第13話 ……僕は……悪魔に魅入られたのかもしれない。

 小園が出ていったドアを見送った後、僕らは視線を交わす。その瞬間、小園の大きなため息をしている姿を思い出し、笑いがこみ上げてくる。僕のほうは、陽翔が『泊まる』と言ってくれたことへの若干の戸惑いも混ざっていて、誤魔化すためでもあった。


「案外、あっさりだったな?」

「本当だな。俺ら、BL展開ってタグまでついてSNSで拡散されまくってる二人なのにな!」

「確かに!」

「そんな俺と二人でもいいのかよ?」


 意味深げに視線を向けてくるが、からかっているのがわかる。陽翔の問いにも笑って答えた。


「それは、僕のセリフだと思うけど? この写真、迫っているのは僕だから。僕と二人でも、怖がらないでね? 子猫ちゃん?」

「ゾゾっだ……子猫ちゃんは無いわ」


 スマホから拡散された写真を見せて陽翔に迫るように言えば、「襲わないでぇ~」と胸を守るように笑い転げながらソファに寝転ぶ。そんなふざけ合いも、幼いころからしていたように息ぴったりで、笑うしかなかった。

 ソファのすぐ隣に座り、笑いあっていると陽翔の腹が鳴る。


「色気も何もないなぁ……、葉月くんって」

「……仕方ないだろ? 腹は減るんだし。それに、俺らに色気は必要ない」

「確かに。じゃあ、何か作るよ。食べられないものとかない?」


「よいっしょ」っと立ち上がったときに、不意に腕を引っ張られ、ソファに座らされた。「ないよ」と耳元で囁くために引っ張ったらしく、ドキッとした僕は慌てて立ち上がる。


 ……声、いいな。色っぽくて、艶があって……。やっぱり、僕の隣で歌って欲しい。


「もうっ!」と怒りながら、足早にキッチンに向かって冷蔵庫を開ける。赤くなった頬を隠すために、冷蔵庫にわざと顔を突っ込んだ。冷蔵庫には程々の食糧が入っているが、先程の陽翔の腹の鳴り具合から、すぐにでも食べられるものが欲しいだろう。

 手早く食べられるものをと冷蔵庫から葉物を取り出し、サラダから作っていく。イロイロあった後だから、肉を食べたいと冷凍庫から厚めの肉を出しレンジで解凍する。その間に陽翔に声をかけ、「サラダでも食べてて」と手渡した。その間にご飯を炊き、肉を焼き、スープや追いサラダを並べていく。

 久しぶりの豪華な食卓に僕のテンションも上がる。カウンターキッチンに出来上がったものを並べていく。


「誰かとご飯を食べるのなんて、久しぶりだな」

「あっ、俺も!」


 サラダを一皿食べ終わったようで、お皿を持ってこっちにやってくる。並んでいる料理を見ながら、いい匂いと言いながらも感心していた。


「すごいな? 如月って、料理できるんだ?」

「あぁ、うん。これくらいは普通かなぁ? 外で食べることもあるんだけど、体調管理はした方がいいって、身をもって知ってからは、なるべく作るようにしてるよ。バランスよくとは心がけているけど、どうしても偏るよね」

「……イロイロ考えているんだな? アイドルって」

「まぁ、そうだね。僕みたいな売れないのが1つ仕事をもらって、それに全力をつぎ込まないといけないときに、青い顔していられるわけもないだろう? 自分ができることでって考えると、食べることと寝ることって、継母に言われてね」

「へぇーすごいな。それを実行することが。俺なら、3日も続かなさそうだ」

「手を抜くところは抜いてるから」


 カウンターから食卓へと二人で料理を運び、向かい合わせになる。


「口に合えばいいけど……今日は、手の込んだ自分の味付けはしてないはずだから」

「なんだよ? その自分の味付け。気になる」

「また、機会があれば食べさせてあげるよ。僕は美味しいと思っているから」

「楽しみにしておく」


 そう言いながら、目の前にある料理に口をつける。どれを食べても「うまい!」と陽翔が言ってくれることが嬉しくて、楽しい時間になった。

 片づけはしてくれるというので、僕はカウンターのこちら側に座り、陽翔を見ている。さすがに慣れているようで、テキパキと皿を洗っていった。

 洗い物が終わったら、風呂に入ることになったので、お湯を溜め、僕は着替えを取りに向かう。新しい下着とあまり着ていない綺麗めなジャージを陽翔に渡した。


「先、行ってきて。お湯の出し方とか……」

「あぁ、わかる! ダメだったら、呼ぶわ」


 そう言って、風呂場へ向かう陽翔。僕も風呂の準備だけした後、ライブ配信を見ていた。キラキラとしたステージに五人のパフォーマンス。重なり合うボーカルが見事な世界間を持っている。


「……くそっ」

「へぇーアイドル様でも、そんな汚い言葉を使うんだ?」


 ライブ配信を苛立たし気に見ていたので、風呂からあがってホクホクしている陽翔に気が付かなかった。後ろから耳元で甘く痺れるような声で囁くように潜めた陽翔。


「アイツらに勝ちたい? それとも、俺の声が欲しいの?」

「……勝ちたい。でも、それ以上に、葉月くんの声が欲しい。僕と歌って欲しい!」

「如月って、欲しがり? あれもこれもって……人間、欲がないのはおもしろくないけど……なかなかの強欲だね? トップアイドルに勝ちたいって。俺の声があったとして、アイツらに追いつけるって、本気で思ってる?」


 首筋に陽翔の髪から冷たい雫が落ちる。考え込んでいた僕から「ひぃ!」っと変な声が出た。見上げると、悪魔のような陽翔の顔が近くにあり、ニッと笑っている。


 ……僕は……悪魔に魅入られたのかもしれない。


 ゴクンと唾を飲み込み、吸い込まれそうな陽翔の瞳を見つめ返した。


「僕一人では無理だった。葉月くんとなら……トップになることもできると思う。そのために、力を貸してほしい」

「貸すの? じゃあ、如月は何で返してくれるのかなぁ?」


「わからない」と僕がそう呟くと、「とりあえず、髪乾かしてくれる?」とさっきまでの調子で陽翔は笑い始めたのである。

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