恐怖より先に立つもの。



「……………………………………てやる」


 酷い異臭に包まれながらも一度、この荒れた心を落ち着ける時間があったことで、先程の出来事が一つ一つ鮮明に思い出せる。


 突然何か聞こえたと思ったら、そのままサッカーボールにされて遊ばれた。


 何かが少し間違っただけで命を落とすような、理不尽な遊びで弄ばれ、そして崖から落ちて糞にダイブした。並べるだけで状況その物がクソ塗れだ。


 殺されそうだった。もうすぐで死ぬところだった。


 だけど、一度落ち着いた俺は、死の恐怖よりも先立つものがあった。


「…………野郎、絶対に殺してやるっ」


 恐怖よりも、殺意が湧き上がる。


「マジでふざけんなっ……! アイツぜってぇ殺してやるッッ……!」


 直近の記憶も無いままに森に送られ、訳の分からん能力を植え付けられ、それをちょっと調べてたらいきなり竜なんて化け物に襲われた。


 ニタニタと笑って、俺を虫ケラの様に扱って蹴り転がして、一体何様のつもりだ。


 さっきまでは死ぬのが怖かったし、あの巨大な化け物が心底恐ろしかった。でも一度冷静になれる時間が手に入ったことで、恐怖と怒りが逆転する。


「……絶対に殺す。最悪は相打ちでも構わん。どんな手を使ってでもアイツの命を終わらせてやるっ」


 サービスチケットの温存? 安全の確保? 未来への布石? 知るかボケ。


 あれだけ舐め腐った態度取られたんだ。落とし前付けずに生き残るなら無駄死にする方がよっぽど良い。


 無理? 無茶? 無謀? 上等だコノヤロウ。


 立ち上がると、全身が軋む。潰された左肩から先はもうロクに動かないし、恐らくは治療を受けても後遺症が残りそうな程の壊れっぷりだ。骨が砕けてるだろう肩は赤黒く晴れてて、服に擦れるだけで発狂しそうな激痛が生じる。


 歩き出すと、体の中に痛みが走る。崖から落ちても生き残れたが、どうやら無傷とはいかなかったらしい。体の中で何かしらの臓器が潰れたのか、骨が砕けて刺さったのか、理由は分からないが内部を負傷してるようだ。


 早急に治療しないと、命に関わる。このままでは長生き出来そうにない。


 だがそれは全てを些事さじとして切って捨てる。最終的にあのクソドラゴンを殺せたなら、その場で死んでも構わない。


 どうせ転生なんて意味不明な現象に巻き込まれたんだ。死んだって構うもんか。


 文字通り、血を吐きながらのロッククライミングから始まった。


 吐血するって事は、穴が空いたのは消化器系の上部分か。陸で溺れて無いから肺は無事だと思われる。吐いた血の色が鮮やかだから、恐らくは胃に穴が空いたんだろう。胃より下だったら上がってくるより血便として排出されると思う。


 左腕は使えないから、生き残った右腕にプラスして口を使う。岩肌に齧り付いて体を固定し、空いた右腕で更に先の岩を掴んで登っていく。


 落ちたらまた、糞に真っ逆さまだ。今度こそ死ぬかもしれない。だけど立ち止まるなんて無理だ。この怒りを、殺意を、奴にぶつけるまでは絶対に死ねないし、安穏と生き残る事も本能が拒否してる。


 どうやら俺は、相応に攻撃的な人物らしい。地球ではどんな生活をしていたんだろうか? アルマーニなんて良い物を着てて、この攻撃性だ。もしかしたらヤクザとかだったのかも知れない。


 殺す。絶対に殺す。もはやそれだけが俺の救いだ。


「ぐっ、ぁあ……! ガァぁああッ……!」


 気が付けば、数メートルは有りそうな崖を登り切っていた。ロッククライミングなんて初めての経験だったが、感情が振り切ってる人間とはかくも力を発揮する。


「待ってろよクソドラゴン……! 今からぶっ殺しに行ってやるからなぁ!」


 その場に居ただろう奴の痕跡を探す。見付かった時は気配なんて微塵も無かったが、アレだけの巨大なんだ。足跡くらいは残ってるはずだ。


「見付けた……!」


 軋む体を引きずって足跡を追う。一歩ずつ進みながら奴を殺す策を考える。


 下手に生存なんか考えなくて良い。相打ち前提で構わない。確実にアイツを殺せるならどんな事だってする。必要なら崖下の糞をダースで食ったって良い。


「起きろスキル……」


 俺が奴を殺せるとしたら、確実にコレが必要だ。何の武器も持ってない非力な人間が見上げる程の化け物を殺すには、人には出せないパワーがある重機類を使うしかない。


「考えろ…………、考えろ考えろ考えろ」


 左肩が熱を持ち過ぎて逆に寒くなって来たが、想像を絶する怒りのお陰で思いの外動ける。


 あの憎たらしく嗤う顔面をぐしゃぐしゃに潰す方法を考えてると、無限に力が湧いてくる。きっとこれが火事場の馬鹿力って奴なんだろう。アドレナリンがリットル単位で出てるのが分かる。


「パワーショベル程度じゃ敵わない。ロードローラーでも轢き殺せない。圧倒的にデカさが足りない」


 どうすれば殺せる? 長々と小細工を弄してたら、圧倒的な力でねじ伏せられるのが目に見えてる。下手なビル並のデカさがある生物を、有無を言わさずぶっ殺すには何が必要だ?


「──────見付けたァ……!」


 考えが纏まる前に奴を見付けた。巨木の間を悠々と歩く背を見て、脳が沸騰する程の感情が沸き上がる。怒髪天を衝くってこんな感情なんだろうな。


「ぶっ殺してやるぁぁぁぁァアアアアッッ!」


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