第33話 出会ってしまったんだから、仕方がないだろ?
握っていた手に思わず力が入る。伝えかたを考えながら、見つめ合っていた。
「……湊?」
黙ったままの僕を心配したのか困った表情をしながら名を呼ばれる。
考えても仕方がない。
「……僕は、ヒナが好きだ」
えっ? という表情にこちらも驚いた。さっき言った言葉を反芻する。
『……僕は、ヒナが好きだ』
……あれ?
「あっ、えっと……そうじゃなくて、その、あぁっと……」
「俺も湊のこと好きだ」
笑いながら慌てる僕に追い打ちをかけてくる。クスクス笑っているので、繋いだ手からも振動が来るが、その手が熱くなっているのに気が付いた。
「もう一度、言い直す!」
「何々? 湊は俺のことが好きだって?」
からかっているのがわかるので、眉を顰め、睨んだ。笑っていたのに、スッと真面目な表情に変わる。茶化されすぎてあわあわしている僕がおもしろかったのだろう。
ふぅ……と息を吐く。陽翔を見上げながら、同じことをいう。
「僕は湊が好きだよ。友人として、こんなに気が合う人は正直初めてた」
「うん、それは俺も感じてる」
「よかった。でね、僕が、アイドルを目指したきっかけって、社長とヒナのお父さんがきっかけなんだ」
「さっき聞いて知った。湊が、どういう経緯で、うちのお父さんを知ったかも正直驚いたし、お父さんがアイドルしてたことを言ってくれなかったことにショックもある」
少し悔しそうな表情をする陽翔。父子家庭の陽翔にとって、父のことを1番理解しているつもりだったのだろう。それが、僕みたいなヤツから横やりが入った。決して悪口を言ったわけでもない。ずっと、憧れていた男性なのだから。それでも、陽翔は複雑な想いをしたことが表情から見て取れた。
「僕が知っていて、陽翔が知らなかったから悔しいの?」
「……そういうんじゃない!」
「じゃあ、どういうこと?」
「…………言いたくない」
頑なに口を閉ざしてしまう陽翔。いくらこちらから語り掛けても、答えてくれそうにない。
……今、ヒナは何を考えている? なんでこんなに怒ったり、悔しがったりしている? お父さん……『高坂弥生』のことじゃないのか?
考えてもわからず、ただ、見つめるだけで時間が過ぎて行った。静かすぎる部屋に時計のカチコチと秒針が動いている音だけが響いた。
「なぁ、ヒナ?」
「何?」
「僕が、なんでヒナをアイドルに……相棒に誘ったか、話したことがあったっけ?」
「……ちゃんとは聞いていないけど、なんとなくわかる。『僕のために歌ってくれ』って言ったよな?」
「そう。僕のために……」
何かを言い出そうとしては、口ごもる。陽翔にも、思い当たるところがあるらしく、沈んだ表情から抜け出せそうになかった。
……説明、してなかったな。
「初めてヒナにあった日……ヒナが転校してきた日の前日、河川敷へ行っていないか?」
「河川敷? ……ん、行った、気がする」
「あの日、僕はアイドル……芸能界を引退をするかユニットの提案をされたんだ」
「えっ? そうなの?」
コクンと頷く。あの日、小園から言われたことは忘れない。どうあがても、このままであれば、アイドルも芸能界を引退をせざるえないと。このまま、アイドルを続けるならば、新しくユニットを組んでみないかと。
「売れてないのは、わかってた。万年売上3桁順位。地道な活動が必要だって言っても、それなりのキャリアになってきたから、転換期だったんだ」
「なるほどなぁ……。他に候補はいたわけだ?」
「そう、いた……事務所が推してる若いやつら。売れなかったとしても、名は少しは出てるから、セット売りにしようって戦略があったんだと思う」
「なんで、俺だったの? すでにプロが湊の相棒になれたわけだろ? 相性が悪くても、別に仕事なら笑えるはずだし……」
立ち上がって、陽翔の隣に座る。ベッドに足を放り投げた。コテンと陽翔の肩に頭を預け、「なんでだと思う?」と問いかけた。
ビクッと肩を震わせる陽翔。頭の中を支配している言葉を聞きたかった。
「……俺が、お父さんに似てるから?」
「……ヒナって、弥生さんには似てないよね?」
「たしかに。先生にも言われたな。って、ことは、先生もお父さんがアイドルやってたこと、知ってたのか?」
「そうかもしれないな。不審に思ったんだよ。他人に興味を示すなんて……」
「酷い言われよう。じゃあ、なんだろう? 声が好みだとかいう話?」
「……正解。一目惚れってあるじゃん?」
「えっ、あぁ、あるね?」
「それの声バージョン。一声惚れってやつ。すっごい感情がぐっちゃぐちゃになって、あの日、河川敷まで走ったんだ。事務所からずぅーっと」
「結構な距離あるぞ?」と笑い始める陽翔に、「体力だけは自信がある!」と答えた。くっくっと笑い「確かに」と空を見ていた。
「立ち止まったときに聞こえてきたのが、ヒナの声。耳に優しく甘い……だけど、歌っているのは音楽の教科書に載っているような歌。探したよ? あの日、日が暮れるまで、声の主を。結局見つからなくて、この広い東京で、たった一人を見つけるなんて、できっこないって諦め半分期待半分で、小園さんにかけあったんだ」
「それで? 見つかったわけだ」
「そう。最悪な出会いだったからさ、二度と関わらないって思っていたけど……出会ってしまったんだから、仕方がないだろ? 僕が隣で歌って欲しいと願う運命の相手に」
「さすが、アイドル様。言葉が恥ずかしい……」
俯いて体育座りになる陽翔の表情は見えない。ただ、赤くなった耳だけが、何かを感じたようだ。
「なぁ、湊?」とくぐもった声で、名を呼ばれ返事をすると、「本当に相棒は俺でいいのか?」と聞いてくる。
「ヒナがいい。ヒナとステージに立ちたいし、いつか、東京のドームにも……」
「立ちたい?」
「……うん」
「それって、俺にできる?」
「わからない。僕もまだ立ったことがないから。二人なら、立てるって信じているし、社長のいうように世界を振り向かせることもできるんじゃないかって」
繋いでいた手が離れていく。と思っていたら、陽翔が抱きついてきた。
「湊と一緒なら、その夢……叶えられそうだ。お父さんのところへ行こう! 契約しないと、その夢も前には進まない!」
パッと離れて、ベッドから飛び降りた。振り向いて僕を引っ張ると、そのまま引きずられて部屋を出る。リビングでは大人たち三人が契約内容の話をしていた。
「おっ? 出てきたな? ぐずり王子」
「ぐずってなんかない!」
「そうか。陽翔。湊くんに迷惑をかけない。これから、俺よりも一緒にいる時間が長くなるんだから。いいときも悪いときも、二人一緒。わかったか?」
「わかった。俺もそれは本位じゃないから。あぁ、それと、いいこと教えておいてあげるよ。お父さん」
「なんだ?」
「湊は俺の声に一声惚れをしたらしい。それに転校前日に河川敷でニアミスしてたんだって。この東京の人の中、俺を探そうとして、転校初日に見つけるだなんて、運命だと思わない?」
陽翔の自慢話に驚いたのは、何も弥生だけではなかった。社長も小園も同じく驚いていた。
「湊、すでに……そんな出会いが?」
「はぁ、まぁ……社長や小園さんに言われた子たちが嫌だとかではなかったんですけど、出来ることなら……とは考えていました。時間をもらったのは、それでだったんですけど、意外と近くにいたので」
「……まさに、運命だな」
信じられないというふうな大人たちにどや顔の陽翔と恥ずかしくなってきた僕。ソファに座って今後の話をすることになった。
「まずは、湊のCM撮影に同行してもらいます。現場を見てみたいという要望がありましたので」
「そりゃいい。一般人からしたら、見慣れない光景だろうし、いい経験になる」
「明日からだけど、いいか?」
「もちろん、陽翔がいいのなら、俺の方は何にもいうことがないよ。事務所もお前んとこだし、小園くんもいいマネだし、任せる」
「じゃあ、さっそく、『アイドル葉月陽翔』として、初仕事だ」
「なんですか?」と社長に聞く陽翔にペンを渡し、「ここへサインを」と指でトントンと叩く。さらさらっと書き込んだあと、その下の保護者欄へ弥生がサインして、契約完了となった。
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