現場。



「さて、お名前を聞いて良いかな?」


 馬を見送った俺は、荷物を全てガードナーに積み込んだ後、女の子を座らせた後部座席の方に乗り込んだ。


 それでふと、俺は名乗ったけど女の子の名前は聞いて無かったと思い出して質問した。


「…………ねりー」


「可愛い名前だな。じゃぁネリー、いくつか質問して良いか? もし気分が悪かったりしたら先に休んでも良いから、遠慮せずに言ってくれ」


「……ぅん」


 休むのは後で良いとの事で、お言葉に甘えた俺は何個か質問をした。


 やはり予想通り、ネリーは親の行商に連れられて馬車で移動中に寝てたらしい。そして気が付いたら馬の上に縛られてた。


 両親がどうなったのかは分からず、地理もよく分からないそうだ。まぁ子供だもんな。


 幸い、盗賊がやってきた方向を俺が知ってるので、死ぬ前に盗賊が口にしていた言葉を信じるなら、そっちへ道なりに進めば事件現場が有りそうだ。


 ただ、それをこの子に見せて良いのかどうか、俺には判断出来ない。自分に関する記憶の多くを失ってる俺には、自分が人親だったのかも知るすべが無い。こんな小さな女の子にどう接したら良いのかマジで分からない。


 とは言え、じゃぁ女の子をおもんぱかって盗賊達が来た方向とは逆に進むかって言うと、まぁ有り得ないだろう。


 ずっと面倒を見る気ならワンチャンあるが、この子を家族や親戚なりの場所まで送り届けるなら、行商の軌跡を辿るのが一番早いし確実だ。


 例え事件現場を通り過ぎるとしても、それが女の子に相応のトラウマを与えるとしても、なんの手掛かりも無い逆方向に進むよりは手掛かりがあるだろう方向に進んだ方が良い。


 街や村を巡る行商でも、一つ一つ辿っていけば親戚くらいは見つかるだろう。


「さてネリー、俺は君を御家族か親戚の元まで送り届けるつもりだ。お父さん達が見付かればそれで良いが、もし見付からなかったら他に頼れる親戚は居るかい?」


「……………………わかんなぃ。たぶん、ぃない」


 おおっと、いきなり詰んだぞ。親戚が居ない? 行商なら血縁からの暖簾分けとかで行商ルートを作ると思うんだが、そんなこと無いのか?


 行商なんて「よし、やろう!」と思って始められるほど楽な仕事じゃない。


 馬って生き物は大量の水を毎日欠かさず必要とする生き物だから、行商ルートに豊富な水源を組み込んでなければ仕事にならない。何故ならルートにしっかりした水源が無いと、その代わりとして大量の水を馬車へ積む必要が生まれ、そうすると売る為の品物を積むスペースが無くなるから。


 牧草代わりの植物が生えてないルートなら飼葉も積まなくては、馬が食べる物も無くなってしまう。


 そう言った問題を一つ一つクリアして道を決めないと稼ぎが生まれないし、その上で行商に行く村や街でしっかり利益が出るルートを構築しないと、仕事をする程に赤字が生まれる可能性すらある。


 村Aで物を売って、空いた馬車に村Aの特産品を買って積む。それを村Bに運んで売って、今度は村Bの特産品を買って積む。その次は村C、その次は村Dと言った具合に、上手いこと噛み合うルートを構築しないと『行商』に成らないのだ。


 だって村Aで買った特産品が、村Bでも作ってたら持ち込んだって誰も買わないだろう。


 そんな需要と供給を精査して儲けが出るように考え、水源や牧草の確保に苦心して、そうしてやっと組上がるのが『行商ルート』という物だ。


 平たく言えば『行商ルート』って情報その物が財産と言える。稼げる行商ルートは本当に家宝みたいな物だろう。


 当然、他人には教えない。儲けを奪われたらどストレートに生きて行けなくなる事もあるのだから。


 そんな訳で、行商人って言うのは身内だったり弟子だったりが『親』から行商ルートを分けてもらって、それでやっと始められる物だ。


 素人が何となくで始めたら、ルート開拓してる間に干からびる。下手したら行商する程に赤字が増えるって事すら有り得る。


 だからネリーの親も親戚などからルートを貰って行商人を始めたんだろうと思ってたんだが、親戚が居ないかもってのは予想外過ぎる。


「んー、そうだなぁ。ネリーはもし、お父さんもお母さんも見付からなくて、親戚も居なかったらどうする?」


「…………ゎかん、にゃぁ」


 泣きそうな、と言うか泣きながらそう言うネリーに、そりゃそうだよなぁと思いつつ、一つ提案する。


「だったら、とりあえず一緒に行くかい? ネリーのお父さんとお母さんを、見付かるまでずっと一緒に探そうか」


 恐らくもう死んでると思われる人を、一緒に探し続けようと言う。年齢がもう少し近かったらある意味プロポーズだよなと馬鹿な事を考えながら、涙目で何回も頷くネリーの頭を撫でた。


「よし、じゃぁ早速探しに行こうか」


 夜も深いので寝ようと思ってたが、今寝てもこの子は悪夢でも見そうで放っておけなかった。


 後部座席に座ったままガードナーに指示を出し、街道と思わしきオフロードを走らせる。もちろん、盗賊共がやって来た方向に。


「ほらおいで」


「………………ん」


 少し慣れてくれたのか、手を広げたら素直に膝の上に乗ってくれた。そのまま緩く抱き締めて、小さな背中をポンポンと優しく叩く。


「ガードナー、馬車や人が見えたら近くまで行って止まれ。残骸や死体でもだ」


 いっそ見付からない方が気楽だと思いながら指示を出し、そしてそんな思いはすぐに裏切られた。


 五分も走ったらガードナーが勝手に止まり、事件現場を見付けてしまったのだと分かる。


 さて、現場をこの子に見せるべきか否か。


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