第34話 ナイト様がんばれよ?
明日の打ち合わせをしたあと、三人でマンションを後にする。小園の運転するクルマに乗り込み、ぼんやりとしていた。
「湊」と呼ばれたので、ゆっくり社長の方を見る。
「どうかしましたか?」
「いい相方を見つけたな?」
「そうでしょ? まさか、高坂弥生さんの息子とは知りませんでしたけど……」
「知らなくて声をかけたのか?」
「そうですよ? 僕は、ヒナの声に惹かれたんです。余計なものは何もないときに、聞いた歌声に惚れました」
「まだ、歌声は聞いたことないんだけど、似てる?」
「弥生さんと声はあんまり似てない気がします。僕が感じてるだけなので、違うかもしれないですけど」
「弥生マニアの湊が言うんだから、違うんだろうな。話してる声を聞く限りでも、声質は違う感じだな」
話してるだけで声質がわかってしまう社長に驚きながら、改めてすごい人の元で仕事ができているんだと実感する。
「はぁ……それにしても、解散して、18年か? あっという間に過ぎていくなぁ……」
「18年にもなりますか?」
「湊が17だろ? それなら、それくらい」
「……あの、聞いてもいいですか?」
「何を?」
社長はこちらの言いたいことはわかっているようだ。視線を前に戻して、「そうだな」と呟いた。
「解散理由か。発表した理由とは、別のものだな」
「僕、解散理由をよく知らないんですけど……」
「生まれてなけりゃ知らないのは当然だな。発表は、俺が新しいことをしたい……いわゆるプロデュースだな? あとは、弥生のほうは、留学ってことになってるけど、実際は……」
「ヒナですか?」
コクンと頷く。寝る間もないくらい忙しくしていたらしいと聞いていたので、いつ恋愛なんてできたのだろう? と考える。日本だけでなく、世界中を回っていたはずだ。
「不思議そうな顔してるな? いつ恋愛なんてってこと?」
コクと頷くと、意地の悪い笑い方をする。
……社長って、本当……何者? って思うことあるけど、根っからの業界人ってことか。遊んでるんだ……この人。
「そんなのいつだってできるだろ? 若いんだから、本当、無茶ばっかりしてたし。カメラ気にしながら。その方がスリルもあったし?」
……社長、なんていうか……、元気だな。
「まぁ、そうは言っても、集まりみたいなのがあってさ。若手にありがちな? 皆が皆、違うんだろうけど、俺のところは、名前や人気に釣られて集まってな。そういうのを仕切るやつがいてさ? ナンパのための餌だよ、俺は」
「でも、恋愛は……」
「してない。遊び回ってたのも付き合いだったし、スクープされたのも売名したいヤツらとか、陥れたいヤツとか……この業界にいれば、どうしてもいるだろ? 商売敵っていうのが。俺らに張り付いてたヤツらも躍起になってたけど、結局、本当のスクープは誰一人として撮れていないわけだ」
クスクス笑う姿は王冠をかぶった腹黒王子様。してやったりの顔をしているのは、当時から変わらないのだろう。「確かに」と答えると苦笑いをする。人気が出ればいつだって何かしらの噂はたつものだ。良い噂ならまだしも、知らない友人Aからのリークでみたいな黒い噂に尾ひれ胸びれをつけられることもある。
「当時、噂にもならなかったなぁ……弥生のこと。表向き海外に出たことで、海外に興味が出て、留学することにしたって話にしたけど、実際はアメリカに渡って子育てしてたが正解」
「じゃあ、社長は、ヒナの母親も知っていますか?」
「おぉ? やけに食いつくね?」
「……気になって」
「それは、『高坂弥生』のファンとして? それとも……」
「ヒナとこれからアイドルとして登っていくため、変な噂や憶測から守るため!」
「おうおう……ナイト様がんばれよ?」
今度は魔王にでもなったかのように笑いだす社長を睨んだ。小園も知らないことだったようで、聞き耳を立てていたらしく、吐く息に緊張が混じっていた。
「聞いて驚け?」
「……驚きたくはないですけど?」
「心配しなくても、聞けば驚きしかないよ。俺なんて、腰を抜かしたから」
「……大物ってことか」
社長の言葉を飲み込んだ。さっきまでの勇ましさより、今は知ることが怖い。
「絶対、陽翔くんを守ってやれよ? あれは、母親似だから」
コクと頷く。小園もルームミラー越しに視線が合ったので、同じ気持ちだろう。
「董子っていえば、誰でもわかるよな?」
「と、うこだって? えっ、。董子って……ハリウッド女優じゃ?」
「そう。元々はこっちでモデルをして女優に転身。その後、アメリカに演技を学びに行ってそのまま向こうの女優になった」
「……当時、テレビで見ない日はないってくらい人気女優だったって、つい先日、母と遺作となった映画のリバイバルを見に行ったときに聞いたばかりですけど?」
取り乱す僕とは反対に、社長は面白そうに笑うばかりだ。当時を知っているからこそ、その苦労もあっただろうが、伺うことしかできない。
それに、何年も前に、『董子』はすでに病気で亡くなっている。生涯独身を貫いた名女優として、国内外にファンは多い。
「えっ? お腹……お腹って大きくなりますよね? ほら、赤ちゃんできれば、ねぇ?」
「お腹はな。大きくならなかったんだ。目立つほどには。流石に、6ヶ月くらいのときには、こっちも演技留学ってていで国外に出た。行き先は告げず、海外に出て、一年後には向こうの映画に出てた。確か、妊娠しているとき、すでにその映画の話は決まってたって聞いたな」
「その映画って……董子の代表作ですよね?」
「あぁ、そうだな。スクリーンに戻って来た董子は、日本にいたときに比べて格段にうまくなってたよ。二人のこと、詳しくは俺も知らない。今、葉月を名乗ったままなのも、事情があるのかもしれないけど、アメリカから帰ってきてたことすら、最近知ったくらいだ」
「確か、西の方の学校だったって」
「弥生の実家がそっちのほうだったはず。何にしても、これからだろ? 湊」
頷くと、頭をわしゃわしゃとされた。「頑張れよ?」とエールをもらうが、今は、陽翔と董子のことで頭がいっぱいだ。
「先生……は、知っているんですか?」
「あぁ、知ってる。俺らのときもダンスの振付師してたし」
「だから、ヒナを見て名を聞いて、少し様子がおかしかったんですね?」
「そうだったのか? まぁ、弟みたいに董子を可愛がられていたからな」
「陽翔くんの芸名はどうします? 葉月だとまずいですか?」
「あぁ、そうだな……昔の董子を知っているファンなら、結び付けてしまうかもしれないな。いっそ、似てない弥生の苗字にするかだな。葉月よりありそうな苗字だし。あとグループ名も考えないと……。二人のデビューまで、盛沢山」
僕は、先を考えるより、明日のことを考えたい。驚くことが多すぎて、頭の中を整理したいところではある。陽翔のこと、高坂弥生のこと、董子のこと、CM撮影のこと……。どれもこれも僕に関わりのあることばかりではあるが、いっぺんに降ってきたビックリな話に、どうも頭が追いついてこない。
「そういや、陽翔くんには、董子のことは言っていないらしい。向こうでは、陽翔くんが物心つく前にはすでに別居をしてたらしくて、一人で子育てしてたんだと。同い年で、湊を育てるとか、俺には無理だけど……俺の相棒は本当にすごいなって尊敬してる。頼ってくれても……と思ったけどな。これからは、全面的にサポートをしていくから、目指そう、世界の頂に」
とどめのような社長の話に、頭がオーバーヒートした。本当は、このあと、少し事務所によるつもりだったが、小園に言ってマンションへ送ってもらうことにした。
「先に失礼します」
「あぁ、今日は、イロイロあったから。ゆっくり休んで明日に備えろ?」
ドアが閉まるので、ぺこりと頭を下げる。少しクルマが離れるまでそうしたあと、大きな大きなため息をつく。
「……サラブレッドだ」
思わず口から出てしまったが、僕が求めたのは、『葉月陽翔』だ。付属品がたくさんあったとしても、両親の仕事のことを知らない陽翔を僕はこれから守っていかなければならない。
「ヒナとなら、大丈夫。一緒に夢の果てまで……いけるはずだ」
部屋に戻って、明日の用意をする。初めてのCM撮影。迷惑をかけるわけにはいかないので、自分で整えられるものはしっかり整えておきたい。スマホの電源をオフにして、僕は明日の撮影のために集中した。
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