで、多少消えていく。女の子たちに手を振り笑顔を振りまけば、あちこちから僕の名が聞こえてくる心地よい声で愉悦に浸っていた。


「えぇーっと、この学校広すぎるんだけど。どっちに行けばいいんだ?」


 黄色い声を心地よく聞きながらよそ見をして歩いていたので、僕の前に立っているその人物のことに気が付かなかった。女の子たちの悲鳴が聞こえたと思ったら、何かにぶつかった瞬間で、前のめりに倒れこんだ。


「いで……んっだよ!」

「…………早くどいてくれないか?」


 僕の下敷きになっていた男の子は、うつ伏せに潰れながらに抗議してくる。くぐもった声に慌てて飛びのいた。


「あぁ、その、悪かった」


 見たこともない紺の学ランを着た小柄な青年が、飛んでいったメガネを手繰り寄せているところだった。

 横に退いて、もう一度謝ろうとしたが、のそのそと起き上がり、前髪の後ろからきつく睨んできた。先に立ちあがり手を差し伸べてみたが、叩かれてしまう。


「……なぁ、悪かった。あの、僕……」

「興味ない。この学校、芸能クラスあるから、そっちのやつだろ? 朝から、キャーキャー言われてっから、注意散漫なんだ」


 転校生? は、汚れた制服を叩き、振り返らず校舎の方へさっさと去っていく。その場に取り残された僕は、その後ろ姿を呆然と見送った。

 さすがに、周りの女の子たちだけでなく、男子学生からもヒソヒソと話し声が聞こえてきたので、ぎこちなく笑って誤魔化した。


「湊っ! こんな朝っぱらから、男の子をこんな場所で押し倒して、やっらしいー」


 茶化すような声に振り返れば、今をときめくアイドルグループ様方が登校のようだ。声をかけてきた水無月凛を無視して歩き始める。


「ねぇ、ねぇ? 湊ってば。そんなに冷たくしないでよ?」

「何でお前に朝から絡まれなきゃいけないんだ。天下のアイドルに!」

「そ、れ、は! 湊が同級生だからですっ!」


 ドヤっとされた瞬間、殴ってしまいたい衝動。昨日見たCD売上ランキングのトップを独走しているwing guys。そのメインボーカルである水無月凛をはじめ、その他のメンバーも後ろからついてきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る