第21話 決まったよ、心のほうは
マンションに帰ると、一気に寂しさが押し寄せてくる。火のない家に帰るはいつものことだったのに、一晩、陽翔と過ごしただけで……と、苦笑いをした。
明日の準備だけして、夕飯も風呂もサッと済ませ、テレビの前に座る。
今日、教室がいつもより静かだった。いつも輪の中心にいる凛が学校に来ていなかったのだから。週末からの地方ライブに備えて移動だったのだろう。明日の生放送も中継だと、小園が言っていた気がする。
「そういえば、マスコミに通知を出すって言ってたっけ?」
どうなったかと小園にメッセージを送れば、マスコミ各社は僕を追わないということになったらしい。wing guysのライブの方がよっぽど、追っかけがいがあるうえに、その方が雑誌も売れる。週刊誌の売り上げも少しずつ変化している中、ライブリポートが載る方がどこもかしこもいいらしい。
「静かでいいな」
SNSのトレンドからも『如月湊』の名前が消えて、少しホッとする。明日は歌える番組なので、そちらへの関心がよっているからだろう。
「そういえば、さっきの……。動画に撮ったんだった。見てもらお」
ちゃんと撮れているかわからないが、陽翔と二人で踊った動画を小園に送った。
スマホからテレビにもデータを送り、確認する。僕は帽子を目深に被っているが、陽翔は髪を上げている。たまに目が合うところまで同じで、動画を見返して笑ってしまう。
……すごい息ぴったり。こんなふうに陽翔とステージに立てたら、どんなに楽しいんだろう?
ダンスのチェックをしていると、間髪入れずに、小園から電話が鳴る。
「これ、『シラユキ』の完コピだろ? どこでやってたんだ?」
「公園だよ。ウィンドウのある。それより、ヒナが3回目にして、このダンスなんだ。すごくないか?」
小園に興奮気味に伝えると、電話の向こうもそうだったらしい。小園以外にも上役がいるらしく、ざわざわとしているのが聞こえてきた。
「やっぱり、葉月くんをこちら側には難しいのか?」
「……無理強いはできないからね。本人が……ヒナの意志で僕の隣にいてくれるというなら別だけど。アイツ、勉強ができるんだ。芸能界じゃなくて、他にやりたいこと、あるんじゃないかなぁ?」
「まぁ、そうなのかもしれないな。父子家庭だって言ってたから、お父さんのサポートもしているのかも」
「かもなぁ……」と、陽翔の顔を思い浮かべる。
今日のアイツ、なんか楽しそうだったんだよな。アイドルがダメなのかなぁ? これだけ、歌って踊れるのに……。
「葉月くんには、あまりしつこくするとダメだと思って言えないけど、それとなく、また、アイドルにならないかって聞いておいてくれ。こっちは、もう、お祭り騒ぎだよ」
「そうみたいだな。そういえば、明日は昼前に迎えに来てくれるんだっけ?」
「そう。4限目が終わったら、学校へ行くから……用意しておいて」
「わかった」と電話を切ったあと、もう1度見返す。今日、陽翔と踊っているときに、感じた視線。動画を見ればわかる。目が合った瞬間、真剣だった表情にふっと笑顔が混じるのだ。僕も目が合った瞬間は覚えているので、陽翔がはにかんだときは、僕も笑っていた。
「……はぁ、どうしたらいいんだろ。本当に歌詞のまんまだな……君のこと考えていたんだって」
陽翔が歌ったワンフレーズを思い出す。英語の歌詞から始まる『シラユキ』。自身が魔法の鏡になって、シラユキに恋をしたという歌だが、まさに、届かない想いをずっと考えている今の僕は、片想いをしている気分だ。
「I think about you. I just wanted to tell you」
同じように歌っても、僕の声はちっとも甘く響かない。僕の中では、陽翔が歌ったたったワンフレーズが熱を持って流れていく。
スマホを握りしめ、電話をかけようか悩んだ。夜はそれほど遅くない。陽翔は、夜行性と笑っていたから、まだ起きているだろう。ボタンを押せずに悩んでいた。
……リリーン……リリーン……
悩んでいたはずなのに、スマホの画面をみれば、陽翔の方から電話がかかってきた。
「ビックリしたんだけど?」
受話のボタンを押して、恨みがましく文句をいう。今さっきまで、電話をしようかどうか悩んでいたことすら言わずに。
「悪い。なんとなく、湊と話したくなって。朝も夕方も結構、話したのにな」
「不思議だ」と屈託なく笑っている。ただ、純粋に陽翔は電話をしたくてしてきたのだろう。僕の下心が満載の電話ではない。
「それで、どうかした?」
「ん……それが、何にも。湊のことを考えてたら……って、あの歌詞みたいだな。俺って、絶賛片想い中なわけ?」
一人で、『シラユキ』の歌詞みたいと笑いながら、ツッコミを入れている。なんというか、おかしくて仕方がない。
「ヒナが片想いなんじゃなくて、僕が片想いなんだと思ってたけど?」
「そう? どこらへんが?」
「僕のパートナーになってほしいのに、すげなく断られている」
「なるほど。アイドルはな……。昨日、MVを見たり、今日、湊と踊ってみたりして、ますます、難しいなって思ったけど?」
「どうして?」
「やっぱり、責任が伴うでしょ? 湊がトップを目指したいって目標があって、小園さんたちが支えて……って、してるところにさ」
大きなため息をしているのか、耳元に吐息が聞こえてくる。
「素人が混ざるんだよ? 何年もかけて、湊たちが積み重ねてきたところに」
「そう言われるとそうかもしれないけど、僕はヒナほど僕の心を揺さぶれる人はいないよ。ヒナが、もし、責任が……っていうのなら、全部、僕に投げつけてくれていいから。僕は、ヒナと……陽翔と歌いたい」
電話越しに無言になる。静まり返った部屋で、陽翔の息遣いだけが、電話から聞こえてきて、不安になった。
向かい合っていれば、陽翔がどんな顔をしているかわかるのに、今は、耳に聞こえるかすかな吐息だけで、耐えられなくなる。
「ひ……」
「……湊はズルいよな」
沈黙を破ったのは同時で、僕はすぐに止めた。陽翔が出した答えを聞こうと黙る。
「逃げ道を作ってるようで、白か黒かしか用意してくれない。嫌いではないけど……」
「……悪い」
「悪いって、本当に思ってる?」
電話越しにクスクスと笑い声が聞こえてきて、「お願い聞いてくれる?」というので、「うん」と返事をした。柔らかい声を聞きながら、僕は少しだけ期待をする。
「連れて行ってほしい。湊の仕事しているところへ。見せてほしいんだ。都合とかもあるだろうからさ……」
「もちろん。すぐに手配するよ?」
「あとさ、父への説得は湊も手伝えよ?」
……説得? と、いうことは?
僕は、陽翔の顔が見れないことがもどかしい。どんな表情をして、僕の無茶を許そうとしているのだろう。
「あぁ、なんで、ヒナは電話越しにしかいないんだ? 今、すごい、ヒナの顔ごみたい!」
「はぁ? 何言ってるんだよ! 意味がわからん!」
「わかんなくてもいいんだよ! 僕はヒナと一緒に……」
「一緒? 俺は湊がもっと輝いてほしいっていう、ファンとしての願望があるんだよ!」
「こっち側にきたら、ファンではないだろ?」
思わず笑うと「団扇とかさ、ちょっとやってみたかった!」とかいうので、さらに笑う。どちらかといえば、僕の方が陽翔のファンのんだ。
お互い、浅いファン歴を競って、笑いあった。
「決めたってことでいいのか?」
「まだ、怖いけどな。とりあえず、見てからって思ってる。その上で、湊が俺の面倒をみてくれるなら」
「一生、面倒みる! もう、僕と結婚すればいい!」
「……なんか違うけど」と本当に小さく呟き、「決まったよ、心のほうは」と陽翔。僕は、嬉しくなり「一生、話さないからなっ!」と電話口で叫んだ。
「うるさい!」と叱られたあと、「よろしくお願いします! 先輩」と優しい声で言ってくれた。
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