フライハイ。



 俺みたいな細腕に捻られたのが余程気に入らないのか、ムキムキ兄ちゃんは尚も何かを喚き散らす。


 それがまぁ、いい加減煩かったので、俺は軽くローキックを入れて膝を崩した後、お姫様抱っこみたいな感じでムキムキ兄ちゃんを横に抱え、…………そして空に向かって思いっきり投げた。


「いんぎゃぁぁあああああぁぁあぁあぁああぁああぁぁぁあッッ!?」


「ふらいはーい」


 空高くブン投げ、有り余るSTRの暴力でムキムキ兄ちゃんを上空数十メートルの旅に送り出した俺は、十秒前後の旅を終えて落ちて来るムキムキ兄ちゃんをキャッチするべくジャンプ。


「ほいっと」


 またもお姫様抱っこみたいな感じになってしまったが、空中で見事ムキムキ兄ちゃんをキャッチした俺は地響きを立てながら着地した。


「…………あ、ぁぁあ」


「これに懲りたら、喧嘩売る相手は選べよ?」


 俺の腕の中で震えながら真っ青な顔になったムキムキ兄ちゃんを地面に降ろすと、彼は腰が抜けてしまったのか自力で立てなくなってた。産まれたての仔鹿より酷い。プルっプルだ。


「……はぁ、馬鹿者め。アルマさんはスキルを持ってるんだから、レベルも高いって分かるだろうに」


「ちなみに、そのお兄さんはレベルどのくらい?」


「こやつは2でしたかな。村でもレベル2まで育つ者は稀なので、少々鼻っ柱が伸びてしまったんでしょう」


 ふむ。やっぱ民間だとレベルはそんなもんなのか。そして、レベル2でも天狗になれるくらいには、レベル一つ違うだけでかなりの差が生まれるらしい。


「ところど、アルマさんのレベルをお聞きしても?」


「10だな」


「……………………そ、そうですか」


 咄嗟に嘘をついたが、それでも絶句された。ふむ、レベル10でもかなりヤバいのかも知れない。こんな村では特に。


 そうなると、レベル21だなんて口にしたら、逆に信じて貰えない可能性もあるんだな。「はっはっはっ、ご冗談を」みたいな感じで。


 良い機会だから、色々と情報を集めようかね。知ってて当然だと思われる様な情報を根掘り葉掘り聞くと怪しまれるかもだが、さり気なく聞くだけなら問題ないだろう。


「俺は詳しくないが、もっと大きな街の兵士や騎士なんかは、もっとレベルが高いんじゃないか? 村長は知ってるかい?」


「どうでしょうなぁ。大昔、百戦錬磨の大将軍様がレベル50を超えてた、なんて話は聞きますが……」


 ほらやっぱ、強い奴は強いんじゃないか。盗賊の件で「あれ、俺って実は強い?」とか調子に乗らなくて良かった。


 将軍が50っておかしいだろ。後ろで控えて戦術を練るポジションの奴がレベル50って事は、もっと末端の実務せんとうをする兵士はレベル100とかあるかも知れない。


 それに比べ、俺はクソトカゲとバチバチに殺しあっても高々レベル21。…………ゴミだな?


 しっかし、レベル21の雑魚が人を一人、空高くブン投げられるこの世界って冷静に考えなくても頭おかしいだろ。


「………………にぃちゃ、しゅごぃ」


 やっぱこの世界最高だわ。こんなに可愛い妹が褒めてくれる。光指す道が見えるなぁ。


「あぁそうだ、ネリーってレベルどれくらいなんだ? やっぱりまだ1?」


「……わかにゃい」


「そっかぁ、わかんないかぁ」


 それはステータスが読めないって事か? それとも、専用の道具や施設、スキルが無いと普通はステータスなんて見れないって事か?


 ここで「ステータスってどうやったら見れるんだ?」と村長に聞くと、知ってて当然の常識を知らない変な奴になってしまうので気を使う。


 はぁ、情報収集がめんどくせぇ。クソトカゲの森からこっち、どんどん性格が荒くなっていく自覚があるぞ。このまま面倒な事ばっかり増えるとヤンキーになってしまう。


 記憶喪失なんですぅとでも言って聞きまくる手もあるが、それはそれで面倒事が増える。つまり記憶がどこまで無いのか、どこからが記憶喪失後に得た知識なのか、それを細かく設定しないとボロが出る。


 名探偵にカマをかけられて「なんでそんな事を知っている?」的な展開になるとリカバリーが出来ない。そして、記憶喪失が嘘だと一度でもバレると、それまでの功績全部が嘘になりかねない。


 だって、もし俺が為政者だったら記憶喪失を騙って自領の中で色々調べてる奴とか、どれだけ善行を積んでても捕まえて拷問する。他国のスパイだろテメェって疑うに決まってる。


「さて、じゃぁ村長、服と食料頼むな」


 先の事を考えて、若干憂鬱になりつつも今を進める。とりあえずは大きな街に行って資金と物資を集めるため、その旅に必要な食料と目立たない服は重要だ。


「もちろん。食べ物は小麦で良いね?」


「あと塩も欲しいな。貴重なのは分かってるから、少しで良いんだが」


 内陸では岩塩の鉱床、もしくは塩湖が無いと塩の供給が難しい。行商によって物流を保ってる村社会だと塩は貴重品のはずだ。


 ネリーの家族が残した荷物にも塩は有るし小麦も有る。だからどっちも喫緊きっきんで欲しい物資って訳じゃ無いんだが、あっても困らない。


 小麦は粉に挽かず保存すれば結構持つし、塩は基本的に腐らない物質だ。どちらも保存期間に気を使わなくて良い。


「ちなみに、野菜はダメか?」


「んー、売る程は無いですからなぁ」


 そりゃそうか。この時代なら売る程作る作物なんて基本的は小麦だけだろうし。


 麦は戦略物資であると共に必需品でもある。軍を維持する為に必要不可欠だし、国民だって麦を食べなきゃ飢えてしまう。だから金ではなく麦だけを税とする国だってあった。


 自分達が食べる麦と、税として納める麦。この二つをきっちり作った上で、それでも畑に余裕があったならプラスで何かを育てられる。


 まぁ畑の大規模拡張もしてしまったから、徴税官とか来た時にどんな裁定を下されるのか知らんから何も言えないけども。


 そも、俺はこの国の税制を知らない。と言うか国名すら知らない。でも聞けない。「この国の名前って?」と聞いたら不審者度合いがヤバいだろ。なんで今居る国の名前を知らねぇんだよってなる。


 そんな事を気にして生きてない村人ならワンチャンあるけど、旅人がそれはマズイ。お前どっから来たんだよ密入国かよってなる。


「…………にぃちゃ、おなかへた」


「あぁ、お腹減ったか? よし、じゃぁ飯にしようか」


 感じるやりづらさを内心に押し込め、俺は可愛い妹からの催促に応じる。せっかくだから料理でもしようかねぇ?


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