竜伐転生。〜働く車で戦う男は、世界最強の竜殺し。喰らえ、俺のバケットホイールエクスカベータァァア!〜

ももるる。【樹法の勇者は煽り厨。】書籍化

アルマ。



 此処ここ何処どこか分からない。


 自分が誰か分からない。

 

 鬱蒼とした森の中で…………、いや、此処が森なのかすらも自信が無い。


 周囲に見える木々は全てが長大で、それ一本だけが意味有り気にそこへ在ったならきっと、『御神木』などと呼ばれていた事だろう。そんな立派な巨木ばかりが何本も並んでる場所は、森と呼んでも良いのだろうか?


 直径五メートルは下らない樹木が、遥か天空に向かってそびえ立つ。そんな木々が十メートル程の間隔を開けて、果てしなく並んでいる場所。


 ………………そんな場所は、此処は、本当に森なのか?


 分からない。俺には分からない。


 こんな場所で一人、自分が誰かも分からずに居ると心を壊しそうだ。


「…………着ている服は、アルマーニ?」


 心を落ち着ける為、ひとまず身に付けているものを確認した。


 自分は会社員だったのか、着ている服はスーツである。内側のロゴを見れば高級ブランドであるアルマーニの名前が美しい文体で刺繍されていた。


 なら、丁度良いので自分の名前を仮称『アルマ』とでも呼ぼうか。少しハイカラな響きだが、他に引用すべき物が無いので仕方ない。


 不思議なもので、自己を定義する『名前』を決めただけでも、少し安心出来た。

 

 自分が此処に居るんだと証明出来たような心地で、あのまま名無しで居たなら本当に心を病むかもしれなかった。


「……さて。ここは何処だ? 少なくとも、日本じゃないな」


 自分が誰か分からない。どんな人生を送ったのかも知らない。しかし、持っている記憶からは恐らく自分が日本人だったのだろうと分かる。


 口にする言語がまず日本語であるし、自分が住んでた場所を思い出せないのに東京都について異様に詳しい知識が頭にある。


 つまり、自分はどうやら東京に住んでいたのだろう。ただ、それ以上は思い出せない。


「…………ふむ、ダメだな。どうやっても記憶が掘り起こせない」 


 これ以上は無駄だと悟ったので、ひとまず現状を生き延びる事を優先しようと考える。


 此処は見知らぬ大自然の中で、自分は今、着の身着のままなのだ。時間が流れるに任せていたら、あっと言う間に死んでしまうだろう。今は生存が最優先だ。


 今この瞬間に自分が誰か、何故ここに居るのかなんて思い出しても腹は膨れないし、家が地面から生えてくる事も無い。


「よし。取り敢えず生き延びようか」


 自分が誰か分からず、見知らぬ森の中……──


「ふっ、考えてみると、若者に流行りの異世界転生みたいな状況だな」


 少し考え、そして馬鹿らしい想像が過ぎって失笑してしまう。いくらなんでも有り得ないだろうと。


「ふむ、ならアレか。ステータスだのスキルだのと──」


 ──だのと、言ってみれば何か起こるのか。そう続けようとして、しかし口が動かなかった。


 ◇

 スキル:ワークビークルショッピング

 ◇


 本当に、目の前に何か出たのだ。出やがったと言い直しても良い。いやマジで巫山戯ふざけるなと言いたい。


 まるでゲームのユーザーインターフェースの様な画面である。


「なに、この………………、なに?」


 ワークビークルショッピング?


 ワークビークルとはなんだ。直訳すると、働く車の事か? それをショッピング出来ると?

 

 …………馬鹿にしてるのか?


 いやいや、待って欲しい。


 子供用の図鑑を広げて喜ぶ様な児童でもあるまいし、なんでよりによって働く車?


 これはあれだろう? 仮にこれが物語にある様な状況だと仮定した場合、この文字は所謂いわゆるチートと呼ばれる、異世界に来る人間がお約束で手にする能力を指すのだろう?


 だったら、鑑定系のあれこれとか、不思議な空間に物品を収納出来るインベントリとか、手足のように操れる魔法とか、そういった能力がベターだと思うのだ。


 百歩譲って、いや一万歩程譲っても良い。とにかく発想を妥協して、ネットショップ系の能力だって流行り的にはまだまだホットだろう。


 だがそれは様々な物が購入出来るという現代レベルの文明チートが見所である。


 だのに、なんで働く車に限定される? 馬鹿なのか? 死ぬのか? いや見所さんが既に死んでるか。


「…………ダメだ、混乱して来た」


 物語には感情移入しない方だが、今更ながらに一つ思う。


 異世界に転生して活躍してた彼ら彼女らは、凄かったのだな、と。


 いざ自分がその状況になってみると、意味不明過ぎて頭が真っ白になってしまう。


「どうすりゃ良いんだよ……」


 右も左も分からない場所で、俺は途方に暮れてしまった。


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