幼女。
幼く、甘く、鼻が詰まったような独特の声が聞こえ、声のした方に目を向ける。
それはサラブレッドじゃなくて
ああ、コレも略奪品って事なのね。
女の子はうつ伏せの状態で馬の背、と言うか尻の方に荷物の様に縛られていて、一緒に乗せられてる他の荷物が邪魔をしてちょうど俺の事が見えない角度になっていた。夜なので暗さも手伝ってるのだろう。
一応、ガードナーやコマツ達のライトが照らしてるから、暗くて見えないなんて事は無いけども。
「おかぁしゃっ、とぉさっ……」
「えーっと、大丈夫か?」
涙に湿って震える声で両親を呼ぶ女の子に声を掛けると、あからさまにビクッと驚き、その動きが綺麗に止まった。まるで動いた瞬間に悪者から見付かってしまうと思ってるみたいだ。
「動くの止めても見えてるからな。と言うか、俺は君を拐った盗賊じゃない。悪者は倒したから、もう大丈夫だぞ」
身の潔白を一応伝えておく。すると女の子は恐る恐る動いて俺の事を確認しようとするが、やっぱり荷物が邪魔で視線が通らない。俺からも女の子の顔が良く見えない。
「……ほ、ほんとっ? わるいひと、ちがぅ?」
「少なくとも、君を拐った奴らじゃ無い事は約束するよ。今その縄を解いてあげるから」
悪い人じゃ無いのかって問に対して素直に「はい」と言えないくらいには薄汚れてる自覚があった俺は、事実だけを並べるしか無かった。相手が子供でも安易な嘘を口にしたく無かった。
宣言通りに縄を解くため、馬にゆっくり近付く。馬も馬でコマツ達にビビり倒してて、下手に刺激すると事故りそうで怖い。無遠慮に近付いて蹴られたら死ぬかも知れない。
…………あぁ、いや、今のステータスなら蹴られても大丈夫なのか?
まぁ俺が大丈夫でも女の子はそうじゃない。暴れる馬に縛られたままって普通に危ないだろう。やっぱり慎重に近付くべきだ。そりゃ眷属も困惑するに決まってる。
俺は馬を宥める方法なんて一切知らないし、乗馬もした事が無いので下手なことはせず、馬の正面からゆっくり近付いて存在をアピールし、そのまま横を通って女の子の前に。
「よぅ、大丈夫か?」
「ぁぅ…………」
荷物の影に邪魔されてたが、やっと対面出来た女の子は、パッと見で五歳くらいか? 異世界の人間がどんな速度で成長するか分からないが、日本基準ならそのくらいに見える。
髪は薄桃色のショートヘアでゴワゴワしてる。移動手段として馬が現役の世界なら大したヘアケアなんて無いだろうし、子供の髪質なんてこんなもんか。それより地毛で桃色とか、どんな色素を抱えてりゃ実現するのか気になる所だ。
服は麻の生成りにちょっとした刺繍が入ってるワンピースで、腰の所を紐で縛ってるシンプルな物だ。盗賊のセリフを鑑みれば、この子は行商の娘なんだと思うが、商人の娘が着る服としてはかなり質素に見える。
この世界の商人はコレがスタンダードなのか、それともこの子の親が裕福じゃ無いのか、もしくはお金もってても清貧なのか、それは後で聞けば分かるだろう。
「…………だぁれ?」
「俺はアルマ。街を探して旅してたら盗賊に襲われて、ソイツら倒したら君が居た」
「……おとぉしゃん、どこ?」
「悪いが、俺は知らない。知ってるやつに聞こうにも、全員倒しちゃったからもう聞けない」
割りと理知的な子なのか質問がしっかりしてる。だが子供は子供である。俺が正直に答えると大きな目に涙を溜めて、泣くのを必死に我慢してる。
「今から縄を解くから、泣くのはその後にしてくれると助かる。馬が怯えてて、君が泣き出すと馬が暴れるかも知れないから」
そう伝えると、女の子は気丈にも頷いて歯を食いしばった。そして頭を下げて力を抜いて、馬の上でだらーんとする。
馬を刺激しない様にゆっくりと、丁寧に縄を解いていくと、流石に我慢出来なかったのか女の子は肩を震わせて静かに泣いていた。
作業を終えた俺は、これまたゆっくりと女の子を持ち上げて馬から下ろすと、慣れないながらも抱っこしてみた。
「ほい、もう大丈夫だぞ。泣いても良い」
片腕に座らせる様に抱っこして、頭を胸に預けさせる様に頭をポンポンと撫でながらそう言うと、女の子はそれでも何かを堪えるように低く唸りながら涙を零した。
「馬はまだ逃がすなよ」
俺はコマツ達に指示を出し、作業を終えたタイタンを送還しながらガードナーに戻る。
馬の背に乗ってる荷物は、恐らくこの子の財産だ。盗賊が盗賊なりの行動を取ってたなら、その財産を正しく運用すべき人物はもう居ないのだろう。だったら全部この子の物だ。
この子はさっき、ここはどこかと口にしてた。なら、憶測ではあるが女の子が馬車の中で寝てる間にでも襲われたんだろう。
親の死を見なくて済んだのは幸せだったのか、不幸だったのか、俺には分からないが、少なくともこれ以上この子が不幸になる事はもう無いと思いたい。
「ここで待っててくれるか? 馬に乗ってる荷物を回収したいんだ。多分あれ、君のお父さん達の物だろ?」
「………………ぅん」
押し殺した嗚咽に喉を引き攣らせたまま頷く女の子を、ガードナーの後部座席に座らせた。ふかふかのシートが女の子を少しでも慰撫してくれる事を願いながら、もう一度馬の元へ。
「さぁて、もうお前らに気を使う必要は無いからな。パパっと回収させて貰うぞ」
蹴られたり噛まれたりしても平気なステータスがある俺だけだったら、もう暴れられても困らない。コマツ達に囲ませてるし、眷属達のステータスなら不意を突かれて逃がすことも無いだろう。
俺はさっき程の丁寧さは捨てて、怯える馬背中から荷物を全て下ろしていく。
全部の荷物を下ろしたら、囲んでる眷属達を送還して馬を逃がしてやる。流石に馬までは連れて行けないから。
資産価値的には多分この馬達が一番の財産だと思うが、こればっかりは仕方ないだろう。ガードナーに繋いで連れて行く訳にも行かないし、車に乗せて行けもしない。
ユニコの荷台ならワンチャンあるが、竜樹の丸太が乗ってるから馬が乗るスペースなんて残ってないし、仮にスペースがあっても馬が大人しく荷台に乗るかって言うと微妙だ。
馬を輸送する専用のトラックなんかも立派に『働く車』だからスキルで買えると思うが、用途が余りにも限定的過ぎて今回の事が終わったら次使うかも分からない物は買いたくないのが本音である。ポイントに余裕があっても無限では無いからな。
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